第30話 何をやっているのだろうな、俺は(※ジェフリー視点)

 サディアスの背を名残惜しそうに見つめているティナの横顔はいつもと違っていて、どこからどうみても、恋をしている人のそれだ。


 ティナはもう自分の本当の気持ちに気付いたのかもしれない。

 そう思い至った時、心臓を針で何度も刺されているようなズキズキとした痛みに襲われる。


「今日のティナは見惚れるほど綺麗だな。その髪型、サディアスがやったのか?」

「うん。早朝にいきなりやって来て準備してくれたの」

「だろうな。相当張り切っていたのが伝わってくるよ」


 何をどうしたらティナをより美しくできるのか熟知しているし、ティナに関する事なら何でも知っているはずだ。

 あいつはティナのことだけを考えてきたのだから。

 

 おまけにティナのためなら何だってするだろう。

 笑顔にすることも、心に寄り添うことも、幸せにすることも。

 奔走してでも這いつくばってでも叶えるに違いない。


「――ティナ。フローレスに住んでくれるのは嬉しいけどよ、本当にいいのか? まあ、サディアスのことが嫌いになったんなら止めねぇけどよ」

「嫌いになんてならないよ」

「好き、なんだろ?」


 俺に気付かれているのは予想外だったらしく、ティナが息を呑んだ。

 緑色の目が大きく見開かれて、次いで頼りなげに揺れる。


「本当に王都に帰らなくていいのか?」

「……うん。これでいいの」


 いじっぱりで強がりで頑固で人に頼るのが苦手で。


 簡単には本当の気持ちを言えない損な性格をしているティナのために、サディアスに告白するきっかけを贈ってやるよ。


 本当はサディアスなんかのためにこんなこと、したくないけど。


「サディアスはこのままエレイン様たちと一緒に王都に帰るぞ。神殿の騎士を辞めて王太子殿下の護衛になった途端に長い間休暇をもらっていたものだから、そろそろ帰ってこいと王太子殿下から催促されているんだ」

「……どういうこと?」


 ティナの顔が一気に青ざめるものだから申し訳なくなる。

 俺のことを信じ切ってくれているティナは、俺が混ぜた嘘に気付かない。


「実は、頃合を見て呼びに来るようにサディアスから頼まれていたんだよ。このままだとティナと別れ難くなると思うから、祭りの最中にそれとなく離れられるようにしてくれってさ」


 もちろんそんな約束なんてしていない。サディアスはティナを連れて帰るまで粘り続けるだろう。

 あいつは奔放で権力を振りかざす癖にティナを無理やり王都に連れて帰ったりはしないから。


「ティナ、泣かないで」


 自分が泣いているのに気づいていなかったようで、ティナは驚いて肩を揺らした。

 宝石みたいに綺麗な色の目から次々と涙が零れていると言うのに。


「サディアスのことが好きなんだろ?」


 もう一度問いかけるとティナは引き結んだ唇を震わせていて。

 目で促せば観念したように静かに、こくりと頷く。


「初恋の人だったの。オネエとわかって終わった恋だと思っていたのに、フローレスに来てからまたサディアスに惹かれている自分がいて、正直混乱していた」

「へぇ。ティナの初恋を奪ったのがサディアスだったのか。そりぁ嫉妬するな」

「奔放だし、オネエを止めてからガラが悪くなったけど。それでもいつもサディアスを目で追っていた」


 それにね、と小さく笑ってティナは話を続ける。


「サディアスがいきなりオネエを止めた時、どうして今まで私には隠していたんだろうって思ってた。ジェフリーは知っているのに私は知らないなんて、仲間外れにされているみたいだし。ちょっとだけジェフリーに妬いてた」

「オネエになったのにはサディアスなりに事情があったんだよ。それにサディアスは一応、ガラが悪けりゃティナが惚れてくれないと思って隠していたみたいだしな」

「……まあ、確かに初めは引いてしまったけど」

「でもティナは、ガラが悪くったってサディアスのこと嫌いになったりはしないだろう?」

「……うん」


 何をやっているのだろうな、俺は。

 遥か遠くにある異国の地ではこういうの、「敵に塩を送る」って言うらしい。


「早くサディアスを追いかけろ。今なら間に合うから」


 ダメだ、と相反する気持ちが心の中で叫ぶ。

 サディアスの元に行かないでくれ、ティナ。


 行かないでくれ。行かないでくれ。行かないでくれ。

 フローレスに残って、どうか俺の隣で笑っていて欲しい。

 この地で一緒に生きていきたい。


 ……でも、その気持ちと同じくらい、ティナには幸せになって欲しいと思っている。

 そしてティナを幸せにできるのは俺じゃなくてサディアスなんだとわかっている。


 本人は全く気付いていなかったようだけれど、護衛をしていた俺は知っている。

 王都にいた時からティナはずっと、サディアスのことが好きなのだと気づいていた。




「これでよかったんだ」


 掌の中に転がり込んできたティナを、この世で一番大切に想っている人を、みすみすと悪魔サディアスに渡してしまうなんてどうかしている。

 

 それでも、ティナはサディアスの隣に居る時が一番楽しそうで、いっとういい笑顔をしているのだとわかっているからこそ引き留められない。


「ティナ、」


 街の喧騒に消えていく背中に未練がましくも声をかける。


「……好きだ。ずっと……」


 俺だってずっと、ティナのことを想っていた。




 本当に何をやっているのだろうな、俺は。

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