第二章 始まりの町 アリセイ
第22話 第二話 その1 鏡よ鏡
身体が弱い私は若い頃から無理が利かなかった。
そのため酒やタバコといった健康を害する物には手を出さなかったのだが、タバコはともかく酒が飲めないのは社会生活上たびたび困った。
仕事の付き合いでキャバクラに連れて行かれる事もありはしたが慣れない雰囲気と飲めない酒で、綺麗な女性についてもらっても苦痛でしかなかった。故に酔った勢いで女性と間違いを!なーんて事は一切なかったしそれどころかビールをコップ半分でも飲めば決まって片頭痛そしてリバースへ。決まってそうであった。
同僚には酒が飲めないなんて人生の半分以上損している!なんて言われた事もあったが確かにそうだと感じる。そんな私であったが女性と楽しくおしゃべりできる場所が一つだけあった。癒しブームに乗ってできた膝枕&耳掃除サービスのお店がそれだった。
風〇行けばいいやん!なんて言ってくる奴もいたが
「金で買える女はそこまでの価値しかない!」
そんな風に強がって足を運ぶ事は無かった。そんな風にカッコつけたかったわけでも貞操観念が高かったわけでも、興味が無かったわけですらない。
いや興味はあったしありまくりだった。金もそれなりにあった。それでも足が向かなかったのは単に病気が怖いだけであった。身体の弱い私はそのような店に行ったが最後、変な病気を拾ってくる、それが怖くて行けなかっただけなのだ。
そして私は自分が我慢弱い人間だという事も十分自覚している。お金で快感を買う事を覚えてしまったらきっと破産するまで通い詰める事だろう。私はそういう人間なのだ。
タバコにも興味はあった。しかし最初の一本さえ吸う事が無ければ一生吸う事は無い、そう言い聞かせて手を出すことはしなかった。そして最初の一人を買う事もなかった。
が、耳掃除には見事にはまって通い詰めた。愛知、大阪、東京、神奈川いろんな場所に足を運んだ。その中でも印象に残る耳かき娘達がいた。
名古屋のゆ〇なさん、大阪のは〇ねさん、東京のま〇なさん、いずれもタイプの違う彼女達であったがそのお店でのナンバーワン耳かき娘だったと聞いている。耳かきのテクニックも三者三様、ルックスもそれぞれの良さがあったがどの店のナンバーワンでも彼女達に必ず共通する事は容姿でもテクニックでもなく、会話能力が高いという事であった。
この世界の2回目の目覚めは本当に新鮮で近年感じた事がないくらい素晴らしいものだった。
思えば元の世界では残業に次ぐ残業で毎日午前様、ベッドに潜り込めるのは決まって深夜1時を過ぎて憂鬱で疲れが抜けきらない身体で目覚めて、また今日もつまらない一日が始まるのか…そんな事の繰り返しだったが、昨日は9時には寝床に就いたはずだった。
そのせいもあってか身体が軽い。
すこぶる体調が良く感じた。背中に羽が生える、そういった感覚はこういう日の朝のためにある言葉だろうか?力が溢れ出るようだ。
隣の寝床でまだちゅん助はぐっすりといった感じで眠っていた。
一緒にホテルに泊まると
「わしは朝弱い上にイズサンのイビキと歯軋りで」
「二度寝三度寝状態なんだから、起きた瞬間から体調が悪いんだお!」
とよく怒られたので、まだ朝も早い、このままにしておこう。
今日は警備隊の隊長さんと会う日だ。身だしなみを整えておかねば!
俺は昨日教えてもらった顔洗い場へとちゅん助を起こさない様に身を移した。
洗い場には井戸から桶に移されたであろう水が備えられており、この世界では水は貴重品であろうと必要最低限の水だけで顔を洗った。
タオルなんてものは期待することが出来ず手で水を切ってからふとうっすらと汚れてはいるがその役割は果たすであろう鏡を覗き込んだ。
「!」
「?」
「!?」
「なんだ!?」
「いやいや!」
「オイ!どうなってる!」
鏡に映っている姿はどう見ても俺なのだが…いや俺なのだが俺じゃない!どうなってるんだ?これは一体!
「ちゅんすけー!ちゅんすけー!大変だ!大変なんだ~!」
俺は混乱して慌てて寝床に走り寄った。
「むにゃむにゃ、まだねむいお、わしが朝超弱いのを知っての狼藉かお…」
「ちなみにわしが弱いのは朝だけじゃなくて寒さ暑さお金に美少女…」
「他にもいっぱいあるお…」
ちゅん助は眠そうにめんどくさそうに答え訳の分からない事を口走っている。しかしこっちはそれどころじゃない。
「いやいや!ちゅん助!大変なんだって!」
「…どうしたお?鏡でも見たかお…」
「ちげーよ!!!って違う!いやそうなんだ!見たんだ!」
「あ、そう」
ちゅん助は興味なさそうに答えた。
「俺!若返ってる!」
そう鏡で見た姿は確かに俺ではないが俺だった。そう記憶が確かなら高校時代くらいの俺の姿だったのだ!
「お前…ようやく気付いたんか?」
知ってたなら教えてくれ、そう言いかけた俺にちゅん助が続けた。
「メガネ無しでもよく見えとるようだお」
確かに!元の世界ではメガネが無ければ数m先も見えなかったはずなのに。
「ま~ったく!おまえばっかSSR引きよってからに!」
ようやく目覚めたらしいちゅん助はまたSSRの話を蒸し返してきた。
「思えば!おまえの暴走運転でこの事態招いたんやぞ!」
「おかげで見ろや!わしのこのちんちくりんな姿を!」
「おっさんたるわしがこんなぬいぐるみみたいな姿になって惨めな事この上ないお!」
「いや、お前、自分で大学の時そのイメージキャラクター俺に見せてかわいいやろ!とか言ってたよな??」
「黙るお!可愛いイメージキャラクターを設定するのとそのものになってしまうのは意味が違うお!」
「わしは貴様にこの事態の責任を追及し!謝罪と賠償を求めるんだお!」
「んな大げさな…」
「ちなみに賠償は支払わせたたびにあの合意は間違いだった!」
「再交渉だお!と死ぬまで請求するお!」
「そんな合意ならするだけ無駄だろ!」
「そんな事よりちゅん助!今日隊長さんに会うんだ、はやく朝食を摂らせてもらって用意しないと失礼だぞ!」
「まつお!」
「話は終わっていないお!」
いつもちゅん助にやられている話題逸らしの手法を逆に喰らわせてやったwプンプンと飛び跳ねるちゅん助を尻目に足早に食堂へ向かった。
「まてお~!ひきょーもの~!」
頭でっかち尻すぼみを絵に描いたような姿のちゅん助であったが意外に素早いらしく、あっという間に追いつかれて頭上を占拠されてしまったが、追いつかれたからといってどうという事は無い。そのままちゅん助も食堂に運んだ。
食堂では既に朝食の準備が出来ており、俺達以外にも数人ではあるが同じような状況の旅人か冒険者達が席についてそれぞれ食事を口にしていた。なるほどこの世界の朝はとても早いらしい。
「あら、おはようございます」
「あ!おはようございます!昨日はどうも…」
「おはようだお、朝弱いわしにはほんとに早いお、イズサンに起こされたんだお」
「お前うるさいって!失礼だろ」
昨日の修道女はマフィーさんと言うらしい。
昨日は色々な事があって薄暗かった事と初対面の女性の顔をじろじろ見るのも失礼なので気に留めなかったが修道女らしく派手なメイクなど一切していないがやはりなかなか感じの良さそうな美人さんであった。美人だと分かると少し緊張する。
「マフィーさんほんとに昨日はどうもありがとうございました。おまけに朝食まで何と言ったらよいか…」
「マフィーさん美人やなあ。お礼に昨日みたいにわしを自由に撫でる事をゆるすおw」
「おい!さっきから失礼だろ!マフィーさん気にしないで!」
「あとコイツの中身、ドスケベド変態なので迂闊に抱きかかえないで!」
「否定はせぬが、如何にわしが変態スケベとてこの抜群にコミカル可愛いわしの容姿を前に!」
「はたして若いおなごがわしを抱きかかえたいという欲求に勝てるものか?」
ちゅん助がスケベそうな三日月みたいな目つきをして変態チックな事を言う。
「ちゅん助ちゃん、まあそれは後でね。しっかり朝ごはん食べていってね」
「わしは朝ごはんだけじゃなくマフィーちゃんも食べ…」
ゴチン!
「言わせねーよ!?」
「ぐえあ!何するお!」
これ以上変態且つ失礼な事言わせねーよ!と俺はちゅん助の脳天に鉄槌を下した。
「うふふふ」
幸いなことに昨日と同じくマフィーさんは腹を立てていないらしく愉快そうに笑っていてくれることが救いだ。
(ちゅん助!お前元の姿で同じ事やったらセクハラだぞ)
(わかっておる、なればこそ、この姿なればこそ許される!)
(ならばやるしかないのではないか?あと殴ったら痛いお)
(動物愛護週間、動物保護法、鳥類憐みの令を知らんのかお?)
(昨日わしは鳥じゃないお!とか言ってたやろ!)
(あと最後の奴、生類だしいつの時代だよ、むわったく!)
(おしゃべりしてる暇はないお!)
(はよう食べんと隊長さんがやってきてしまうお!)
(こ、コイツ…)
見事なくらい先程の話題逸らしをやり返された。ちゅん助は素早くテーブルによじ登ると夢中で食事にがっつき始めた。
「あ!こいつ!マフィーさんすいません失礼な奴で」
「昨日今日のお代は必ず働いて返しますんで」
「ええ、でもご無理はなさらず気を付けてくださいね」
「神は頑張るものは見捨てませんからいつまでもお待ちしています」
「はい!ありがとうございます!神の加護に感謝し、ありがたく頂きます!」
「わしも、むしゃむしゃ」
「わしも感謝しとるお!ご飯くれる神は神だお、むしゃむしゃ!」
ゴチン!
「ぐえあ!愛鳥週間!」
俺はもう一発ちゅん助に喰らわすと手を合わせ神に感謝し朝食を頂いた。
第二話
その1 鏡よ鏡
終わり
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