063 少し立ちどまって

「しかし、何なんだろうな」


 ASHギルドを後にし、目的地へと向かいながら街を散策する中。

 マグはトリアに言われたことを思い出しながら小さく呟いた。

 迷宮遺跡の異変。

 それが自分達に災いとなって降りかかってこなければいいのだが……。


「考えても分からないことは、考えたって仕方ないわ」

「ドリィの言う通りです。情報が決定的に不足しています。そのような状態で思考を巡らせても、答えに辿り着くことはできません」


 フォローするように二人が主張する。

 しかし、ドリィのそれは余計なものは全て排除するような思考形態故。

 アテラのそれは、マグの心を煩わせないようにという気遣いだ。

 微妙に中身が違う。


「それより、早く行きましょう! おとー様!」


 続いてフィアが子供っぽく、逸る気持ちを隠し切れないと言った様子で小さく飛び跳ねながら急かすが……こちらは恐らくアテラ寄り。

 守護すべき対象を不安にさせまいとしての、幼い言動だろう。

 正直、三人の中では彼女の振る舞いが最も気持ちを和らげてくれた。


「……そうだな。折角、今日は早めに探索を切り上げた訳だし」

「はい! おかー様も、ドリィちゃんも!」


 フィアはマグと手を繋いで軽く引っ張るようにしながら、二人に呼びかける。


「ええ」

「分かってるわ」


 行先は機人向けのものも取り扱っている服飾店、と聞く場所だ。

 クリルから紹介され、親睦を深めるためにショッピングをしに来たのだ。


「ほら、お父さん」

「……ああ、うん」


 早歩きで追い越して振り返って促すドリィに一瞬反応が遅れる。

 流れで仲間家族になった二人。その言動は既に十年来の仲のようだ。

 処理能力の高い機人にとっては極々普通のことなのかもしれないが、生身の平凡な人間に過ぎないマグとしては戸惑いを抱く部分もなくはない。

 それについてドリィは前に「人間は面倒臭いわね」などと呆れ気味に笑っていたが、そこは性格的な要素も多分に含むだろう。

 このギャップを埋めるには楽しい時間を共有するのが手っ取り早い。


「おとー様! あそこです!」


 そうこうしている内に目的地が見えてきて、フィアがはしゃいだように言う。


「どんなのがあるか、楽しみです!」

「目ぼしいものがあればいいけれど」

「そもそも機人用の服とはどういうものなのでしょう……」


 反応は違えど、フィアのみならず期待しているのが分かる。

 機人である彼女達も人格は女の子。

 オシャレをしたいという気持ちも当然ながら実装されている。

 勿論、プログラムの根底に刻み込まれた役割の範疇での話ではあるが。

 ともあれ、早速店に入ってみる。


「へえ、この技術、ちゃんと残ってるのね」


 そして機人用のコーナーに向かうと、ドリィが感心するように言った。

 見た目、普通の服以外の何ものでもなかったが……。


「何か違いがあるのか?」

「機人って色んなとこが開くようにできてるでしょ? 機人用の服にはそれに対応した機能があるのよ」


 ドリィの言葉に、フィアの見た目に反して大きな胸の辺りに視線を向ける。

 シールドを発生させる時は、そこがパカッと開いてジェネレーターが露出する。

 普通の服を着ていたら、引っかかったり破れてしまったりしそうだ。


「機人用の服は基本的に内側からの力には容易に破れ、外側からの力には強いようにできてるの。で、破れたところはくっつけると自動で修復されるわ」

「へえ」

「それは便利ですね」


 マグが驚きの声を上げると、アテラもまた画面に【Σ(oдΟ;)】と表示した。

 かつての時代にはなかった技術だ。

 フィアやドリィのようなタイプのガイノイドが一般化した時代に需要が大きくなり、それに合わせて開発された商品だっただろう。


「ま、アタシは広報用の装備の上から着ちゃうと着膨れするから、見るだけでいいわ。フィア姉さんに似合うのを選んだげる」

「私も布製の衣服はさすがに不自然なので、フィアをコーディネートしましょう」

「え? え?」


 二人の言葉が想定外だったのか、フィアは戸惑ったように彼女達を交互に見る。

 着せ替え人形にされてしまうと助けを求めるようにマグを見るが、時既に遅く。

 フィアはアテラとドリィに連れられ、代わる代わる服をあてがわれ始めた。


「あわわっ、はわわっ」


 それからしばらくして。

 目を回しながらマグの前に戻ってきたフィアは、機人らしい部分が服で隠れているおかげで、どこからどう見ても人間の子供のようだった。


「あ、あの、おとー様、どうでしょうか」


 少し不安げに上目遣いで問いかけてくる彼女。

 着ているのは、街の風景同様西洋ファンタジー的な雰囲気のあるワンピース。

 ドイツの民族衣装、ディアンドルに近いイメージの長袖ロングスカートだ。

 色合いも青い人工頭髪と瞳に合っている。


「……うん。可愛いぞ」

「本当ですか!? えへへ、ありがとうございます! おとー様!」


 褒められて、嬉しそうな子供の笑顔を見せるフィア。

 頬もほんのり赤くなり、一層幼さが際立っている。

 しかし、次の瞬間。


「っ!!」


 彼女は突如として険しい表情を浮かべ、勢いよく店の外に顔を向けた。


「ど、どうした?」

「ええと、その……何かに見られてるような気がしたんです」


 マグの問いに、不思議そうな顔で小首を傾げるフィア。


「【エコーロケイト】では特に不審な存在は確認できていません」

「なら、気のせいだったんじゃない?」

「そう、でしょうか。……そうかもしれません」


 ドリィの言う通り勘違いだったのか、それ以後は何ごともなく。

 買い物を楽しむことができて親睦を深めるという目的は達成できたが……。

 ASHギルドで耳にした情報を含め、心の片隅にしこりが残る結果となった。

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