第27話「PEAch & cocoNUT2」

「触ってもいいよ?」


 艶のある声で誘ってくるお姉さん。


「ホントに、いいんですか?」

 期待を隠さずに訊いた。


「うん」


 ぐふふふふふ。この店、おさわりオッケーだってよ。よっしゃあああ、さわさわしまくるぜえええ。


「抱っこもオーケー」


 え。抱っこ? いや、そんなことしてもそんなに嬉しくないんですが(キヨスクの弁当ならありだけど)。普通そこは、さらに激しい段階に進むんじゃないの? 例えば、あんなことやこんなことやそんなこととかに。


 と思春期真っ盛りの妄想はこのくらいにして、現実を生きよう。強かにね。


 子猫が五匹、目の前のケージに入れられている。

 つぶらな瞳。やわらかい体毛。片手で持ち上げられそうな体。見上げる姿はまさにいじらしさと愛らしさのかたまりだ。みーとかみゃーとか鳴いているのを聞くと、虜になってしまうこと請け合いで、現に、世界中の大半がその愛らしさに魅了され続けているのだから頭が下がる。


 本当に、頭が下がっていた。ケージの側にいる人を見て。


「デュフフフフフフフ。ういのう、ういのう……」


 これはどうなんですかね? 虜って言うより、眩惑の域な気がするんですが……。いや、どこがって血走った目が。ケージの中に腕を入れて、「オフフフフフフフッ、そんなにわらわが好きかえ?  そうかそうか……!」なんて言いながらよじ上らせようとしてる辺りも。


 鉄球をふんぬと持ち上げて、質問を投げかけた。

「抱かないんですか?」

 あなたの子どもでしょう? と続きそうなセリフ。でもそう言うと、「何を言っているんだ君は。とち狂ったのか?」と素の表情で返されそうなのでやめておく。ともかく、そこまで好きならいつも抱いているはずだ。我が子のように。


「そうだな。ではでは……」


 そう言って、部長はケージの中の子猫に手を伸ばした。だが、


「みゃー!」


 飛んできた。子猫が全て。しかも顔面目がけて。

 自分から近づこうとしていた部長はそれを避けることができず、


「おぶぶぶぶぶっ!」


 激突。にゃんこ全員のユニゾンアタックにより、部長は大きな音を立てて倒れた。

 ぶちょうをたおした! トラたちは299315けいけんちもらった。てれれれてってってーん! トラはレベルアップした。レベル2になった。ハナはレベルアップした。レベル8になった。クウはレベルアップしかけたけど、だるかったのでやめた。レベル1になった。コテツはレベルアップした。レベル5になった。漱石はレベルアップした。レベル56280になった。え。


「あははははは……」


 お姉さんはけらけら笑っている。


 飛び出した猫は部長に群がっていて、顔をつついたりたたいたりしている。頬をすり寄せているものもいれば、頭の上に乗っかっているものもいる。


「ドゥフフフフフッ。もふもふや、もふもふのオンパレードやあ……!」


 表情はよく見えないが、口元からとても満ち足りているのだけはわかる。わかるけど……みっともなさすぎんぬんががぷ。


「何やってんですか……」

 あまりの見苦しさに目を閉じたくなってくる。これで部長だって言うんだから、おかしくて窒息してしまうよね。


「いつもこうなるんだよね」


 しょうがないなあという顔で、でもどこか楽しそうに、子猫を抱き上げケージに戻していく。


「そうなんですか……」

 苦笑しつつ答え、思考を巡らした。もしやここにいるわんこやにゃんこは、部長をストレスの捌け口にしているのでは……。そうは言っても、部長が彼らに癒やしをもらい、心の糧としていることは疑うべくもない。なら、そこには相互扶助の関係が成立しているということだ。つまり…………昼ドラみたいにドロドロの関係ということですねわかります。


 身も蓋もない結論に至っていたら、もふもふパーティの主催者がむくっと起きた。立ち上がり、制服をはたいて清々しい顔になる。


「ふ、弟子たちもやるようになった。だがあと一歩が足りんな」


 どっかのカッシュさんを見守るマスターのようにドヤァする。


「いや、負けてましたよね? ほぼ一方的に」

 にゃんこ師匠されるがままでした。すごく気持ちよさそうでしたけど。


 そう言うと、腰に手を当て、


「わかってないな君は。あの状態こそが、私の勝ちなんだぞ?」


 はいヘリクツきたー。ほんとああ言えばこう言うなこの人。


 仕方なく納得し、

「はいはいそうですね。確かにあれは、部長にとっては勝ちかもしれませんね」

 癒やされるためにここへ来ているなら、あの状態はまさに快勝だろう。でもわかってんのかな? 端から見たらとんだ冷やかしだってこと。店長とかに許可取ってんならいいけど……。わんことにゃんこも喜んでるみたいだし。


「じゃあ引き分けね」


 と観覧席から。


「いや、負けるが勝ちと言いますから」


 とステージにて。


「もういいですから部長」


 とセコンドより。

 勝ち負けとかもういいから。お姉さんも忙しいんだから。そう思って嗜めると、


「――それはいやなの!」


 意味不明なタイミングでプイッ、された。


 並一通りでなく困惑し、一瞬固まってから、


「いや、黙れって言ってないんですけど……」

 苦笑を浮かべる。


 するとはっとして、


「あ、間違えたごめん……」


 急に謝られた。やっちゃった……という顔で。


 急激に小さくなっていく部長に混乱してわけがわからなくなり、


「ま、間違えた……? あ、ああ。まあ、間違えることは誰にでもありますから……」

 突然のしおらしさに動揺を隠せない。だが、この程度で思考が停止するほど柔ではない。俺は冷静沈着、臨機応変をモットーとする、大人な高校生紳士なのだ。例え相手が変人であろうと、突然可愛らしさを発揮するドジっ娘であろうと、感情に支配されることなどあってはならない。あってはならないのだ。絶対に。天地神明に誓って。

「とりあえず私の勝ちという事d」

「だまれえええええええええええええええええええい!」


 gdgd♪





         ◆





「おお……!」


「どうだ、感想は?」


 俺は部長に勧められてにゃんこを抱っこしています。その、なんて言えばいいか……かわゆいです。


「かわいいですね」

 としか言いようがない。しかしそれだけでは言い表せないこの愛くるしさ。無邪気な愛らしさ? 純真無垢な愛嬌がある? 作者のミジンコ語彙力では到底表現できない。その可愛さはまさに、目に入れても痛くなイタタタタタタタ! そんな爪立てんなって! 赤くなってる! 赤くなってるからっ! 


 と焦っている俺をよそに、


「一家に一台は欲しくなるだろう?」


 昔の通販番組でよく聞いたセリフ。


「家電製品じゃないんですから……」

 まあ、欲しくなるのはわかるけど。だって、こんだけかわいかったらなあ。ひょっとすると、人間より人落とすのうまいって言えないだろうか。

 それはさておきお嬢さん、ほっぺスリスリしてもよろしイタイイタイイタイイタイ! 刺さってる! 刺さってるからそれ! ガリって! ガリってほらっ! 


 軽い流血沙汰に見舞われていると、出血大サービスの通販番組が始まった。


「今から三十分以内にお電話いただいた方のみ! 三千九百八十円! 三千九百八十円にてご提供させていただきまーす!」


 夢のジャパネットにゃにゃにゃ~♪ ってこら。


「やめなさい」

 解脱できそうな心境をもって戒めた。


 にしても安っ! サンキュッパかお前。


「にゃあ~」


 違うって。「アタシ、そんにゃ安い女じゃにゃい」だって。


「さらにさらに! 三十分以内にご注文いただいたお客様にはもう一点! もふもふクリーナーをお付けいたしまーす!」


 ばんざいだにゃー。っておい。


「やめんかこら」

 会話の堂々巡りに、一家の大黒柱、波○の如き威厳を以って戒めた。

 変な商品名付けて抱き上げんな。そいつは漱石なんだぞ。


「みゃあ~」


 ほらみろ。「私、恋も仕事も一番じゃにゃいと満足できにゃいの」って言ってるじゃないか。子供扱いされるのがいやなんだよこいつは。

 にしてもませてんなーお前ら。(……あれ? お前女の子だったの? じゃあ名前はナツメってことでいいかしら? オーケー? よしよし)



 腕が疲れてきたのでにゃんこを下ろし、同じようにしていた部長へ切り出した。


「そういえば、部室で自己紹介するとか言っておきながらできてませんね」

 穴があったら、いや、むしろ自分で穴掘って飛び込みたい痴態のせいでうやむやになっていたのを思い出した。誰のせいで誰のせいで誰のせいで誰のせいで誰のせいで俺のせいか(越後製菓♪)。


「そうだな」


 腕を組んで頷く。


「じゃあ、部長からどうぞ」

 あの時は俺も譲れなかったが、今は違う。ゆずりあい宇宙の精神で相対することができる。


 だが……。


「いや、君からでいい」


 なん……だと……(キッチンブリーチ)。どういう風の吹き回しだ。暴風? 暴風雨が来るの? パーフェクトストーム? それか今までが嵐で、ようやく落ち着いた天候になりかけてるとか?


「そ、そうですか。じゃあ……」

 と拳を口の前にやって喉を鳴らそうとしたら、

「名前は志津馬禎生。趣味は読書で、主に純愛に見せかけた淫靡・猥褻な小説を好む」

 質の悪いインターセプト。

「ちょっ! やめてくださいよ! 他のお客さんに聞こえるじゃないですか!」

 キョロキョロしながらデマを中止させようとする。見せかけてないから! これっぽっちも! 純粋に純粋なラブストーリーだから! 

「じゃあエロエロ?」

 無心に遊ぶ子供のようにはっきりと訊いてきた。

「しー! しー!」

 その単語はだめだって! さっきより断然聞き取りやすいから! ね! ね!?


 必死にダムの決壊を堰き止めようとしていると、洪水は立ち所に収まり、


「じゃあ私の番だな」


 何食わぬ顔で言う。人のセリフ取っといてじゃあじゃねえよじゃあじゃ。普通だと? じゃあじゃあ、行きつけの店に入って、ジャージャー麺食ってるジャー・ジャー・ビンクスに遭遇したところを思い浮かべてみろよ。……ほらな、ありえないだろ? 


 かと言って、さっきのネタを引っ張られると俺の社会的地位が危ぶまれる。ここは部長の意志に適う方が賢明だろう。


「じゃ、じゃあどうぞ……」

 自分から言い出すとは思っていなかったので、ちょっと不気味だ。


 と考えていたら姿勢を正し、喉を軽く鳴らす。そして……。

「私の名前は部長です」

「おい」

 真面目にやれ真面目に。さっきのタメが台無しだろうが。

「趣味は――」

「苗字と名前を言え」

 ったくこの人は。自己紹介もまともにできんのか。これだから最近の若いもんはこれだから最近の若いもんはって言われるんだよ。

 選手宣誓のような勢いで、

「苗字はこざとへんで、名前ははらいです!」

「はらい!? こざとへん!? 他の部分はどこやった!?」

 叫びながら、ほとほと呆れ果てた。もうムリ! 俺には! この人を! 制御することはできません! お手上げララバイです! 行動の意味わからないし、言ってることチンプンカンプンだし、全てにおいて、――What!? です!!!


 我が努力は賽の河原だったのだ、と諦観の新境地を開いていると、部長はゆっくりと動きを見せ始め、


「趣味は…………」


 胸の前に、手首を曲げた状態の両手を前足の如く構え……。


 上半身と首を、相手を魅了する目当てで媚びるように傾ける……。


 そしてそのポージングを極めると同時に――




「――ヒミツだにゃ!」




 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 ……………………………………。




「――ヒミツだにゃ!」




 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 …………………………。

 …………………………………………………………。




「部長」


「にゃ?」


 そのポーズをするにあたり、注意しておかなくてはならないことがある。それは、


「少し無理があります」

 人には向き不向きがあるってことです。まあ、ちょっとひどいかなとも思ったけど、手放しでホメるのも間違いだろ、と思い直して、現実(萌え)の厳しさを教えることにした。


 その言葉に、俯いていたにゃんにゃんもどきは、プルプルと震え始め……。


 にわかにそれが収まったかと思うと――、

「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 右フックが弧を描いた。その鮮やかな軌跡は、前回と同じ場所にピンポイントで吸い込まれていき…………、

「ぉぶッ!」

 猫パンチでボグゥ。


 錐揉み回転で吹き飛びながら思った。


 ……にゃ、にゃにもぶつことにゃいじゃにゃい。

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