044 最初の依頼

「さて、何にせよ、これで最低限の準備は整ったな」


 一通りの説明を終え、クリルが話を戻す。

 装備と仲間。

 ASHギルドにてケイルから指摘された不足は補えたと言っていいだろう。

 勿論、まだ装備の扱いや三人での連携など最低限確認すべきことは残っている。

 だが、その後はもう本番。遺跡探索を始めることになる訳だ。


「まあ、最初は難易度の低い迷宮遺跡から慣れていくといい」

「そうします」


 一応、VRシミュレーターで平均より難易度の高い遺跡を体験してはいるが、命の危険のない再現に過ぎない以上、あれを経験とカウントすることはできない。

 コンティニュー不可能な現実である以上、出だしは無難に行くのが妥当だろう。

 そうマグ自身もまた考えていたのだが――。


「ん?」


 そのタイミングで端末が起動し、目の前に空中ディスプレイが開いた。

 街の管理者たるメタからの指示書のようだ。


「まさかフィアを………………って訳じゃないみたいですね」


 クリルから断片フラグメントの話を聞いた直後であるだけにマグは一瞬焦ったが、表示された文面を確かめるとフィアとは関係のない話だった。


「これは……特定の迷宮遺跡の探索依頼ですか」


 中身は大体アテラが言った通り。

 秩序の街・多迷宮都市ラヴィリア近郊にある迷宮遺跡。

 管理ナンバー二〇七、通称ルクス迷宮遺跡の緊急踏破依頼と記載されていた。

 依頼とあるが、ほぼ強制のような感がある。


「ルクス迷宮遺跡だと?」


 その内容を横から確認し、クリルが緊張感を湛えた声を上げた。


「知っているんですか?」

「うむ。あそこは元々光学兵器系の軍事工場だったところらしくてな。その系統の先史兵装PTアーマメントを得易い迷宮遺跡なのだが……」

「探索難易度が随分と高いみたいですね」


 端末を介して情報を収集したのか、言葉を引き継ぐようにアテラが言う。

 対してクリルは頷いて肯定してから硬い表情で続けた。


「あそこは何より罠が恐ろしいとされている。通路がレーザーで塞がれ、ほとんどの場所が未踏領域だ。難易度に対して見返りが少ないと人気がない」


 マグは頭の中で昔の映画のワンシーンを思い浮かべた。

 狭い通路を格子状のレーザーが迫ってきて侵入者が細切れにされるものだ。

 自分がそうなるところを想像し、思わず身震いしてしまう。


「……どうやら、そのせいで遺跡内部が危険な状況になっているようだな」


 探索者が好んで入らないがために、中で量産され続けているガードロボットが今にも遺跡から溢れ出しそうになっているらしい。

 ライトファンタジーで言えばダンジョンのスタンピードというところか。

 更には罠も大幅に増設され、侵入すら難しくなっているようだ。

 迷宮遺跡は一度でも探索者の侵入を受けると自衛のために周辺地域を制圧しようとするらしく、本来なら適度に処置が施されているはずだそうだが……。

 恐らく、未踏領域が多過ぎるせいで想定通りになっていなかったのだろう。


「これは、まずい状態だ。ルクス迷宮遺跡の罠も奴らの武装も、生半可な超越現象PBPでは防ぐことができない。断片フラグメントの存在が疑われて――」


 クリルはそこまで言うと、ハッとしたようにフィアを見た。


「……成程な。何故一度も正式な遺跡探索をしていない者達に緊急依頼などするのかと思ったが、フィアの中の断片フラグメントを当てにしてのことか」


 そして彼女は納得したように頷いて言い、それからマグを見て問う。


「どうする? マグ。管理者指名の緊急依頼だ。拒否すると一定期間活動ができなくなるなどペナルティがある。だが、逆に言えばそれだけだ。命には代えられん」

「ですが、ルクス迷宮遺跡は……」


 聞く限り、待ったなしの状況だ。

 最悪、溢れ出したガードロボットにより、この街が被害を受ける可能性もある。

 まだ然程愛着はないが……。

 かと言って、無視する罪悪感に耐えられるような不動の心もない。


「まあ、誰かが代わりに挑むはずだ。シミュレート精度の高いメタ様が経験の乏しい汝らに依頼した時点で、他の者では成功確率が大幅に下がるだろうがな」

「旦那様に頼らず、大量破壊兵器で遺跡を完全消滅させてしまえばいいのでは?」


 マグを危険な目に遭わせないためにか、アテラが物騒なことを言い出す。

 不人気かつ文化的な価値もない遺跡ならば、一つの手段として考えられ得る。

 しかし、クリルは首を横に振った。


「未踏領域がなければ、それも選択肢に入るだろうが、万一あの遺跡に時空間転移システムの中枢があってはことだ。不可能ではないが、やろうとはすまい」


 その流れはマグ的にもノーだ。

 もし、そこに人間を機人にする装置があったら目も当てられない。

 加えて、依頼を拒否して一定期間活動できなくなるのも好ましくない。


「……やるしかないか」


 初っ端から重要な案件が舞い込んで戸惑いが先立ったが、いずれは未だ知られていない前人未踏の遺跡にも挑まなければならないかもしれないのだ。

 こんなところで他人任せにはしていられない。

 だからマグは覚悟を決め、メタに承諾する旨の返信を送ったのだった。

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