第28話 逃亡者

如月とパイロンは警備室を見つけて休んでいた。


当然だが釘女も一緒に。


如月はパイロンに

『聞いた話では5人との事だから、

もういないらしくて申し訳ございません』と聞いていたが、

信用できないので、周囲を伺ってくると警備室を出た。


『パイロン、逃がさないでね』

言い切る瞬間の如月の目は鋭かったのをパイロンは見逃さなかった。

眼だけであんなに威圧できる女なんかこの世に居ない。

流石氷の女王、試合で如月のミドルキックを受け、苦しみもがく相手を見下ろして笑うだけの事はある。


ブルルルッ!パイロンは身震いを1つした。


パイロンはソファに寝かせた釘女を見えるようにして、

一人用の椅子に座ってバールを握った。

時折眠りそうになるのをこらえるパイロン。

最近ぐっすり寝られていないのだ、無理もない。

この短期間の間に色々な事があったのだ、

眠れないどころか、自殺を選んでもおかしくない。


この状況、誰もがそうに違いない。


少しすると釘女が目を覚ました。

『あ・・・ここは・・・』

擦れた声で眉間に皺をため込んで、頭を押さえながら

周囲をゆっくり見渡した。

監視用の往復するライトのように。


パイロンが答える。

『警備室よ、ごめんね顔面ドロップキックしちゃって。

痛くないですか?』


『え?あ、はい、大丈夫です。いっ・・・つつつ』

そうは言いつつも、鼻を触ると腫れているらしく、

痛みがあったようだ。


『あなた、名前は?』


『伊沙波 (イザナミ)・・・

伊沙波 真(イザナミ マコト)・・・』


『服装見るとスタッフよね、なぜ私たちを狙ったの?

やっぱり荷物?』


『あの朝・・・スタッフが出勤前に人に噛まれたと言って、

腕を抑えて来たんです・・・血がにじむ程度だったのですが、

徐々に容体が悪くなって・・・ついには暴れだして』


『そして感染が広がった・・・

話の腰をポキポキして申し訳ございません。』


『はい、私たち5人は言わば裏方でしたから、

武器は簡単に手に入りました。やっつけてここを閉鎖するしかないと

判断したんです、テレビでも報道してて・・・

なんか大変なことになってるのは理解できたんで。』


『このネイルガンを改造したのもあなた?』


『はい、私は機械科を卒業しているので、ちょっとメカに強くて、

こんなことに役立つってのも変ですけど・・・。』


『ふぅん凄いのね・・・ズバリ聞くけど、他に仲間は?』


『誘い出して奪うチームが2人いたので、全部で5人です、

いや、だった・・・ですかね・・・』


『じゃぁ残りはあなた1人で申し訳ございません。』


『あの、縛らないのですか?

私・・・・逃げちゃうかもしれないじゃないですか』


『うん、逃げたら死ぬよイザナミさん、きっと死ぬ。

私が止めるけど、外に出たあの白髪は狂犬だから、

言ってみれば怪物が解き放たれた状態。

彼女に見つかったら肉片も残らないかもしれなくて

申し訳ございません。

って言ってたのも内緒にしてもらいたくて申し訳ございません』


『はい・・・そんな気がするので止めておきます、

そして、ふふ・・・言いません。』


『賢明、私はパイ・・・パイ・ロンよ。』


そう言うとパイロンは扉を開けて顔を出して周囲の確認をする。



『ねぇイザナミさん・・・あなた・・・』


もう1つあったドアが少し開いたまま、

警備室からイザナミの姿が消えていた。



『私も睦月に殺される・・・』



まずパイロンの脳裏をよぎったのは如月の殺意。

これは最大にして最強の恐怖。


いあ、最凶だろう。

彼女自身が災難の権化、恐怖の化身、殺意の塊。

この世の全ての破壊兵器よりもなぜか恐ろしい気がした。


警備室には2つドアがあったのだった。

顔面にドロップキックを受けた程度のダメージ、

回復もしただろう、走れるし戦えるレベルと考える。

直ぐに追おうと奥歯を噛むが、

パイロンのリュックがないことに気が付く。


『やられた・・・・

もう絶対睦月に殺される・・・肉片?いあいあ、

毛細血管の1本1本まで潰される!』


パイロンは周囲を見回した。

炊飯器やトースター、電子レンジが警備室にはあった。

休憩時間にお弁当食べたり、ごはん炊いたりもするのだろう。

更には簡単な修理もできるようにか、万力やら

鉄板やらボルト、ナットなどが金属の棚に並べられていた。


『施設管理室と仲が悪いのかな?それとも施設管理室が無い?

まぁいいか・・・ネイルガンに対抗するには・・・』


パイロンは対イザナミ対策を練るのだった。


一方如月はそんなことは知らず、警戒しながら周囲を探索していた。

鍵は手に入ったものの、実際どれがどの鍵かさっぱりわからない。

手当たり次第目についたドアを開くかどうか確かめながら如月は、

一階に来ていた。


『しかし広いなぁ~・・・』


如月はその広いスタジアムを見上げながら、両手を広げて天を仰いだ。

こんな世界じゃなかったら最高の気分だったに違いない。

しかし考えようによってはこんな世界でこんな思いができるなんて

最高じゃないか!スーパーポジティブシンキングがここでも発揮される。


パイロンが準備を整え、イザナミの捜索に向かう。

如月に発見される前に、如月が危険にさらされる前に何とかしなければ。

そんな思いが彼女を突き動かすのだった。

一番は自分が殺されないために証拠を隠滅したかったのだが。


さほど複雑なつくりではないスタジアム、パイロンは地図を広げて

隠れながら移動できる・・・そんなルートを探っていた。

『大きな一本道は使わないわよね・・・

でもスタジアムにそんな細かなルートは見当たらない・・・』


パイロンは少しゾッとする悪寒にも似た感覚を覚え、

上を見上げた・・・『通気口・・・』


『ジョン・マクレーンかっつーの・・・』


もう一度警備室に戻り、脚立を探すパイロン。

『あれ・・・ちょっとまって・・・じゃぁイザナミも脚立を?

そんな暇ないように思えてもうしわけございま・・・』

パイロンは警備室にもトイレがあることに気が付き、

トイレのドアを開けて中に入る。

大便用の左から2つめの便器の上の通気口が開いていた。

もう1つのドアから逃げたと思わせておいて、

実はトイレに逃げ込み、ゆっくりと通気口にもぐりこんだのだった。



『ムキー!やられた!申し訳ございません!』


完全に裏をかかれたパイロンはいつになく燃えていた。

冷静沈着なパイロンがここまで怒るのは余程の事である。

パイロンは警備室の中で燃えそうなものを探し、

通気口の中で火をつけて煙を仰いでいぶりだそうと考えた。


『常に移動用に使っていたのなら、どこかに出口があるはずで、

申し訳ございません!ゲッホゲホ』


一度ゴウゴウと燃やしてから水をかけ、一気に噴き出した煙を

置いてあったバインダーを使い、仰いで通気口の奥へと

煙を送り込んだ。

見た目にも通気口に潜んでいたら呼吸もまなならない程の煙が、

どんどん奥へと向かっていった。


『よし!絶対出てくるぞ!モクモクして申し訳ございません!

なんなら燻製になってそのまま死ねばいいのに。』


トン!と楽しそうに便器から飛び降りると、

武器を片手に警備室を出た。

天井の通気口から煙が出ているのが確認できた。

通気口を見て行けば見つけられなくてもヒントにはなりそう。

そう考え、天井を見ながらパイロンはイザナミを探した。

ゾンキーの姿はなく、割と安心して捜索に集中できたパイロン。


『ゾンキーは扉を開けて入ってこないから、

このスタジアムにはいないのかな・・・・』


そう、ブツブツ言いながらも、数日過ごした経験からか、

パイロンは注意を怠ることはなく、慎重な性格も手伝い、

ゆっくりと、しかし確実にイザナミを追い詰めるのだった。


全ては如月に殺されないため・・・でもあるが。

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