第30話 第二話 その9 扇の要、折れる…

 翌日、しつこく必殺剣の話題を振って来るかと思ったが意外にも、その話題は出ず耳掃除の引継ぎ、技術や心得の伝授がいよいよ佳境に入って忙しいのか、飽きっぽいちゅん助が昨日の散々たる結果を見て早くも飽きてしまったのか、全く触れてこなかった。


 こちらとしては助かる。剣の修行にやはり近道はないのだ。


 しかし、ちゅん助の日の出流耳かき術、いい加減なものだと思っていたがいくつかの心得を聞いていると結構真面目なものだった。


・同じ人間に短期間に繰り返して施してはならない!週一回を限度とせよ


・使用した耳掃除道具は一回ごとに煮沸消毒アルコール消毒を徹底せよ


といった耳かきの基本的注意事項から


・露出の少ない出来るだけ清楚な格好で行う事


・男性に施す場合は客が望んでも絶対に一時間を超えてはならない


・閉じられた空間で施術を行ってはならない!必ず店主の目の届く場所で行う事


・男性客の耳に息を吹きかけてはならない


・耳掃除に夢中になって特に胸が客の身体に接触したりすることは絶対避けなければならない


といった少女二人の身を案じるような心得。これは意外だった。変態ちゅん助の事だから真逆の事を言うと思っていたのだが…


 そして


・耳かきはその技術はあって当たり前、最も必要なのは会話術である、話が分からずとも客の話はしかと聞き分からぬなら「何々ってなんですか?」と積極的に質問して興味を示し、癒しと満足感を最大限に与えよ


といった話術のテクニックまで、ひょっとしたらちゅん助の日の出流耳かきの最大の奥義はこれなのかも知れなかった。


 酒場の店主とは場所代と少女達の安全確保を条件に売り上げの20%をさらに10%を日々の感謝として教会に納める事とし、ちゅん助には1%という契約で話を付けたらしい。


 これも意外だった。


 もっとがめつく設定すると思っていたが変態でもそこは見直してやらねばなるまいて。


 いや、冷静に考えて見直す、なんてのは失礼かもしれない。


 たったの数ヶ月足らずで小さいとはいえこれだけの事業を立ち上げて後継者を育て、結果、お世話になった教会とジュセルさんに恩返し以上の義理を果たしたのだった。


 その手腕は素直に凄いと言ってやらねば(心の中で)。


 しかし、やはり…ちょっと悔しい。


 ちゅん助の耳掃除屋が順調な先行きを見せる中、俺もまた負けじと剣の腕を磨いていた。


 人獣狩りは連日行われハードではあったがトニーガからは剣だけでなく警備隊としての心得など学ぶ事が凄く多く毎日が勉強であった。


 狩りや魔物の知識、リーダーとしての資質、学校では学べない多くの教訓、付いていくのがやっとだったが俺は夢中になって学んだのだった。


 人獣狩りも順調に、と言ってもトニーガのおかげが大半なのだが、たまに成人獣が出てもトニーガの敵ではなく手伝う間もなく、あっという間に屠り去るのが常となっていた。


 トニーガは紛れもなく凄腕の達人であり、剣技はもちろん指導力、注意力そして統率力、隊長としての資質を全て備えていた。


 そんなトニーガが指揮を執る隊は少人数の隊であっても不安はなくトニーガさえいれば毎日が当り前のように過ぎていく。


 警備隊の隊長として今日まで一人の民も隊員すらも失った事は無い、その点に於いて彼は絶対の誇りを持っていた。


 本当に凄い人だと思った。


 とても尊敬できる男なのだ。


 このような男の下で経験を積める俺はとても幸運なのだと思った。


 狩りは順調だ。


 この広い林も今日でほぼ捜索が終わる。


 狩りは順調だ。


 そう「トニーガさえ」いれば。


 ここらでは何の不安もないのだ、攻めるも守るも扇の要


 トニーガさえいれば…


 俺は、恐らく隊の皆すらも、その単純な事実を見落としていた。


 狩りは順調だ。


 しかしそんな時に限ってアクシデントは起こる。そしてこういう時のアクシデントは決まって最悪な時に起こる。




 扇の要が折れた…のだ…





「ううッ!」


「隊長!どうしたんですか!」


 林の最深部に足を踏み入れた時、異変は起こった。


 突然トニーガが胸を押さえて苦しみだし顔色がみるみる蒼くなって膝を地に突いたのだった。


 通常時なら即座に担ぎ出すのだが、状況は最悪。


 何故なら俺達は7体の成人獣というこれまで遭遇したことない数の人獣に取り囲まれていたのだ!


 飛車角さらに金銀落ち!

 隊の戦力はそれほどまでにトニーガに依存していたのだ、状況は最悪!


 失って初めて分かると言うが、その通りだった。隊の大黒柱を今まさに失うという時にこの状況のヤバさが恐怖と共にはっきりと分かった。


 隊員は俺も含めて完全に浮足立った、よりによって最終日のこんな時に!


(どうすれば!)


 俺も隊員も焦った、そんな中でも、この状況においてもただ一人冷静な判断を下す者があった。



 トニーガだった。


「うう!イズサン、皆!」

「俺を置いて逃げろ!早く!」


「なんですって!」


 その命令は完全にトニーガを失う事を意味していた、誰もが理解していた。


「そんな事、出来る訳が…」


「…時間は無い、早く、うう、ハアハア」

「お前達ではまだ奴等の相手は、かはっ!」


 トニーガに戦う力がないのは明らかだ。


「早く!命令だぞ!」


(どうすればどうすれば!)


「グルルル!グルルル!」


 人獣達はその間にも間合いをジリジリと詰めて来る。奴等は少々だが知能があるのだ、この状況が圧倒的に自分達に有利だと分かっているのだ。


 そうでなくても今まで仲間達を狩り尽くされているのだ、復讐の炎が奴等の目に燃え上がっているのが見えるようだった。


 しかし、だからと言ってはいそうですかとトニーガを置いて逃げる事など…今日ここまで世話になった恩人を置いて逃げるなど許されるだろうか?


「イズサン!」

「迷って…ハアハア、暇なぞ、ない…お前はよそ者、そしてまだ…若…うう」


「そんな!俺は今!隊員です!」


「うう、ならば命令は聞け!」


「グローグ!イズサンを連れて、早く、行け!!!」


 トニーガの決意は、覚悟は固い様だった。即座に副隊長に退却を命じたのだった。


 しかし


 しかし…


 しかし!


 ここに来て互いに顔を見合わせ顔色を窺っていた隊員の恐怖は最高潮に達し逃げ腰が決定的なものとなった。


 トニーガの判断は正しいものだったと思う、トニーガ一人の犠牲で隊員は助かるかもしれないのだ、ここで戦えば数匹は道連れに出来るかもしれない、しかし俺達の実力では全滅は決定的だった。


(トニーガの決断は正しい)

(トニーガの判断が正しい)

(隊の中にはもう後退りを始めている者すらいる)

(逃げても恥ではない)

(俺はまだ若い)←いやおっさんだったろ!

(ちゅん助を一人にするわけにはいかない)


 俺の心の中で言い訳という名の悪魔が囁き出し頭が一杯になった。


(仕方ないんだ!仕方ないんだ!)


 恐怖と申し訳なさと不甲斐なさ…色々な感情で涙が溢れて来た。


 人様に迷惑を掛けない様に育てられ、これまでも真面目にやってきた。要領は良くなかったかもしれないし、勝ち組の人生というわけでもないけどそれでも真面目にやってきたし、世話になった人には恩を返すのが当然、そうやって生きて来たはずだったのに、こんな生死の境目の状況ではそんなもの全て無意味、役に立たなかった。


 俺が…自分がこんなに卑怯な人間だったとは…


「イズサン!行くぞ!」


「すいません!隊長…」


 副隊長が俺の腕を引く。俺の手がトニーガから離れた瞬間、トニーガと目が合った。


 しっかりやれ、絶対に生き残れよ!そう語る目であった。この絶望的な状況に於いてなお、そういう気高い目であった。


「大事な人が今まさに死にそうな時、そういう状況でも同じように言うのか?」


 初対面の時トニーガに言われた言葉が鮮明に甦る…


 そう!


 そうだ!


 そうなのだ!


「待ていッ!」




 自分でもビビる位の怒鳴り声が響き渡った。




「イズサン…ウウッ、お…前、一体!何を…」


 驚きの表情を浮かべ苦し気にトニーガが見つめた。


(すまん、ちゅん助)

(やっちまった…帰れそうにないわ…)

(お前ならきっと一人でもやっていけるよな)


 俺は自分でも驚きの言葉を叫んでいた。


「逃げんじゃねえ!」

「この腰抜けどもが!」

「お前ら、俺よりずっと長く隊に居るんだろう!」

「こんだけ隊長にお世話になって!」

「ちょ~と危なくなったら一目散に逃げ出すとか!」

「恥を知れ!」

「今まで何を学んできた!」

「今逃げ出して生き延びて!」

「後の人生!」

「お前ら何を誇りに生きるよ?」

「恩人見捨てて生き延びて!」

「自分さえ良ければそれでいい!」

「家族にもそうやって言うんか!」

「義理は命より重い!」

「この認識を誤魔化す奴は生涯泥に這いつくばる!」

「日本人舐めんじゃねえ!」

「武士道とは死ぬことと見つけたり!」

「日本男児は天皇陛下の侍じゃい!」


 ちゅん助が言いそうな厨二病を大声で叫んだ!俺はいよいよヤキが回ったが覚悟は付いた。


 残る!


 最後の一人でも!


 ここで果てようとも!


「こいや!犬公!」


「バカな、イズサン!」

「うう、なんということ!」

「俺は今まで隊員に一人たりとも犠牲者を出してない!」

「それが誇りなのだ」

「最期の時までそれを守らせてくれ!頼む!」


「ああ!守ってくださいよ!あんたもその隊員の一人でしょうがッ!」

「大事な人が今まさに死にそうな時、そういう状況でも同じように言うのか?」

「アンタが言ったことやぞ!今がそん時でしょうが!」


「……」

「うう…バカな…事を…」


 俺は一世一代の大見得を切ってトニーガと人獣達の間に立った。


 ただでは死なん!


 1匹は連れていく!


 だが俺の切った啖呵は無駄ではなかった。


「くそー!俺だって!引けるかよ!」

「イズサン!三下のおめーバッカにカッコつけさせるかよ!」


「はっ!リンド・ベルだけに良い思いはさせませんよ!てか!?」


「なんだあ!?イズサン、りんどべるって」


「俺の連れが良くほざく」

「おまじないみたいなもんですよ!」


「お前達までッ!馬鹿な…!」


「隊長が指揮を執れないなら指揮権は俺にあります!」

「みんな!絶対に隊長をお守りするんだ!」


「おう!」


 戦意を取り戻した隊は即座に4対7の戦いへと突入した。


 少々だが知能のある人獣は、大それた啖呵を切ったものの俺を一番組み易しと判断し、3人の隊員にはそれぞれ2体の人獣を、俺へは1体の人獣を差し向けた。


 が!


 その1体が問題だった…


 他の6体よりさらに頭一つ大きい!


 群れのボスだろうか?


 トニーガを背にして戦う俺にはさらに不利であった。たちまちの内に隊は分断され連携が取れなくなる。


(一人でやれるのか…?ただでさえ隊で一番未熟なのに!)


 一時、弱気の虫に取り付かれたとは言うものの他の3人はそこそこの手練れで人獣2体を相手にしても、すぐ崩れる事は無かった。


 流石はトニーガ隊の隊員ではあったが全ての隊員が、先の先を取る剣術流派ライジャー流の使い手だった。


 守勢に回るとライジャー流は真価が発揮できない。


 人獣の攻撃、特に俺の相手のボス人獣の攻撃は重く!強く!そして鋭かった!


 ギンギンギン!

 ギギギギン!!!


 剣でもってギリギリ防ぐのが精一杯!


 いやそれすらかなわないかもしれない。


 ほんのちょっとの破綻で一気に戦況が人獣達に傾くのは時間の問題だった。


 ボスはジグザグに俺の間合いへと侵入し左右の爪で絶え間なく攻撃を仕掛けて来る。攻撃を受けるたびに俺の体勢は見る見るうちに崩れていく。


 本来は俺がライジャー流でもって人獣を崩していきたいのに全く逆をやられているわけだ。


 右!右!左!そしてまた右!


 人獣の攻撃はますます勢いを増していく。トニーガはこんな攻撃をあのように華麗に事もなく受け流していたのか!


 改めて彼の実力に驚かされるが、今そのトニーガは動けないのだ。


(もう躱せない、防御が!防御が破綻する!)


 なんとか実力以上のものを出して、必死に耐えるがいよいよ俺は窮地に陥った。


(やっぱダメだったわ、ちゅん助、すまん…)


 こんな事になるならもう少しあいつのお遊びに付き合ってやるんだった。


 爆人石の件だって戦えないあいつなりに一生懸命考えてくれた事ではなかったろうか、一言すまなかった、そう謝りたい。


 だが無理そう…


 無念だ…


「おーい!イズサーン♪イーズーサーン♪」


 幻聴か?


 命のやり取りの戦場に似つかわしくない聞き慣れたがコミカルで間抜けなリズムを伴った声が聞こえてくる。


「イーズミクーン!あーそーぼ♪」


「小学生かよ!」


 思わず突っ込んでしまったがその声の主は確かにちゅん助だった。


「おーいイズサーン!」

「どこにおるお?隠れてないで出ておいで!♪」

「まっくろイズ助出ておいで♪」

「出ないとき〇たまほじくるぞ♪」


「下品かよ!」

「ちゅん助!来るな!ここは危ない!逃げろ!」


「は?」

「危なくありませんがなにか?」

「それより重ーい!」

「どちゃくそ重いー!」

「わしが運ぶにはくっそ重すぎるで!はやく受け取りに来るお!」


 ちゅん助は小さな体で何かを引きずってこちらへ向かって来ている様だった。しかしこちらはそれどころではない!


「ちゅん助!」

「人獣がいるんだ!強い!」

「隊長が動けないんだ!冗談置いて危険なんだ!」


「なんだってー!?」


 背の低い茂みの中から慌ててちゅん助が飛び出して来た!


「なんじゃあ!こりゃあ!た、隊長!しっかりしてくれお!」


 ちゅん助は俺と隊長の様子を見て状況を認識したようだった。


「もう持ちこたえられない!逃げろ!」


「あかーん!こいつめ!」


「ばか!ちゅん助!」


 ちゅん助はボスに飛びかかると全く威力のないポカポカ攻撃を繰り出した。


「ウオーーー!」


 邪魔するなチビ助!とばかりにボスはちゅん助を撥ね退けようとする。


 だがちゅん助は見た目に反して信じられない位とても素早い!


「わわ!当たったら一発で死んでしまうお!だが!」

「当たらなければどうという事は無い!」


 ちゅん助がボスを引き付けてくれたので何とか一息ついた。呼吸を整える。


「ちゅん助、お前どうやってここまで!?」


「は!」

「ほいっと!」

「暇でつまらんかったから!」

「こっち行く馬車に頼んで近くまで乗せてもらったんだお!」

「ほいっと!」

「さっと!」


 ちゅん助が躱しながら答える。


「馬車だって!?近くにいるのか!」


「我が動きは流水!貴様にわしは捉えられんお!」


 どう見ても左右にちょこまかと動いて躱してるだけに見えるが…ボスの攻撃はちゅん助には全く当たりそうにない、射程に捉えても攻撃を繰り出す前に、あっという間に射程の外に居るのだ!


 ひとまず助かった。


「ちゅん助!馬車は近くにいるのか!」


「まだ近くにいるはずだお!追いかければ間に合うお!」


「頼む!連れて来てくれ!」

「隊長が倒れて大変なんだ!なんとか隊長を回収しないと動けない!」


「なんやて!?イズサンおまえは?隊員の人は?」


「分断されてるけど何とか耐えてる!」

「時間がない!このままじゃ全滅だ!」

「隊長さえ運び出せたら後は何とかする、急いでくれ!」


「合点承知の助だお!」

「イズサン!あとわしの持ってきた剣使え!」

「爆・斬突改!ちゃんと改良してある!」


 重い重いっとちゅん助が引きずって運んでいたのは剣だったのか!まだあの必殺剣諦めてなかったのか???


 ちゅん助が飛び出して来た茂みをたどると確かに一振りの剣があった。彼が言ったように丈夫そうな鞘に収まっていた。


「爆薬の量は調整した!」

「鞘の方も二重構造!」

「爆風は柄で受け止める構造にしたから刃も欠けないはずだお!」

「実験済み!」

「わしを信じろ!」

「一発分しか装填してないから外すなお!」

「あとあと!」

「柄に輪っか付けといたったぞ!」

「手首に通して剣が飛んでかない様にしろや!」

「馬車を呼び戻してくるお!」

「あと少し耐えててクレメンス!死ぬなお!」


 有り難い!


 どのみち普通のライジャー流の戦い方では俺レベルでは歯が立たない。一か八かやるしかないのだ!


 一発…仕留められるか?外したら即、それは死につながる…


 当てる!


 必ず!


 俺はボスと相対し居合の構えを取った。


 刃は上!


 爆・斬突DTLエクス…


 ええい!

 長い!

 当てればいいんだろ当てれば!


 しかし!


 ボスは俺の構えに異変を危険を感じたのか?


 一転!


 距離を取ってきた。


 呼吸を整える時間を貰ったと考えれば聞こえがいいがここに来て持久戦に変えられると辛い!隊の皆もどこまで持ちこたえられるか!


 人獣の攻撃!思わず剣を抜いて防御!構えが解かれる!そしてまた距離が取られる。


(くそ!ヒットアンドアウェイか!)

(犬野郎!下手な知恵つけやがって!)


 奴にも知性があるのだ、ボスともなれば他の奴より遥かに賢いのだろう…くそ!くそ!ここまで警戒されたら!これでは必殺剣も発動のチャンスが無い!


 またヒットアンドアウェイ!


(くそ!でも!)


 連続攻撃が来ないと分かっているならライジャー流のターンだった。


 ライジャー流で崩し居合の構えで相手の警戒を誘い一進一退の攻防が続く。だが戦況は膠着させるのが精一杯、埒が明かない。ちゅん助が戻って来るまでとても時間を稼げそうになかった、戦闘力は向こうが圧倒的に上なのだ。


 剣と爪が交錯しただけでもこちらが弾かれる!


 膠着 


 すなわちそれは、あらゆる面でこっちが不利なのだ!


(!)


 瞬間俺の頭の中に閃いたものがあった。

 必殺剣の構えから爆人石無しのDTL軌道を繰り出す!


 ギン!


 恰好だけの剣撃がボスに通じるはずもなく、苦も無く剣は弾かれた!


 しかしもう一撃!


 ギン!


 さらに!


 ギン!


 左右の爪が次々とスライス、DTL、逆クロス全ての軌道の攻撃を払いのけていく。


 見切ってくれと言わんばかりの攻撃は虚しく弾かれる事を繰り返した。


 数えること6回目の攻撃でボスはこの構えからの攻撃の間合いを理解し、俺の無意味な攻撃をハッタリと気付きかけていたようだった。


 向こうが決めに来ようとすれば既に軍配は向こうに上がっていたはずだ。


 「グフフ!グフフ!」


 しかし、ボス人獣は弄ぶかのようにわざと俺に攻撃を出させ、その度に剣を弾き、実力差を見せつけている、明らかに知能がある!遊んで、弄ばれているのだ!


だが!


(構えの間合いは十分理解しただろう?)

(お前には知性があるらしいからな!)


「グフフフ!」


 ボスは嬉しそうな唸り声を上げると再び攻勢に転じる事を決意したようだった。

 ヒットアンドアウェイの後ろよりの重心が前に乗った。


(来る!)


 再び居合の構え!


 その威嚇には乗らじとボスがジリジリと間合いを詰める。


(そうか!)

(お前も決着をつける気だな…)

(やったるわ!クソ犬!)


 ボスがまた一歩!


 いかに俺が剣を持っていても体の大きいボスは腕も長くリーチが長い。その差約10cm!一足早くボスが俺を射程に捉えた!右フック系の攻撃!


「秘剣!爆・斬突改!流!以下略!」


 ボスが攻撃を繰り出す瞬間ガチッと鞘に剣を叩きこむ。


 ドォン!

 バシューーーン!


 今度はしっかり調整された火薬が抜群のスピードで剣を発射する!


「オラァ!クソ犬!犬は犬でも元社畜舐めんじゃねえーーーー!」


 ガギ!

 ガチコーン!!!!

 バキーーーーーーン!


 俺の攻撃は届かないはずの間合い!しかし剣は確かにボスの脳天を捉え斬撃音ではなく金属音を伴った激しい打撃音が響いた!


 直撃ィイイイイ!!!!!


 届かないはずの間合いを直撃!


 何故か?


 答えは!

 俺は剣の柄を握ってはいなかったのだ!


 握っていたのはちゅん助に手首に通せと言われた丈夫な革紐で作られた輪っかだ!


 其処を支点に剣全体を鞭の様にしならせ足りない10cmの間合いを補い己の手首より、遥かに柔軟な可動域を持つ輪っかで剣の半円軌道を作り出したのだ!


 見事に命中したとはいえ剣の角度までは調整できず、結果、剣の刃ではなく腹で人獣の頭を叩く結果となり剣先4分の1が折れ飛んだのだった!


「グオアアアアア!」


 激痛にボスが悲鳴を上げる、がまだ戦闘不能に陥ってない!苦し紛れの返しの左フック!


「崩れたら!」

「お前の負けなんだよ!!」


 ライジャー流!

 崩しの後の最速の突き!

 黄金パターン!


 俺の判断はボスの体勢回復より速かった。


 折れた剣は即座に諦め放り出すと咄嗟に腰の短剣を引き抜きボスの喉元目掛けて最速の突き!


 ズバシュ!

 命中!


 脳震盪を起こしたボスのフックは懐に潜り込んだ俺の頭上をかすめ、次弾を放つことなくボスの両腕がだらりと下がった。





 決着!





 だがまだ終わっていない!


 俺は倒れたボスの上に駆け上がると周囲に向けて大声で叫んだ!


「敵方の大将!討ち取ったりーーーーーーーーーーーーーーーーー!オオオオオオオオオオオオオオオ!」


 俺は大声で叫んだ、その雄たけびに隊員の活気が上がり、今度は逆にボスを完全に失った人獣達が浮足立つ番だった。


 人間とは違い人獣の決断は速かった。迷いもなくその場から6体の人獣は去っていったのだった。


 すぐに、ちゅん助が馬車を連れて来た。俺達は急いでトニーガを教会に運ぶとマフィーさん達の献身的な手当てと幸運にも町を訪れていたヒーラーによって俺達の隊長は一命をとりとめた。


 ヒーラーはグソク関連でガリンに向かう途中であったらしく、思わぬところでグソク経済の恩恵を受けられる形となったのだ。


 トニーガが回復するのを待って俺達は次の街へと向かう事とした。隊長やマフィーさん達の熱心な引き留めにちゅん助も俺も心が動かないではなかったが、元の世界に戻るための手段を見つけるためにはずっと留まるという選択肢は選び辛かった。


 なにより前の世界でのおっさん状態ならここで過ごすのもアリだろうが、若い肉体を与えられたのは何かしら意味があるはず、そう思って前に進む事を決めたのだ。


「そうか、やはりお前達は旅立つのか。そんな気はしていた」


「お世話になりました」


「今となってはこちらこそだな」

「あの件以来、隊員の目つきが変わった」

「俺が引退できる日もそう遠くないだろう」

「礼を言うイズサン」

「いや、遠き国ニホンから来たサムライだったか…?」


「いや!それは…」


「出来ればお前に…いやそれは言うまい」

「遠き国から来たサムライとやらよ」

「お前達の旅の幸運を祈っている」


 次の街アクリムに向かう馬車の中で俺はちゅん助に礼を言った。


「あの爆・斬突改が無ければ危なかった、助かったよ!」


「!」

「そう言えば見とったお!w」


「!?」


「秘剣!爆・斬突改!ナガレ!キリッ!」

「おまえ、どこの厨二病患者だお?」

「戦場であんなかっこつけて恥ずかしくないのかお?」

「あれが許されるのは小学生までだお!ぶわーはっは!」


「なななな!?」

「お前が言わなきゃ、発動する事は許さん!」

「と言っただろうが!」


「はあ~?いつ言いましたあ~w?」

「証拠でもあるのですかあw?」


「こ、コイツ…」


 いつも通りのちゅん助にイラっと来るが今回はまあ貸しにしておいてやろう。


「ったく!しかしお前にしては良く出来てたぞあの剣」

「さすがに実験しただけあるな」


「実験?」


「実験済みとか言ってなかったか?」


「しとらん」


「は?」


「しとらんよそんなもん」


「はあああ!?ちょ!おま!それ!」


「そうでも言わなイズさん疑って使わんやろ?」


「当り前だろ!よくもそんな危ないの俺に!」


「おまはん以外に実験台、誰がおるやで?」


「実験台だあ?爆薬の量の調整は!?」


「目分量!」

「適当に減らしといたおw」


「おーまーえー!」


「いいじゃないかお上手くいったお?」

「過去の事を蒸し返すとは大人げないおw」


 ガチーン!


「ぐえあ!」


 第二話

 終わり

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