第20話 第一話 その10 魔物が居るの!?

「わーん!じいちゃん!わしは魔物怖いお!スリスリw」


 老人の口からとんでもない単語が発せられたのを聞いて俺は思わずギョっとするが、わざとらしくジュセルさんの懐でスリスリしてるちゅん助に少し呆れた。


「まあ魔物と言ってもここらではそこまで危険なものはほとんどおらん」「森の奥へ入ったり林の中で一人夜を過ごしたりするような真似をせん限りはな」


 ジュセルさんの言葉が真実だとすると目覚めた地点で一夜を明かしたりするような選択をしていたらかなり危険だった事になる。俺はほっと胸をなでおろした。


「ただ最近は人獣、といってもわしらの町周辺に出没するのは犬種の幼人獣、未人獣くらいなもんじゃったが年々数が増えて町の警備に当たっとる者の苦労は増えとる」

「近頃は成人獣まで成長した個体もちらほらだそうな」


「幼人獣、未人獣というのは?」


「成長する様じゃよ。犬種でいったら幼人獣は殆ど犬の姿と変わらん、ただし犬と違って凶暴じゃからすぐ分かる。未人獣は四つ足から二つ足へ変わる途中の奴じゃ」

「成人獣ともなると完全に二足歩行し始めて、ある程度の知能を身に付けるもんじゃからこうなるともう厄介なんじゃよ」

「警備隊はそうならないうちに幼未人獣を未然に倒して回るんじゃ」


「ま、魔物というのは?」


「人獣も魔物の一種じゃがここいらで最近出没し始めたのはグソクじゃの」


「グソク?」


「犬ほどもある大きなダンゴムシじゃよ。初めて見たときは腰抜かしたわい」


「見た事がおありなのですか!?」


「ここらでも半年ほど前からちらほら見かけるようになったんじゃ。ただまだまだ少数じゃし昼間しかほとんど動かんのでの」

「夜となると動くのを止めてじっとして居るが、夜に少々凶暴化する奴もおるらしい、じゃがこちらから手を出さん限り、よほどのことが無ければ危険は無いようじゃて」

「死骸はええ肥料になるので昼間は警備隊も積極的に狩りに出とる。人獣よりはよほど益虫じゃて…ただしあくまでここいらではじゃが」


「他の地区では問題でも?」


「二つ隣のガリンという結構な街があるのじゃが、そこではグソクが尋常ならざる数で大量発生しとるとかで連日大変らしいそうな」


「肥料がドチャクソ獲れるならそれはいいんじゃないのかお?じいちゃん!」


「ほっほっほ!ちゅん助、程度の問題じゃて」


 ジュセルさんは膝の上のちゅん助の頭を気持ちよさそうに撫でながら言った。


「ガリン周辺はそらもう地面を埋め尽くすほどの大群が発生する事もあって駆除にかかる人員はそれはもう他の街から募集しても間に合わんくらいらしいて」

「もっともちゅん助が言う通りその影響で大量の肥料と人々の行き来でガリンの街は空前の好景気に沸いとるそうな」


「イズサン!そこ行きゃ稼げるお!」


「まあそうだが…」


 この世界でも先立つものが無いと暮らせるか分からない。人出が足りてない街があるなら職にありつけるかもしれない。重要な情報だった。しかしそれほど美味い話だけなのだろうか?


「イズサンとやら、グソク狩りに行くというなら止めはせんが気を付けなされ」


「やはり危険な事が?」


「わしも実物をみた上での感想じゃが、数匹、数十匹、いや百匹程度なら腕の立つ者ならどうという事は無い魔物じゃと思う」

「群れで居ってもウロウロとしとるだけ見える。ただどれほど単体で弱かろうと数がとにかく多いらしいのじゃ」

「それに…」


 ジュセルさんは少々思案深げな表情になって続けた。


「いや、少数のグソクやそのいかにもばらばらな生態を見とるとにわかには信じられんのじゃが」

「ガリンで編成されるグソク討伐隊では毎回のごとく死者が出ておるようなのじゃ!」


「死者ですか!?」


「やっぱ怖いお!」


「そう、討伐隊からだけではなく冒険者やあんたらみたいな旅の者からもかなりの数の犠牲者が、と聞いておる」


「まだ冒険者や旅の者なら分からんでもない」


「分からんのはかなりの大人数で編成されそれなりに犠牲者の情報を聞かされとるはずの討伐隊から相当数の被害者が出とることじゃ」

「これが信じられん」

「いくら数が多いと言ってもあのような動きの鈍い魔物に毎回毎回やられるという理屈がわしにはよう分からんじゃ」


「イズサン!ひと狩り行こうぜ!」


「お前…なんかのゲームみたいなこと言うなよ、今の話、聞いてたか?」


「まあなんにせよイズサン、気を付けなされ。グソクには短いが強い歯がある。喰らい付かれたら骨まで残らんらしいぞ」


「ひえー!怖いお!じいちゃん!」


 ちゅん助が飛び上がった。


「ほっほっほ、ちゅん助じゃあ丸飲みにされてしまうかもしれんの?」


「は?じいちゃん!わしは光より速く動けるお!鈍間なグソクになんか捕まらんお!」


 ジュセルさんの膝の上でちゅん助はシュバシュバと反復横跳びみたいな動きをしていた。


「ちゅん助、俺達の世界でもそういう設定は理解されないんだ。ジュセルさんに言ってもちんぷんかんぷんだぞ?」


「は?設定違うわ!」


 ちゅん助の厨二設定は置いといてグソク狩りは非常に危険な臭いがする。どうすべきか…


「おお、言っとる傍から、そこに1匹おるの!止まれ!」


 ジュセルさんは馬に命じて馬車を止めると道端の背の低い草むらに蠢く灰色の塊に近付いて行った。


(でかい!たしかに)


 灰色の塊はゆっくりと動くグソクと呼ばれる巨大なダンゴ蟲の魔物であった。背丈はジュセルさんの膝程までありちょっとした犬くらいの体積があった。


「でかいおw!」

「でかすぎるおw!」

「こんなダンゴムシ初めて見た!オムーだお!イズサン!オムーだお!」


 危機感なくちゅん助がジュセルさんと共にグソクに駆け寄って嬉しそうに周りを跳ね回っていた。


「オムーってお前…」


「オムー!お帰り?ここはおまえの来るところじゃないんだおw」


 どこかで聞いた事のあるセリフを口走りながらちゅん助がグソクの尻をぺしぺしと叩いていた。


「おい!危ないないか?ちゅん助!」


 そう言ってみたもののグソクの動きを見る限りでは確かに鈍い。ちゅん助のようなちょこまかと動く奴が後ろにいてもとりたてて何の反応も示さずぺしぺしされても少しの影響もなく遅い歩みを続けていた。


 想像以上のその大きさに驚きはしたが何人もの死者を出しているような蟲にはとても見えないのが正直な感想だった。


「まあ、見とれよ?」


 ジュセルさんはそう言うと腰のナイフを抜きグソクの側面に慎重に近付いた。


「わっ!わっ!じいちゃん危なくないかお!?」


 一応心配してちゅん助がジュセルさんの傍に付いた。続いて反対側の側面に俺も付き、不測の事態に備えたつもりだった。


「そりゃ!」


 ザクッ!


「キー!」

 ドサッ!


 ジュセルさんは慣れた手つきで、逆手に持ったナイフをグソクの額部分の殻の継ぎ目に突き刺すとグソクが悲鳴を上げ横倒しになり呆気なく決着が付いた。


 ジュセルさんが狩りの意を示し側面に近付き、身の危険が迫った瞬間ですらグソクは警戒行動の一つすらとらず、あっという間に倒されたのだった。確かに…


弱い…


「おお!じいちゃん!見事だお!一発だお!さては名のある剣士だなお!?肥料ゲットだお!」


 大喜びで横倒しのグソクの上に乗ってちゅん助がクルクルと廻っている。グソクの額の傷口からジワリと白い体液が流れ出ていた。


「大げさじゃよちゅん助」

「町の者なら数匹ぐらいの群れじゃったらこうして倒して畑に持って帰るのじゃ」


 馬車から麻袋を取り出すとその中にグソクを収めながらジュセルさんが言った。


「まあ先の事はともかく、わしらの町でも討伐隊は無くても警備隊があるんじゃ。教会で一晩面倒を見てもらってその伝手で警備隊に入れてもらえば魔物やその駆除も学べるじゃろうて」


「教会があるんですね、お世話になれるなら願ってもない事です」


「教会は旅の者の味方じゃ。事情を話せば色々世話してくれるはずじゃて」


「ちなみにイズサン!日本にこのオムーが発生しない理由知っとるかお?」


「オムーじゃなくてグソクな!そもそも日本どころか最初から全世界にいねーだろ!」


「こいつが発生しないのはな!」

「わしが保育園にかよっとった頃、悪ガキ連中とダンゴムシ千切りまくってやっつけとったからだお!」

「小さいダンゴムシのうちから巨大グソクに成長する前にわしが倒しとった!」

「つまりわしは世界の救世主なんだお!」


「あほか!あとお前がきんちょの頃だからってしれっと残酷な事言うなよ!」


 ちゅん助のアホな話は置いといて町に着いた後、どうすればいいか不安であったがなんとかなりそうな道が開けた事にかなり落ち着いてきた。


 それから俺達は町に着くまで少し食料を分けてもらいさらにはこの世界のいろいろな情報を話してもらった。


 故郷の村へ戻ってたまたま帰りの道中で俺達を拾った事。


 もしジュセルさんに会うことなく道の右側、小川の上流方向へ進んでいたとしたら歩きでは村まで1週間以上はかかったであろうという事。


 ジュセルさんの家があるこれから向かう町はアリセイという名で夕暮れまでには到着できるという事。


 この話を聞いた時、俺とちゅん助は少し身震いをした。もし右側に進んでいたとしたら夜が明ける前に魔物やらに襲われていたかもしれないしそうでなくとも行倒れていたことは間違いなかった。


 右か左か待つか待たざるか、そんな一見簡単な選択が生死を分けていたかと思うと本当にゾッとする話だった。


 それだけに運よく拾ってもらったジュセルさんには頭が上がらない思いであった。


 色々な話を聞くうちに馬車は確実にその歩を進め乗せてもらってから数時間程過ぎた頃にアリセイの町の灯が見えて来た。


 第一話 

 その10 魔物が居るの!?

 終わり

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