イズサンとちゅん助は負け組でも負け犬にはならないのです!

ちゅん助の!

プロローグ

第1話 プロローグ その1 イズサン!(とちゅん助)大地に立つ!

「おほーーーーーーーw!イズサン!本日も絶好調だお!狩りまくりだお!」


「そうだな!ちゅん助!ここまでお前に稼いでもらったが、こっちは俺の役割だからガンガン狩るさ!」


「しっかしこんなでっかいダンゴムシもどき倒して稼げるとはこの街はなかなか美味しいお?」


「まあそうだな剣の修行も兼ねて一石二鳥!この機に稼げるだけ稼がなきゃな!」


「ゆうても金はわしがいっぱいいっぱ~い持っとるお!どちらかというとそのヘタレな剣技をなんとかせい!」


「言ってろよ!」


「本日もイズサンの雑魚狩り剣は雑魚相手に冴えわたるのであったぁ~w!」


 街外れの広大な平原、その一画の荒れ地で青年が蟲の群れを相手に一人剣を振るっていた。


 正確には一人と一匹?一羽?青年に「ちゅん助」と呼ばれたそのちょっと大きめの猫程の大きさの生き物は青年の頭の上に陣取り騒ぎ立て、飛び跳ね上機嫌であった。


 その生き物は不思議な…コミカルな格好をしていた。


 クリームパンか楕円のクッションの様な形をした小さな体に見合わないアンバランスなまでに大きい頭に、やけに長い毛が三本。体のほとんどが頭で構成されているかと見える程とにかく頭が大きい。


 見た目は無理やり言うなら鳥、中でもフクロウに似ているが雰囲気はキッチンラーメンのマスコットキャラクターぴょこちゃん。生き物というよりは黄色いぬいぐるみがワイワイと青年の頭の上で騒いでいるようにしか見えなかった。


「一つ!二つ!さらに一つ!おほほ!ー13機ものリック・ダムが!状態だなおーw狩るべし狩るべし!」


「じょー!明日の飯のための剣技そのいちぃ~♪肘はわき腹に付けやや内角を抉るように突くべし!突くべしぃw!」


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「おいこら!ちゅん助あんま頭の上で飛び跳ねるなよ!」


 イズサンと呼ばれた青年はますます調子付いて頭上で楽しそうに騒ぐちゅん助を窘めながらも足元の蟲を突いて突いて突き散らしていく。


「細かい事は気にするなお!集中!湘南!オーフェンス!オーフェンス!」


 イズサンの忠告を全く気に留めることなくちゅん助が騒ぎ続けた。


「キー!」


「キーキー!」


 怒りの声なのか?足元から突然、鳴き声を発しながらイズサンめがけて数匹の蟲が一斉に飛び襲い掛かった。


 近年になってこの辺り一帯に急速に繁殖しだした50cm程の巨大な蟲型の魔物。動きは鈍重なれどそこそこ凶暴な雑食性のダンゴムシもどき、それが魔物「グソク」であった。


「ハッ!待ってたよ!」


 硬い殻で背中を覆われたグソクは地面にいる場合、殻の継ぎ目を狙って刺さないと攻撃が通り辛く致命傷を与えられないが無数の脚が生えた腹面は背面に比べると堅くなく簡単に剣を刺すことが出来た。


 グソクの移動速度は人の歩行速度の半分程度しかないものの捕食対象に近寄ると飛びかかって襲い掛かる個体も存在した。


 サクサク!ザク!


 空中に跳ね無防備に腹を晒したグソクをイズサンの三連突きが苦も無く捉え撃ち落としていく!


「ライジャー流」―――この世界で恐らく最も有名な剣士の名前を冠した突き技主体の先制攻撃重視の剣術。


「おう!おう!三連突きかお!ジェットストームだなお!ガイアン!マルテガ!ミッシュ!奴らにジェットストームをかけるぞ!」


「お前は誰だよ!w」


「は?ちゅん助だおw?」


「そういう意味じゃねーだろ!w突っ込んでやったのにボケたおすなや!」


 オタクしか笑わないちゅん助のボケにまんざらでもなさそうにイズサンも応えた。そして1匹また1匹と素早く確実に葬っていく。


「前の街で鍛えてもらっただけあってそこそこ使えるようになったなお」


「確かにそれもあるけど…それよりもこのグソクが弱い、そっちの方が大きいがな」


ザシュッ!


 また1匹に剣を突き刺しながらイズサンが言った。


「この弱い魔物が、この世界で知られる限りでは最も旅人や冒険者の命を奪ったって言う話ちょっと信じられないよな。最初の町の獣型と比べたらまるでボーナスバルーンだよ!」


 イズサンが言う様に殻の硬い事を除けば動きが遅いこの魔物は一対一なら初心者でも、いいや子供や女性でも簡単に倒せるほど弱かった。問題があるとすれば数が多い、あまりに多い、いいや多すぎる!この一点だけのように思えた。


 イズサンが狩りを始めてから小一時間、倒した数はひょっとしたら千に近いのではなかろうか?


 通信石と呼ばれる風の精霊石の一種とされる小石が剣の柄に仕込まれ、その石が倒した魔物の数を教会ギルドへと送っているはずであり単価は低いもののリスクに対してなかなかの稼ぎになるのだった、というのもこの魔物は食用には到底ならないが、その死骸は土に還り易くかなり良質の肥料になるという事でイズサン達を含めた討伐隊が駆除した後は街の回収業者がその死骸を回収する手筈となっていたのだ。


 つまりは冒険者はグソク討伐の賞金、街は街で肥料の貿易とでダブルで美味しい!それがこのグソク狩りなのだ。冒険者としてはまだ新米のイズサンにとっても剣の素振りを行うよりも遥かに剣の修行になり、さらに実入りの多いものとなっていたのだった。


 あまりに順調すぎる経過に危険の度合いは限りなく薄く感じられた。


「これにやられるなんてよほどの間抜けじゃないと考えにくいよな」


「まあ言ってみれば序盤の定番!スライム狩りだなお、わしの必殺剣を振るえないのが残念だおw」


「無いだろ!そんなもん!」


 二人、いや一人と一匹?一羽?は次々と湧いて出る様な、お気楽な賞金首を夢中になって狩り進んだ。


「う~ん?ちょっと隊から離れすぎたんじゃないかお?」


 イズサンの頭上で大喜びで騒ぎ立てていただけに見えたちゅん助が辺りを見回して言った。自らは戦っていないだけにふと冷静な判断を取り戻したのか?もっともな忠告をしたのだった。


 言われてみれば確かに…戦闘、と言ってもほとんど一方的な駆除だったが、それに気を取られて気が付かず街を一緒に出た討伐隊の一行がやや小さく見える位置まで単独でかなり前進してしまっていた。文字通りの虫ケラの弱さに調子に乗ってしまっていたのかもしれない。


「そうだな…隊との間にグソクの群れが入り込まない様に一旦戻るか」


「だおだお!」


「まあ入り込まれてもどうという事はなさそうだが」


「油断は禁物だお」


 即座に話が纏まり、隊へとイズサンが足を向けたその時、視界の隅に青い影が走った!


「色違いが居るのか!?」


「確かに他の奴らと違って明らかに青みが強いお!青物だお!」


「魚かよ!」


 今まで倒してきた個体は少々黒みがかった灰色の物ばかりであった。そのためほぼ草原であるはずの辺り一帯はその膨大な数の灰グソクによって灰色に染まっているようにも見えたのだが、それだけに青い色をしたグソクの小規模の群れが目立ったのだ。


「隊へ戻るついでだ、賞金も高いかも知れない!こいつらを倒しつつ戻るぞ!」


「わしも思わず期待!」


「ふッ!」


 言うが速いか最速の突き技を斜め下に繰り出す!


 スルりスルスルスル!


「あ!?」


「おっ!?」


 剣は空だけを突きサクリとした心地よい感触もキンと弾かれる継ぎ目を外した感触も持っては来なかった。


「躱した!?」


「青い奴はちょっとはえーなお!」


 狩り始めの頃ならともかくグソク狩りに参加して数日、駆除数はもはや数え切れずという討伐数に至った今、脱初心者と言っても良いイズサンの突きがグソク程度の動きを捉えられない事は無くなっていただけに、青の群れは灰とは違って明らかに動きが速かった!


「よく狙うお!」


「分かってる!速く動くなら動くで…」


「こうだろ!」


 シュ!シュッ!ザク!


 一発目の突きを囮にして青グソクがその身を躱した瞬間さらに間合いを詰めて本命の突きを刺す先の先を取るライジャー流を象徴した二段突きが鮮やかに決まった!


「当たらなければどうという事は無いおw!」


「当たっただろ!」


「当たったお!w外れなければどうという事はないおw!」


「かなり速いけど刺した手応えは変わらんみたいだ、一気に狩るぞ!」


 仲間の1匹が簡単にやられたのを見てイズサン達に距離を詰めて来たはずの青グソクの小群は弱気になったのか?群れの体勢が引き気味となりかなりの速度で後退していく。しかし!まっすぐに下がってくれる相手程狙いやすい物は無い!


「逃がさねえよ!」


 サク!サク!ザクリ!


 すぐに灰色とさほど変わらないペースで青グソクを始末していく。


「!?」


「今度は黄色かよ!?」


 青の群れがスススーと引いて行く方向に、今度は黄色の小群がどこからともなく湧いて出ている様だった。黄色のグソクは灰色よりさらに足が遅い様で移動速度に秀でた青の群れは黄色を置き去りにする形で後方へと下がっていった。


「青は逃げ足が速いなお!それに比べて黄色いのはどんくさそうだお?」


「まあついでだ!取り逃した青い奴等の代わりにこっちを狩るか」


 サク!サクサクサクサク!


 灰や青より明らかに柔らかい!殻の継ぎ目を外しても簡単なまでにそしてより深く剣が刺さった。


「幼虫か?」


「にしては大きさは同じくらいだなお」


 ちゅん助は疑問を呈するが、それにしても柔らかくそして弱い、さらに鈍いの三拍子が揃っていた。瞬く間にイズサンは20匹ほどの黄色の群れを全滅させたのだった。ただでさえ弱い灰色より明らかに弱い。やはり幼虫だったのだろうか?賞金は期待できそうになく無駄な戦闘をしたかも知れなかった。そして倒した後の黄色の体液からはなんだか甘い匂いがする。灰色や青と同じような薄い白の体液を持っていたが、奴等はこの様な匂いはしなかった。


「ミツバチというかハチノコみたいな奴だったのかも」


「ほうほう面白い!甘そうな良い匂いだおwイズサン1匹食べてみいや?」


「ヤだよ!食える見た目してないだろこいつら!」


「いやいや珍味は総じて気持ちの悪い面構えなんだお!最初にナマコを食った奴を尊敬するおw」


「譲るからお前が喰ってみろよ」


「は!?アホか!そんな気持ちの悪い得体の知れない魔物を友達に食えとか!それでも人間かお!?このアクマ!w」


「お前が最初に言ったんじゃねーかw」


「いやいやいやいやいやwそんな事より黄色を全滅させたところでさっさと隊に合流するんだお?」


 ちゅん助がタイミングよく話を逸らした。


「いや、やっぱこいつら弱い…弱すぎるぞ!」


「え?」


 合流の提案にすぐに同意すると思っていたちゅん助は一瞬動揺した。


「隊からは少し離れてしまったけど、その分…狩り放題だろ?」


「まあそれはそうだけど…」


「こいつら倒して稼げるなんて美味し過ぎる話じゃないか!」


「まあそうだが…数はいっくらでもいるお?まず戻って体勢を整えようお?」


「お前らしくないな!ここまで結構イケイケで来てたじゃないか!」


「う~ん?らしくないのはイズサンの方じゃないかお?」


「いやそんな事ないだろ!目の前に宝の山!もう少し行けるだろ!行ける!」


 ちゅん助は不安になった、というのもこのイズサンという男、元の世界では結構慎重なタイプで性格は温厚、争いごとも好まないのであったが「車の運転」その一点の行動に於いてのみ気性がとても荒くなる気質を持っているからであった。今まさにイズサンの雰囲気が車に乗っている時とそっくりになってきているのだ!


「いやいやいや!やっぱり戻ろうずwもどろーずw」


 雰囲気を和らげるために少々ふざけたスパイスを入れてイズサンを刺激しないようちゅん助が言った。


「いや!ここは勝負だ!」


「あかんて!あかんて!」


 車に乗って豹変する…その性分がこの事態を招くきっかけであったのにその事はすっかり忘れたらしいイズサンがあくまで強気になっていた。


 ちゅん助が一時退却を進言したのには明確な訳があった。足の速い青を追いかけながら戦闘を継続してしまったがため黄色と遭遇した地点は遥かに隊から離れており、さらに小高い丘を回り込んだ位置まで青を追いかけたためもはや隊の姿は完全に死角となり全く見え無い位置まで進んでいたのだった。おまけにちゅん助の見た感じでは隊は自分達とは全く逆に進んでいたように見え、つまりは相当な遠方で完全に孤立したのだった。丘が無くてもひょっとしたら目視できない位置まで来てしまっているかもしれない。


「隊長さんが言ってたお!?グソク相手に絶対に単独行動するなって!戻るお!急いで!」


 語気を強めてちゅん助が言った!


「確かに言ってたがこのレベルでなに心配してるんだ?今から同じ数狩ってもまだ行けそうだぞ!」


「むーん!」


 ちゅん助が唸った。明らかにイズサンの様子がおかしい、おかしいのだ!いつものイズサンなら安全第一でいくら相手が弱いと言ってもこんな強気に出る事は無かったし、今の態度にはとてつもない違和感と不安を感じたのだった。


「わしは一人でも戻るぞ?」


「ご勝手に!」


「!?」


 仕方なくカマを掛けて言ってみたつもりであったちゅん助だがイズサンは明らかに冷静な判断力を失くしたかのように見えた。歩みを止めなかった。単独行動が好きなちゅん助と違ってイズサンは大抵誰かと共に行動するタイプの人間であるからして自分が戻ると言えば渋々でも退却するだろうと思っていたちゅん助の期待は全く外れた形になった。


 ポカポカポカ!


「戻れって!戻れって!」


 なんとか隊に連れ戻そうとちゅん助がイズサンの頭をぽかぽか叩くが小さい体ではなんの効力もない。逆にイズサンは歩を速めてグソクの群れへと飛び込むと夢中になって戦闘を再開した。


「あかんて!もう隊からこっちの姿はまったく見えんのやぞ!もし丘の向こうのエリアに大群が展開してたら完全に分断されて大変なことになるやで~!」


「たのしいなあー!ちゅん助!あはははははあー!」


「おい!?」


 最悪のケースを想定してちゅん助が警告を発したのにも関わらずイズサンは全く聞く耳を持たず暴走とも言える勢いで狩り進んでいった。狩りが順調過ぎて、いくらかハイになっていたとしてもいつものイズサンとは思えない、かけ離れた明らかに常軌を逸した異常な行動にも思えた。


「言う事聞けって!おまえ、車の運転でもわしの助言無視してしょっちゅう裏にハマっとるやないか!」


「車ー!?今車関係ないだろ!今は楽しい狩りの時だぞー!」


 ちゅん助はなんとか説得を試みるもやはりイズサンは聞く耳を持ってはいなかった。


「おお?今度は赤かよ信号かよ?こいつらw」


「赤はやばいお!敵のエースと相場が決まってるんだお!大体!見た事ない色が次々と!おかしいお!」


 灰色を狩り進む中、左方向から今度は赤味がかかったグソクが数匹襲い掛かってきたのだった。


「キー!」

「キー!」

「キー!」


 三匹の赤い個体が一斉にイズサン目掛けて飛び掛かった!だが遅い!


 灰より複雑な動きはしていたが青い個体に比べればどうという事のない速さだ!


 サシュッ!シュパッ!ザシュ!


 突き!バックハンドの切り払い!フォアの薙ぎ!


 ライジャー流を色濃く反映した美しく無駄のない突きと斬撃が鮮やかに決まり赤い個体がドサドサ、ドサッと音を立てて地面に墜ちた。灰と全く変わらない手応え、ただし一点だけ灰や青と明らかに違う部分があった。


「血が出るのかよ!」


 今まで倒した個体は体液らしき薄く白い液体を滲ませていたが赤は鮮血と言っていい程の真っ赤な体液を多量に垂れ流した。三匹倒しただけなのにイズサンの剣が剣身はおろか手元の柄までべったりと血液が付着し真っ赤に染まりその量の多さを物語っていた。


 鮮やかな赤の体液には不似合いなほどの粘度でべったりと付着している反面、噴き出したり飛び散ったりする様な事は無く、返り血を浴びる状態にならず体液による汚れは剣だけで済んだ。これ程のべったりとした液体ではまともな洗剤が無いこの世界では洗濯もままならないと感じた。


「剣が汚れたな!」


 そう言って剣をビュッと空中に切り払い付着した血液を払い落としたが、それでも剣身は赤く染まっていた。


「気が済んだかお!?いい加減に戻るお!赤は止まれだお!」


「まあまだ行けるけど…潮時か」


「やれやれ」


 ここに来てようやく退却の意志を示したイズサンにちゅん助は少し安堵した。隊からはかなり離れてしまってさらには灰が後方の退路に展開し始めてはいるが今から戻れば相手は雑魚蟲、今までのペースで倒して戻れば簡単に隊と合流できる…


 



 はずだった…





 グギン!



「?!」


 灰を倒しながら引き返し始めて数十匹倒した頃だろうか?順調にグソクを貫いていた剣撃に鈍い音色がかかった。


「どうしたお!?いま音が変だった!?」


 イズサンの突きは灰色の殻と殻の継ぎ目を突いていた様に見えた。今までなら易々と貫いていたはずだったが弾かれるような形で攻撃が通らなかったのだ。


「クッ外してたのか!もう一度!」


 今度は慎重に狙いを定め二番目と三番目の殻の継ぎ目に正確に差し込んだ。


 グギッ!


 先程より鈍い音が鳴り響いた。


「なにッ!」


「キー!」

「キー!」


 イズサンの動揺を見越したかのように2匹のグソクが接近し飛びかかって襲いかかる!


「クソッ!舐めるな!」


 突きからの薙ぎ、空中で弱点の腹を見せたグソクの1匹は貫かれ、もう1匹は真っ二つに切り裂かれる…




 はずだった…




 ドス!バシッ!


 剣撃は正確にグソクを捉えたが今まで楽々と貫き切り裂いていた小気味の良い音は全く聞こえず突き飛ばし撥ね退けただけの鈍い音色に変わっていた。


「どうしたんだお!」


 不安な様子でちゅん助が尋ねて来るが理由が分からない…


「まさか!ここに来て疲れたんじゃないなお!!!」


 頭上のちゅん助が慌てた。


「それは無い!!!ねえよ!!!」


 強い口調で言い返した。幾分ハイになって飛ばし続けたとはいえ、この世界での若い肉体にはまだまだ力が有り余ってる感覚があった。元の世界でのおっさんの運動不足の身体ではないのだ!すこぶる調子がいい、まだまだ行ける!行けるのだ!!


「だったら何で!」


 ちゅん助の疑問も当然だった。退路に存在するグソクは今までと全く同じ灰なのだ!どう見ても今まで無数に問題無く倒してきたのと変わらない個体なのだ!なのに攻撃が急に通らない!いったい何が!?何かがおかしいのだ…


「イズサン!け、剣がっ!」


 異変に気付いたのはちゅん助だった。そして悲鳴にも似た声を上げた。


(剣!?)


「うっ!?」


 言われて手にした剣を目の前にかざしたイズサンが驚きの声を漏らした。


 借り物とは言え千匹以上グソクを突き切り払ってもなお切れ味を保ち白銀の輝きを放っていた剣を改めて見つめ直すと輝きが失せ黒い変色が起こっていた。


「は、刃が!」


 切れ味が下がる、そういうレベルでない明らかに目視でも毀れているその刃を見て絶句!


「まさか…あの赤い奴か!」


「あの体液、腐食性持ってたんじゃあ…」


「と、とにかく急いで退却だ!」


「い、急げお!」


 考えられる要因として最も可能性が高いのは赤い個体を倒した時に剣に浴びた体液だったが、夢中になって戦っていた時にあの体液にそのような悪影響をもたらす効果がある事は全く考えに無く、今さらになってイズサンはちゅん助の忠告を無視したのを後悔し始めた。


(クソ!後悔先に立たずとはよく言ったもんだ)


 しかし今になって何故あんなに突っ込んだのか、あれほど隊から離れて孤立するような真似をしてしまったのか?自分でも説明が付かなかった。ただただ、行ける!何故そう思ってしまったのか…


 後悔しても遅いが、幸いなことにそこらかしこに大量に湧いている灰グソクは大群であっても一切の統率は見られず、一斉に襲い掛かって来る事が無いのが救いだった。退却経路はまだ辛うじて埋め尽くされていない!全速力で駆け抜ければ何とかなりそうだ。


(落ち着け!落ち着け!)


 そう自分に言い聞かせてイズサンは走る。


 かなり深く進んでしまったがあの丘を回り込めば見晴らしの良い所まで出る。恐らく隊の姿も肉眼で確認できる位置まで戻れるだろう。大声で叫べば声が届くかもしれない。灰グソクは絶え間なく襲ってくるが切れず刺さらぬ剣でも弾き跳ね飛ばす事は出来た。交戦を最小限にして駆け抜け丘は目の前となった。


「もうすぐ見通しが良い場所に出るお!何とかなりそうだお!」


 緊張は解けていない声だったが、ちゅん助が希望を口にした。


 危ない危ない!俺とした事がこんな冒険の序盤でまたも窮地に追い込まれるとは…あと一歩進んでしまっていたら本当にヤバい事になっていたかもしれない。五十歩百歩とは言うがこういうケースは50歩は助かっても51歩で死ぬ事もあるのだ!そんな思いにとらわれながらイズサンはなんとか丘を抜け平原に躍り出る。遮るものが何も無いこの場で大声を張り上げれば助けが呼べる!なんとか助かる!





 はずだった…


「うおッ!?」


「なんじゃあ!こりゃああ!?」


 背の低い草しか生えていなかった緑で染まっていたその平原は、見通しの良かったはずの


 その平原は…








 びっしりと蠢く灰色で覆われていた…


 プロローグ


 その1 イズサン!(とちゅん助)大地に立つ!


 終わり

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