057 さっくり

「うーん。こんなんでいいのかしら」


 しばらくして、ドリィは首を傾げながら拍子抜けしたような声を出した。

 幻想獣が蔓延る未踏破領域。

 特にここは植物が異常増殖した世界。

 見通しが悪く、どこから敵が現れるか視認することは難しい。

 鬱蒼とした森の圧迫感と常に襲撃への警戒を迫られる状況を前に、ゲリラ戦を仕かけられる側はこんな感じかとマグも最初は緊張感を抱いていたが……。


「ドリィ。二時の方向仰角四十三度」

「はいはい」


 アテラの指示を受け、軽い返事と共に帯を動かして無数の光の線を描くドリィ。

 その方向へと視線を向けると、木々が切り倒されていく中に異形の姿があった。

 腕が異様な程に発達した猿のような幻想獣。

 それがドリィの放ったレーザーによって頭を貫かれた上に四肢を分断され、細切れになった木々の上に落ちていく。


「命中です。よくできました」

「指示が正確なおかげよ」


 子供を褒めるようなアテラの称賛に、謙遜ではなく困ったように応じるドリィ。

 手応えが余りにもなさ過ぎて、そんな妙な反応になってしまっているのだろう。

 とは言え、余裕があることも増長し過ぎないことも何ら悪い要素ではない。

 実際、既に数体の幻想獣を危なげなく討ち果たしているのだから。


「それより、さっさと回収しないと」

「ああ、そうだな」


 特別力を尽くしてもいないことを称えられるのはむず痒いと言うように急かすドリィに頷き、フィアのシールドに守られながら対象の落下した地点に近づく。


「ええと、これは腕猿だったか。そのまんまだな」


 それからマグはグロテスクな状態になっている幻想獣の状態を確認しつつ、腕の部位を拾い上げて【コンプレッシブキャリアー】に詰め込んだ。

【エクソスケルトン】のサポート機能によって視界にはフィルターがかかっているため、もしグロ画像が苦手だったとしても精神的負荷を大幅に緩和してくれる。

 また、臭いも軽減してくれるため、狩猟素人でも問題なく活動可能だ。

 もっとも本気で狩猟者を極めたいのなら、その辺りを誤魔化すべきではないだろうが……徐々に慣らしていくのも手と言えば手だろう。


「この腕が売れるんだっけ?」

「そうらしい。出土品PTデバイスを再現する研究に使われるみたいだ」


 ドリィの問いかけにマグが答えた通り、幻想獣によっては特定の部位を持ち帰ると買い取ってくれる場合がある。

 今回はこの異常発達した腕だ。

 ちなみに対象の討伐に関しては端末が記録するので、別途物証は必要ない。


「この未踏破領域の幻想獣の買い取り部位は、低ランクのものも難易度の割に回収されにくく、意外といい値段がするようですね」

「ものの数分で森に吸収されてしまうらしいからな」


 もっとも、いい値段とは言っても高ランクのものに比べれば高が知れている。

 余り量が出回らないのも、ここで素材を簡単に回収できるレベルの狩猟者ならばもっと割のいい幻想獣を狙うからだ。

 安定志向の狩猟者も稀にいるが、臆病者呼ばわりされることもあるらしい。


「俺達はフィアのおかげで回収が楽だけど」

「おとー様に褒められました!」


 小さな頭を撫でながら言ったマグに、嬉しそうな笑顔を見せるフィア。

 マグ達がこうも容易く素材を回収できているのは、彼女のシールドの力だ。

 光の膜を伸ばし、必要な部位は同期して内側に。他は押しのける。

 これで安全確実に素材を回収することができる訳だ。

 そうでなければ、既に地面に吸収された腕猿の他の部位や切り倒された木のように、この腕も消え去ってしまっていたことだろう。


「ん?」


 そんなやり取りをしていると前触れなく空中ディスプレイが開く。


「追加の依頼みたいですね」


 どうやら、この未踏破領域に来たついでに素材を集めろという話らしい。

 通信技術のせいで、デリバリーサービスでもやらされている気分だ。


「……まあ、いいか。じゃあ、もう少し稼いでから帰ろう」

「はい」「はい!」「ええ」


 ともあれ、マグは三人が同意してくれたのを確認し……。

 指定された幻想獣が生息すると思われる方向へと足を進めた。

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