第13話 元護衛に追いつめられて

 後ずさればそのままサディアスに距離を詰められてしまい、気づけば橋を渡り終えてどこかの路地の壁に追い込まれてしまった。


 右を見ても左を見ても逃げ道は無く、皮肉にも元護衛に追いつめられている状況で。


「どぉしてジェフリーの名前がすぐに出てくるのよ?!」

「だってここ、ジェフリーの領地だし」

「ティナの一番近くにいるのはアタシよ?! 何ですぐに呼ばないの?」

「名前ならいつも呼んでるじゃん」

「そういうことを言ってるんじゃないわよっ!」

 

 サディアスの手が近づいて髪に触れ、そのまま耳にかけられる。

 ただそれだけのことなのに、ひどく胸が軋むのが苦しい。


「ティナの意地っ張り。アタシを頼りなさいよ」


 おまけにサディアスの声がいつになく切なそうだから、調子が狂ってしまう。


 どうしたらいいのかわからない。

 こんなサディアスを見たことなんて今までに一度もなかったから、なんて声を掻けたらいいのかわからなくて。


 困惑していると、運良くお腹がきゅるるるると音を立てて空腹を主張してくれた。

 いつもならお腹の音を聞かれたら恥ずかしくて仕方がないけど、今は天の助けだと思える。


「サディアス、お腹空いた」

「なによっ、人が真剣に話してる時に話の腰を折るわけ?」

「ご飯食べに行こう。一緒に」

「……仕方がないわね。ティナが空腹で倒れても困るからお説教はここまでにしてあげるわ」

「何でサディアスに説教されなきゃいけないの?」


 ただ一緒に出かけるのを断っただけで説教だなんて、なかなか理不尽な仕打ちだ。

 頬を膨らませて抗議すると、両手でむにゅっと潰されてしまった。

 

「あらま、お肌の調子が悪いわね。野菜を摂ったほうが良さそうだし、今日のお昼はサラダづくしよ」

「げっ」

「嫌そうな顔しないの。美は体内から作るものなのよ?」


 いつも肌が艶々できめの細かい整った状態のサディアスが言うと説得力が倍増するが、それでも私は真似をしようとは思えない。

 ほどほどに平均的な健康が得られたらそれでいいのだ。


 だけど以前もサラダづくしの刑に処された時があり、体が野菜や果物で作り変えられてしまいそうなほど食べさせられてしまったのだ。それだけは避けたい。


 女神様にさらなる助けを求めつつ近くにある大衆食堂に入った。


     ◇


 どうやら女神様は私の願いを聞いてくれたようで。

 サディアスが献立表に載っているサラダを全て注文しようとすると、女将さんが「そんなに葉っぱばかり食べてたら虫になっちまうよ」と言ってサラダづくしを阻止してくれたのだ。


 女将様女神様さまさまだ。

 讃美歌を口ずさみそうな気持ちで野菜を食べていると、店内の壁に求人の張り紙が貼られているのが目に入る。


「あ、ここ求人出してる。働かせてもらおうかな?」

「食堂で働くですってぇ〜?! ダメよ」

「なんで?」

「ティナは食堂で働くのがどう言うことかわかっていないのよ!」

「どうもこうもないでしょ?」


 するとサディアスはいつも通り、舌が絡まらないのが不思議なくらいペラペラと話し始めた。


「よくないわ! 客の中には鼻の下を伸ばして看板娘を見ている不埒者だっているんだから危ないもの」

「私が看板娘になるとは限らないから。厨房で働く可能性もあるし」

「人手が足りないと給仕をする時もあるかもしれないじゃない!」

「だいたい、どこで働こうか私の自由でしょ?」

「アタシはティナのことが心配だから言ってるのよ?!」


 火花が飛びそうなほどサディアスと睨み合っていると、水差しを持った女将さんが現れてくすくすと笑った。


「あらあら、ウチで働いてくれるのは大歓迎だけど、恋人とよく話し合ってから決めなさい。心配してくれる気持ちを無下にしてはいけないよ」

「こ、恋人じゃありません!」


 慌てて訂正すると、女将さんの眼差しが生温かいものになる。

 誤解を解こうとしたのに、逆に堅結びしてしまったのではないかと思ってしまう。

 それに、サディアスが黙ってしまったものだからさらに落ち着かない気持ちになる。


 いつも賑やかなサディアスが黙っているなんて、天変地異の前触れなんじゃないだろうか。

 どんな顔をしているのか気になって顔を向けようとしたところ、食堂の扉がバンッと音を立てて開く。音につられて視線を向けると、一人の女性が店内に入ってきた。


 波打つ赤い髪が印象的な美人で、やや吊り上がり気味の目は榛色。

 見たところ、私と歳が近いかもしれない。


 しかしその美女は大きな杖を突いてよろめきながら歩いていて。


「ハンナ助けて! そこでまた腰をやってしまったのよ〜」


 そう言ってその場に倒れてしまった。

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