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 健二の仕事はデスクが半分、外回りが半分といったところだ。仕事に集中しきった頃合いで、スマートフォンから着信の知らせが聞こえた。


 お得意先のクライアントには個別の音源を充てて解りやすくしてある、今回はデフォルトのアラームだった。顧客ではない。どこの誰かと訝しみつつ、非通知と書かれた携帯の表示画面を凝視した。


 メロディが一巡する前に通話に切り替える。接客の際はスマイルだ、明るい対応を心掛けると自然と表情は笑みを作った。


「はい、丸福商事、営業課の山上です」


 気取った標準語で即座に対応する。相手より先に喋りだすという暗黙の決まりがあり、先方に名乗りを上げさせてはならなかった。


 これが美桜だったなら非通知など使うなと注意せねばならない。新規のクライアントかも知れず、声は余所行きに取り繕っていた。


 ブラックではないが、支給の携帯など持たされてもおらず、自前を兼用で使っているのだ。導入するとの発表から一年過ぎているが、以後の音沙汰はなしだ。不況ゆえ言っても始まらない話だ。


 携帯を持ったまましばらく待ったが、相手からの応答はなかった。


「もしもし、どちら様でしょうか?」


 声は高めで、明瞭に。自然と表情までが引きずられ、口角が笑みの形につり上がる。模範的な発声に徹したが、それでも相手側の声は聞こえてこなかった。


「もしもし?」


 今度の繰り返しでは表情が元に戻った。ワントーン、声も下がった。だが通話の相手はまたしても無言だ。


 異変を察知した同僚の目が、自身の仕事を離れてじっと健二に注目している。大丈夫だとアイコンタクトを交わし、すぐにクレーム担当の部署へ回せるようにと案内用のナンバーを手元に引き寄せた。反応を待つ数秒間の後に、ぷつりと、返事が聞こえることなく通話は途切れた。


 同僚が改めてこちらへ首を向けた。

「電波障害? クライアント?」

「いや、非通知……」

「無言電話?」


 別の同僚も口を挟んだ。

「今どき? レトロな暇人も居るもんだね、おつかれ」

「間違い電話でしょ。気にすんな」

 この時は冗談で流れていった。


 再び不審な電話が掛かったのは昼休憩の直前だ。机の上を手早く整理して立ち上がりかけた健二のポケットの中で、また着信が鳴った。訝しみながらスマホを取り出せば、また非通知の文字が液晶には映っている。


「もしもし?」


 やはり無言だった。健二はまた慎重に探りを入れてみたが、朝と同じに相手が声を聞かせることはなく、そのまま切れてしまった。


 仕事柄、名刺に記して携帯の番号はあちこちにバラ撒いている、この人物を特定することは困難だ。けれど狙い撃ちに健二の携帯に掛けてきているかのようでもあり、嫌な予感がした。


 同僚たちには適当を言って誤魔化し、念のため、外出先で家に電話をした。固定の方は反応がなく誰も出ない、続けてダイヤルした美桜の携帯は幸いすぐに繋がった。こちらが言葉を出すより、美桜の声掛けの方が早かった。


『もしもーし? 健ちゃんですかー? どしたの?』


 昨日と変わらぬ脳天気な声に、含み笑いが思いがけずで漏れた。そんな場合じゃないと、無理をして引き締める。それからすぐ事情を話したが彼女は理解せず、経緯を詳細に話してみたものの、それでも美桜はいつまでも話を飲み込まなかった。


 そこで改めて、留守中に電話が鳴ったのかどうかだけを問い質したが、緊張のカケラもない答えが返ってくるばかりだった。


『えー? ヘンな電話? あったけどぉー、あたしが取ったら切れちゃった。ごめんね、カノジョさんだったかも』

「いや、ええねん、それは」


 応えてすぐ、よくはない、と頭の片隅が即答する。よくはないが脇に置いておくべきだ、反対側の片隅が議論を持ち掛ける。両方を押さえつけ、散らばりかける思考を無理に収束させてから、再び本題に戻った。


「いや、良くはないんやけど。ちゃうわ、……何もないか? その電話、どんなやった?」

『ほんとカノジョさんだったらゴメン』

「それはええねんて。何もないんか?」


『別にー? 何もないよ? もしもしって言ったら切れちゃっただけ。てか、一回目の後は解んない、すぐ出てきちゃったし。九時頃だったかなぁ。今、外に居るから解んない。おじさんの友達じゃないの? あたしのケータイには掛かってきてないよ?』


 それなら、やはり自身の関係者なのだろうか。

「そっか。とにかく気ぃつけてな。出来るだけ早く帰るしな、じゃ」

『うん、またねー』


 事態を重く受け止めているのは健二だけで、スマホの向こうの少女は最後まで脳天気なままだった。通話を切り、再び心当たりを並べてみるも思い当たる節などない。


 可能性だけならいつだったかの空き巣も考えられたし、ただの悪戯かとも思う。だが、携帯のナンバーを知られているという不自然がそれを打ち消した。


 こんな奇妙なことは今までにない。悪戯とするには携帯だけでなく自宅の固定電話にまで掛かって来たことが引っ掛かり、目的があるとするなら、その目的とやらがさっぱり想像の付かないものだった。


 ふっと、茉莉花の顔がチラついた。

「まさか……な」


 ドラマや映画ならばありふれた、けれど現実には非常識な展開がここのところ続いていて、まさかと言いつつも、疑念は拭えなかった。茉莉花は今、何をしているだろう、家出少女に振り回されて忘れがちだったが、思い出した途端に心に重くのし掛かった。



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