異世界エレベーター

『八幡(やはた)!お前コピーもロクに取れないのか?』


ここは飛び込み営業を主とする、いわゆるブラック企業【株式会社黒井】。今日も新卒で入社して半年の八幡が、直属の上司「萬(よろず)部長」から嫌がらせを受けていた。


『す、すみません…いてて』


『なんだ?具合が悪いのか?』


『胃が・・・』


『なんだ?ストレスとでも言いたいのか?成績も上げられないどころかコピーも取れないくせにストレスを感じるなんて有り得ないだろ?そうだろ?』


『はい、そうですね…』


八幡は入社してすぐ、〇〇大学を卒業ですと話したところ、萬は高卒だったらしく、そこから睨まれるようになってしまったのだ。今ではストレスで胃が痛み、胃薬を飲むようになっていた。給湯室で薬を飲んでいると、萬と可愛がっている部下の話し声が聴こえて来た。


『え?部長八幡の客取ったんですか?』


『あぁ、脈ありっぽかったから俺の方から電話して契約取ってやったんだ』


『容赦しませんね部長』


『弱者が強者に獲って食われた、それだけだろ』


『焼肉定食ですね部長』『弱肉強食な』

『そうでした!』『はははは』『はははは』


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『くそっ、それであの客は俺じゃ話にならないって急に・・・』


いい加減嫌になった八幡だったが、田舎から出てきて一人暮らし、今退職しても生活に困る、最低でもあと3年貯金しなければ帰る事すら出来ないのだった。今日もがっくりと肩を落として電車に乗ると、ふとこんなことを思った。


『このまま きさらぎ駅 にでも辿り着かないかな…』


八幡は都市伝説であまりに有名なきさらぎ駅にでも辿り着けば、恐ろしい目に会うのかもしれないが現実よりよっぽどましだと思ったのだ。


『電車で行くんだったよな・・・折角だから毎日帰り道に試してみるか、家で調べてみよう。』


家に着くと早速インターネットで『きさらぎ駅』を検索した。その中には類似のワードとして『異世界の行き方』と言うモノがあった。気になった八幡は異世界への行き方を検索してみた、その中で見つけたのがエレベーターでの異世界の行き方だった。


『なになに…まずは5階に…えーっと、最上階が5階までなら…うちの会社で出来るじゃん、明日試してみようかな…』


八幡は明日の楽しみが出来て少し微笑んで眠りについた。


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翌日、いつものように萬部長に嫌がらせを受ける1日を過ごし、退社時間となった。いよいよ異世界への行き方を試す時だ!そう思うと八幡は今日一日のストレスが吹っ飛んだ。早速異世界へ行く方法を記載したメモ紙を握りしめてエレベーターが来るのを待った。


『なにしてんだ?』


帰ったはずの萬部長が声を掛けて来た。


『え?帰ったのでは?』


『いちゃ悪いのか?あ?忘れ物しただけだよ!』


『お疲れ様です…   死ね』


異世界へ行けるわけでもないのに、少しばかり気持ちが大きくなっていた八幡は小さく死ねと呟きを追加すると、ニヤニヤしながらエレベーターを待った。


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※この先に記載する異世界への行き方は一部内容を変えています。

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まずは口に水を含んでください。


①1階からエレベーターに乗り5階へ向かう。

②5階から3階へ

③3階から2階へ

④2階から4階へ、この時女性が一人乗ってきますが人間ではありません、話しかけられても決して答えてはいけません。

⑤4階から1階へ行くとその女性が降ります、扉が閉まったら口に含んだ水を一気に飲みこんでください。

⑥1階から5階へ、そこが異世界です。


この手順の最中に人が乗ってきたり、目的地以外の階で止まってしまった場合は①からやり直してください。口に含んだ水を途中で吐き出したりしてもやり直しとなります。


口に水を含んだ八幡は心の中で『まずは5階』と呟くとエレベーターが動き出す。会社が終わった後のエレベーターはこんなに音がしなかったんだと気づく。


チン・・・扉が開くが誰も居ない、直ぐに扉を閉める八幡。

続けて手順通りに進めると4階で女性が一人、扉が開くと同時に入り込んできた。歩を進める事もなく、水平に滑るように移動しているのがわかった。明らかに人ではないとわかった八幡は口を真一文字に紡いだ。乗ってきた女性が首をぐるりと一回転させると、八幡に向かって『尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます尋ねます』とテープの早回しの様に呼吸もせずひたすら問いかけてくる。恐ろしい光景だったが、水を吐き出すまいと両手で口を塞いで目を閉じた。


チン・・・


目を開くとそこは1階、女性は消えていた。


『このまま5階に行ければ異世界だ』恐怖よりも期待が上回っている八幡は、イケイケでそのまま一気に5階に到着した。


チン・・・


扉が開くと八幡は口の中の水をゴクリと飲み込んだ。


『異世界・・・か?』


キョロキョロしていると、暗闇にうっすらと灯りが見えた。パソコンを1台だけ立ち上げて作業している萬部長だとわかった。


『異世界にもこいつがいるのか、まてよ?異世界ならぶっ殺したって構わないよな』そうブツブツと言ったか言わないかのうちに八幡はパイプ椅子と持ち上げていた。そのまま部長に後ろから近づき、思いっきりその椅子で殴りつけた。最初の一撃で部長の頭が割れるのがわかった、噴水の様に血が噴き出し、それを浴びる八幡だったが殴る手を止める事は無かった、それどころか既に動かない部長の頭を原型がわからなくなるまで叩き潰している。


『俺がどんな気持ちで半年過ごしたか思い知れ!これが俺の思いだ!異世界でしかてめぇを殺せねぇのは残念だけどよ、俺も戻り方知らねぇからこれで丁度いいだろ、おあいこって事でよ!』


へとへとになっても八幡は部長を殴り続けた、異世界へ行く為の手順を間違えた事にも気づかずに。



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