第15話 魔女の隠れ家にて
アビーさんことアビゲイルさんのお店≪魔女の隠れ家≫で働くようになって早二週間。アビゲイルさんに商品のことを教えてもらい、毎日勉強しながら働いている。
雑貨店 《魔女の隠れ家》は何でも売っているお店で、売られている商品は魔法具や装飾品に魔法書、そしてアビーさんが作った薬に、大衆食堂の女将さんが作ったお菓子など様々。
このお店は大通りから一本路地に入った場所にあり、賑やかではないが閑静な場所でもなく、おかげでほどほどに街の活気を感じられる。
外観は特徴的で、屋根はとても大きな三角形になっており、まるで魔女の三角帽子をかぶっているようで可愛らしい。
おまけに店主のアビーさんは親切だし気さくな人で、フローレスの街の話や外国に行った時のことを話してくれる。するとお客さんがその話に加わって、いつの間にかみんなでお茶を飲んで談笑してしまうのだ。
私はすぐに、ここでの仕事が好きになった。
仕事も楽しくやっていて、お店に来るお客さんや仕入れの商人と顔見知りになり、最近では街中で声をかけてくれるようにもなった。これまでは何気なく通っていた道は、知り合いができた途端に特別な場所になって。
目の前を通るたびに、知り合いの姿を探すようになった。自分がフローレスに馴染んでいるのが実感できて、それがとても嬉しい。
こうして新生活が軌道になりつつあるんだけど、楽しいことばかりではなくて。
「あれっ、あまり売れてないな」
目下、商品の売れ行きに悩まされている。
「おかしいなぁ。アビーさんはこの時期になると髪留めがよく売れるって言ってたのに、二日前から全く売れてないかも。素敵な商品なのになぁ……」
手元のトレーの中には銀細工で作られた美しい髪飾りが入っていて、窓から入り込む陽の光に照らされてきらりと上品に輝いている。浮き彫りの花の装飾は商品ごとに異なる種類が彫られていて、一つとして同じものはない一品だ。
これはアビーさんがフェリシアの祭日に合わせて取り寄せたもので、男性客が妻や恋人に贈る定番商品らしいのだけど、最近はいまいち売れ行きが良くない。
「どうしてだろう……もしかして競合店ができたとか?」
商人の話によると、フローレスのような地方都市だとお客さんの分母が限られているため、店が増えるとお客さんの取り合いになってしまうらしいけど……。
そもそも、新しいお店ができただなんて聞いたことがない。仮にそうだとしたら噂好きな大衆食堂の女将さんが教えてくるだろうけど、その女将さんから何も聞かないのだから、ただの杞憂に過ぎないのだろうか。
「どうかこの店が繁盛しますように」
両手を胸の前に組んで女神様にお祈りをしていると、ガラリと店の奥にある扉が開いてアビーさんが顔を覗かせた。同時に奥にある台所から、肉の香草焼きの匂いが漂ってきて鼻孔をくすぐる。
どうやらもうお昼時のようだ。
ありがたいことにお昼はいつもアビーさんが作ってくれて、店の奥にある台所で一緒に食べている。
アビーさんが作ってくれる料理はこの国の家庭料理から外国の料理まで幅広く、その昔、お師匠様の元で修行している時に学んだという。
どれも頬が落ちてしまいそうになるほど美味しくて、毎日この時間を楽しみにしているくらいだ。
「あら、浮かない顔でお祈りしているなんて、何か辛いことがあったの?」
アビーさんは目が合うなり駆け寄って、眉尻を下げて私の顔を覗き込む。その姿はまるで子どもを心配している母親のようで。
そんなアビーさんの優しさに触れる度にくすぐったい気持ちになる。
「……もしかして、あの煩いオネエの騎士にいじめられた?」
初対面の時に騒いだためかサディアスの印象は最悪なようで。
いつも朝と夕方に私の送り迎えをするサディアスと顔を合わせては美しく整っている眉を寄せて睨んでいる。
「い、いえ! そんなことないです! 大丈夫です!」
「本当に? 辛いときは遠慮しないで話してね。我慢したっていい事なんてないんだから」
そんな二人の様子を見た大衆食堂の女将さんから教えてもらった話だと、どうやらアビーさんは騎士が苦手ということもあってサディアスの評価が低いらしく。
その理由までは明らかにされていないけれど、今の私はまだそこまでアビーさんの心に踏み込んでいいのかわからなくて、聞いていいものなのか考えあぐねている。
「ティナを見ているとつい……昔ここにいた弟子を思い出してしまうのよ。あの子もティナみたいに我慢しがちだったから、面影を重ねてしまうのよね」
アビーさんはいつもそうやって彼女のことを話す。
昔このお店にいた弟子の女の子。大衆食堂の女将さんが言うには、ある日アビーさんが拾ってきて我が子のように育てたらしい。
その子と私がよく似ているのだとか。
今ここにいないのは、大衆食堂の女将さんの言葉を借りると「色々あってここを出ていってしまってから行方知らず」らしく。
二人の間になにがあったのかはわからないけど、アビーさんの悲しそうな表情を見ていると何とか笑顔になって欲しくて。
「あの、私を新しい弟子にしていただけませんか?!」
思わずそう提案すると、アビーさんはふわりと微笑んだ。
「嬉しいわ。大歓迎よ」
ぎゅっと抱きしめてくれるアビーさんの手が優しく頭を撫でてくれる。その手は私ではない誰かを気遣って撫でているのだと、私を通してその弟子のことを思い出しているのだと、わかっていても嬉しくて、アビーさんの寂しさを埋められるようになりたいと思った。
そこで、もしかしたらジェフリーが何か知っているかもしれないと思った私は、ジェフリーにアビゲイルさんの弟子について聞くことにした。
まさかそのことでサディアスに詰め寄られてしまうだなんて、その時の私は予想だにしていなかった。
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