第3話陽だまりの佳人

 美春を恋愛対象としてみれなくなって、いくつ経った?だいたい一年か。

 いつの間にか恋愛中から抜け出してしまったのか。いや、勝手に像を造っていたのが、勝手に壊れただけか。

 結局、僕自身は彼女の表面を、取り繕った(とりつくろった)外観だけをみていたに過ぎなかったのだ。

 まあ、次の新しい人を見つければいいわけだし、誰かいるさ。

 しかし、周りには、全く黙りを決めている女性しかいない。自分の周りにときめきの対象となる女子にこの高校生活で出会えていないのがちょっと不安なことだ。

 しかし、今はともかく中庭に来たのだから、思考はストップしてぶらぶら暇(ひま)を過ごすか。頭をすっきりさせよう。

 中庭は明るい陽光が降り注ぎ、小さな森の中にある開けた場所のような、小さな湖(みずうみ)だった。

 そんな中庭に足を踏み込んだとき、一つの柔らかくクリームのようななめらかな声が聞こえた。

「おいで」

 それは一瞬(いっしゅん)日中で日向の中で傘を差す佳人(かじん)に見えた。だが、よく見ると一人の少女が屈んで(かがんで)コッペパンをちょっとちぎって猫に与えようとしている姿だった。

「おいで」

 少女が最中のようなしっとりとした甘みのある琴の音を出すと、猫はよちよちと彼女の方へ歩いて、ひょいっとコッペパンをさらう。それにその少女は蓮(はす)のような笑顔を深めた。

「良い子だね。猫ちゃん。あなたのお名前はなに?」

 しかし、当然のことながら猫は答えず、コッペパンをただかじっていた。それに少女が笑顔を深め、またコッペパンをちぎろうとしたときに、ぴたっと体の動きを止めて立ち上がってこちらに振り向いた。

「あ」

「……………」

 その少女をよく見ると、眉毛がすっとうす眉毛の、目が丸く、鼻が小さく、顔が面長系のまがうことない美少女だった。

 それだけ言えばかなり、美春と似通ったアイドル顔の美少女だと思われるかも知れないが、彼女は美春と違った所がある。それは髪の形状が美春と同じストレートの長髪なのだが、ちょっと前髪が長かった。美春は前髪は結構ばっさりやっているのでそこは違っていた。他に美春はふっくらとした頬(ほほ)をしていたが、彼女はどちらかと言えば面長系のすっきりとした顔立ちをしていた。

 その彼女が僕のほうへ向けて眼をぱちくりさせたが、すぐに微笑んでいった。

「あなたも猫が好きですか?」

 その言葉に僕は不意から矢が放たれ、全く完全に串刺し(くしざし)にされてしまった。

 僕は彼女に対してなにかを聞いたことを言おうとして声を出そうとしたが、思わず張り上がった。

「あ!はい!ま、普通です」

 それに彼女はミントのような香りを発散させながら、楚々(そそ)と笑った。

「あ、そうなんですか。普通、なんですね」

「ええ、まあ」

 何となく、黄土色の毛玉の空気になる。二人とも何かを言おうとして、しかし、結局二人とも口をつくんでしまった。

 そうこうしてるうちに、彼女がちらっと学校の時計を見た。

「あ、そろそろ行かないと。ごめんなさい、なんか変なことになってごめんなさいね。じゃあ」

「あ!」

 そうして彼女は去った。僕は残された空間を一人におかれて、かかしになった。

 だが、中庭に入る前とはいったあとでは違う物がある。それは平静な川の流れから、全てを流し去るような急流の川になったことだ。

 いったいこれはなんだ?

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