『設計士建山』駿河家の依頼 5

1月11日 7時49分


『この住所はあの山の向こうの街だから別段ただの引っ越しと言えばそうなんだよなぁ、電話も通じるし、FAXも届いてる。あ、そうだ、土地はどこから買ったんだっけ…あった、え?あの山自体が駿河の持ち物?相続か、誰からだ…駿河 歩掛(するが ほかけ)…祖父かぁ…別段不思議はないなぁ、しいて言えばあの山を一部削って隣町への道路を作ってるから、その金も相続しているなら駿河さんは大金持ちじゃないか、なんであんな身なり…あ、でも祖父は隣町には住んでいなかったんだ、だとするとどこだ…えーっと…土地の…あった、◎◎県××村…か。』


私は朝からモヤモヤが晴れず、駿河さんに関する書類を広げ、インターネットを駆使して徹底的に調べてみることにした。何がどうしたと言う事ではなく、ただただ駿河と言う人物に胸騒ぎを覚えるからだ。


『◎◎県××村、スペース、伝統…とか?』


私は何気なく祖父の村の伝統について調べることにした、何かあの部屋のヒントがあるかもしれない、そう思ったからだ。


『××村には悪霊などの侵入を防ぐ為に、壁に燃やしたお札の灰を練り込む【祓い壁】と言われる言い伝えが残っている…悪霊の侵入…か、鬼は外みたいなもんかな、なんだぁ取り越し苦労か、駿河さんはきっと祖父の村で生まれたか育ったかして、この伝統を知っていた、そして自分の住まいに生かしたかったって事だな、ちょっと強引だが魔除けみたいなもんか、いやまて、じゃぁあの黒い子供が悪霊で、あの子から身を守るための部屋?んまぁいいか、黒く見えたんだろ終わり終わり!』


少しスッキリした建山は煙草を口にくわえて火をつけた。

『ふぅ…祓い壁…ねぇ…』


1月14日 17時38分


『もしもし、駿河です』


『あぁどうも!建山です、お元気ですか!』


『はい、お陰様で、ははは』


『えーっと』

私は初めて聞く駿河の笑い声と、いつもよりワントーン高いテンションに戸惑いました、正直薄気味悪い印象でした。


『戸締りの件でお電話しました。』


『あ、おっしゃってましたもんね、で、どのように?』


『今夜8時頃と言うのは無理なお願いでしょうか』


『いえいえ、実は丁度駿河邸の近くで打合せがあるので、それくらいならむしろちょうどいいですね。』


『では、建山さんの事だから色々部屋の事は調べたと思いますので言いますが、大切な部屋に使いますので、絶対に中を見ずに外から鍵をかけてください。4畳と10畳2部屋ともです、そして玄関の鍵を閉めたらポストに鍵を入れてロックをかけて欲しいのです、ロックナンバーは前にお伝えしました0415です。』


『わかりました、お約束します、絶対に扉を開けません、プライバシーを守るのも私の仕事の一つですので』

駿河の事をネットを駆使してあれこれ探っていた人間の言う事ではないのだが。


同日 7時58分


凄まじい雨となり、事を急ぐべく駿河邸に到着した建山。

1月の雨は身体を切られる様に冷たかった。


『くっそー雨男の野郎!』

駿河と関わると必ず雨が降る事に文句を言いながら小走りで玄関を開け、中へ急ぐと4畳の部屋に鍵をガチャン!続いて10畳の部屋に鍵をガチャンとかけた、なんたる早業かこの間3分もかかっていない。


『さむさむさむさむっ』


濡れた身体が冷えてきたので、早く温かい車へ戻りたい建山は玄関の鍵を閉め、4畳と10畳の鍵と玄関の鍵をロック式のポストに入れて足早に立ち去った。



それから3ヵ月が過ぎた。


4月15日 8時00分


『駿河さん!久しぶりじゃないですか!』


それは駿河からの突然の電話だった。


『どうも建山さん、お世話になっております。』


『どうされましたか?』


『お支払いの件なのですが』


『何かございましたか?滞りなく入金されているようですが』


『ええ、残りの支払いを全額お渡ししたいと思いまして。』


建山の設計士人生で初めての申し出に正直驚いた。


『全額って…現金でですか?』


『ええ、ダメですか?』


『であればローンの組み直しとかしないと、若干でもお支払い金額を下げる事が出来ると思いますのでお時間いただけますか?』


『いえいえ、当初の金額の未払い分全部で結構ですよ、建山さんには嫌な思いもさせたかと思いますし、面倒な依頼もお願いもしてしまいましたし、少ないですがお礼として上乗せもさせていただきます。』


『いや、それはいただくわけには…』


『取り敢えずお会いできませんか、私の家の裏の山道で』


とっさに外を見ると、雨は降っていなかった。


『わかりました、1時間後でどうでしょうか』


『構いません、ではお待ちしていますね』


建山としてはいきなり巨額の現金が入るのはありがたかったが、胸騒ぎがしてきていても経っても居られず車を走らせた。


4月15日 8時30分


この街の出勤時間ラッシュにぶつかることを避けられたので予定より早く到着した建山は車を降りて山道に入り、駿河を待つことにした。胸騒ぎがそうさせたと言っても過言ではない。ゆっくりと歩を進める、常に湿気がある山道なので地面はネチャネチャと音を立てる、まるで誰かが後を付けてきているような錯覚に襲われ、男の建山でも気味が悪かった。5~60m程歩くと横倒しになった太い木の幹に人が座っているのが分かった、駿河だった。近づくと足元には大きなジュラルミンケースが2つあるのが見て取れた。


『本当に現金を持ってきたんだ、やはり大金持ちだったんだな』


そう心で呟くと私は声をかけた。


『駿河さん!早いですね。』


『やぁ建山さん、わざわざ来ていただいてすみません。』


駿河と出会って初めて見る笑顔が深くて薄暗い木々の隙間から差し込む光に照らされてより一層不気味だった。


『建山さんに最後にお話を聞いていただきたくて』


『最後?』


『5年前の事でした…』


駿河は戸惑う建山を無視して唐突に話を始めた。


『妻と2人で山を越えて建山さんの住む街の温泉旅館に泊まったんですよ、夫婦水入らずってところですね。』


『はぁ』


『その帰り道、物凄い雨が降りましてね、それはもう前が見えない程凄くて。私は目があまり良くないものですから危ないと言う事で妻が運転したんですよ』


『あの、なんの…話なんでしょう』


『聞いててください、妻が運転する車がこの山道に差し掛かった時、ドンと言う衝撃が走りましてね、動物でもぶつかったかと思ったんですよ。妻が急ブレーキをかけましてね、飛び降りて見に行ったのは私なんですけど…』


『なんです?猪ですか?鹿ですか?』


『こどもでした』


直ぐに頭に浮かんだのは甲嶋家長男失踪事件だった、あの事件も丁度5年前だったはず、まさかとは思うが…

『その子供と言うのは…』


『8歳の男の子です、失踪事件になったあの子供ですよ、甲嶋家の。』


『え?ちょ!ええ?それでどうしたんですか?』


『その子供を抱きかかえて必死で声をかけたのですが、人がいるなんて思っていないで運転していたものですから衝撃が凄かったらしくて、目玉が飛び出して口から血の泡を噴き出して痙攣していました。』


『病院には…』


『勿論連れて行こうとしましたが、既に息絶えてましてね』


『…』


『当然撥ねたのは妻なので、妻が捕まってしまう、病弱ですから逮捕となれば事故とは言え有罪の実刑でしょう、獄中で死んでしまうって思いました。妻もショックから嘔吐してブルブル震えてたんです、それ見たら勝手に身体が動いてました。』


『と、言うと?』


『死体を…燃やしました。』


『え!?』


『必死でしたよ、この山は祖父の山なので実は山小屋があるんですよ、この山を熟知していないとわからない場所なんですけどね、そこに抱きかかえて連れて行って、ドラム缶に入れて火をつけたんです、そしたら息を吹き返したみたいで「あつい!あついよ!」って叫びました。私は耳を塞いでじっと耐えました。だってそうでしょ、今更火を消したところで罪が重くなるだけじゃないですか』


震えながら目を見開き、狂気に満ちた表情で話す駿河の姿は、見ようによっては思い出して高揚しているようにも見えた。


『駿河さん、それはもう人間の口から発する言葉ではありませんよ』


『はい、わかっています、あの時の私は悪魔でした。人と言うのは簡単に燃えなくて、最初は火が消えたから確認したら真っ黒だった、小屋に残っていた芝刈り機用のガソリンをかけてもう一度火を付けました、それを数回繰り返して何時間もかけて骨だけにしたんです。』


『もしかしてあの白い粉は』


『はい、捨てる事で足が付く事も考えて保管していました、家に引きこもっていると滅入ってしまうので、あの少年の骨を砕いて磨り潰してふるいにかけてを繰り返していたらあんなに綺麗な白い粉になったんです。』


『駿河さん、あの家は…』


『はい、これから話します。それから暫くして、妻が子供の声がするというんですよ、なんて言っているのか尋ねると「あつい」と言っていると。私は直ぐに燃やした少年だと気づきました、それがどんどんエスカレートしていきましてね、信じてもらえないかもしれませんが、一度目に焼け残った真っ黒こげの少年が家をうろつくようになったんです、毎日、毎晩です、寝られやしませんでした、罪の意識から幻覚を見ているのだと思ったのですが』


『罪の意識があったら息が無くても病院に行くべきだったと思いますよ』


『あったんだ!罪の意識はあったんだ!でも捕まりたくないって気持ちの方が大きくなって、気が付いたらその…あんなことに…』


興奮したかと思えば涙を流し、不安定なのが見て取れた。その様子で建山は「真実を話している」と確信した。だがまだだ、建築士としてはあの部屋を作った理由を聞きたい、目の前に犯罪者が居るにもかかわらず、建山の心は好奇心に打ち勝つことが出来ないでいた。こんな状況だと言うのに真実に近づいてきてワクワクさえ感じていた、それに気づいた建山は自分の頬を一発パン!と張り、これでは駿河と変わらないじゃないかと言わんばかりに自分に喝を入れた。大体予想は当たっていた、調べた通りほぼ「祓い壁」に違いない。仮に男の子の真っ黒な幽霊に悩まされていたとしたら、あの部屋は逃げ込む部屋だ、少年の骨やお札が結界になっているのだろう。そう、予測した。

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