水源地にて

私がデザイナーの仕事をしていた頃、いわゆるブラック企業だったので、その心労たるや日々大変だったのを覚えている。


そんなストレスを抱えて家に帰りたくない私は、ちょっと遠回りをして水源地の公園に車を停めて心を落ち着かせてから帰るのが日課だった。


ある日の22時頃、煙草を吸いながら珈琲を飲んで車内で休んでいると、サラリーマン風のスーツに鞄を片手に持った中年男性が横切った。一瞬だが私の方をちらっと見たその男と目が合った。


男が向かったのはダムの方だ。


ダムを横切って隣町に抜ける事は可能だが、街灯もないはっきり言って山の中を歩いて帰るとは思えない。目を凝らして見ていたが、ダムへと続く山道と言って良い道へと消えていった。『間違いなくダムへ向かった』私はそう確信した。だからと言ってどうだと言う話でもないわけで、あぁ、ダムへと消えていった・・・その程度にしか感じていなかった。


翌朝のニュースの事、朝食を摂取する私に衝撃が走った。


早朝、ジョギングをしていた人が発見したのだが、ダムに身を投げたと思われる中年男性が浮いていたとの事だった。その写真を見た時、私はゾッとした。昨夜、私の車を横切ってダムへと消えていったあの男性だったのです。


死を決意したあの表情、あの目、今でも思い出します。

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