第6話 危機

羽鐘が瞼の向こう側に光を感じて目を開けた。


『朝?・・・みたいね・・・』


ふと横を見ると、パイロンがバールを構えてしゃがんでいた。

焦った羽鐘は慌てて

『ゾ・・ゾンなんとかじゃないから!ね!ね!しゃべりませんよね?ゾンなんとかはしゃべりませんよね?』


『そうみたいで申し訳ございません』

パイロンはバールを下ろして如月の肩をトントンと叩き、

『朝だよ』と優しく起こした。


『あー・・・目覚めの曲がないじゃないもうー』

と、2人には意味不明な事を呟きながら大きく伸びをした。

セーラー服がせり上がり、見事な如月の腹筋が羽鐘の目に入り、

『見事なシックスパックですね』と微笑みながら声をかけた。


『誰がエックスボックスじゃ!』

と言うと右に構えて、軽くステップを踏み、

目を覚ましてすぐだと言うのにシャドウを始めた。


『お腹見てエックスボックスなんて言わないでしょうよ』

羽鐘はそう思ったけれど、その場はスルーしてやり過ごした。


この街が絶望的な方向へ向かっていると言うのに、

太陽はいつもと変わりなく、ちゃんと朝には照らしてくれる。

もしかしたら夢だったのではと淡い期待を3人が3人とも胸に抱き、

窓から外を見るが、そこにいるのは人ではなかった。



【私立 ペルセフォネ女子学園】

山の上にあるこの高校は、ランク的には中位程だが、

スポーツ他多方面にわたり学業以外の功績は凄まじく、

色々な大会に名を残す強豪学校と言われている。

ここはその学園の2階理科室。


『まさか理科室で一夜を過ごすとは思わなかった学園生活』

そう、羽鐘が顎に指を置き、ちょいポーズを決めながら独り言を言う。

その独り言に付き合うように

『せめてパジャマパーティーが良かった・・・で・・・申し訳ございません。』

とパイロンも続く。


珈琲の香りが漂ってきた。


如月がインスタントコーヒーを見つけ、お湯をポットで沸かし、

3人分をビーカーで入れていた。

『電機はまだ来てるから珈琲入れたよ~!

はいお待たせ~如月特性珈琲でございます』

そうおちゃらけると2人にビーカー入り珈琲を出した。


『珈琲もビーカーに入れると・・・

なんか気持ち悪いですね・・・毒みたいな・・・』

そんな事を言いながら羽鐘がアツい珈琲をすすると、

パイロンもつられるようにビーカーに口を付けた。

すきっ腹にギュ!っと響いたが、なんだかとても・・・

美味しいと言うより、優しい気持ちになった。


3人でモーニング珈琲をたしなみながら、今後の作戦を立てた。

『まず、バラけているゾンキーなら倒せる武器はある、

問題はどこに向かうか?だよね』


如月の話に羽鐘が入り込んだ

『ゾンキーってなんすか?』


パイロンは『あら!?ノープランだったの睦月!』

と少し驚いたが、あまりに突然の事だったことを思い出し、

『ごめん、そうだよね、助かっただけでもラッキーだよね、

申し訳ございません』と直ぐに言い直した。


『ゾンキーってなんすか?』


『ノープランってことも無いけど・・・

まずはここを抜け出すことね、で・・・

それぞれの家に家族の安否を確かめに行く?』


如月の問いにパイロンは『そうだね、私心配』

と言い、見えるわけはないのだが見えているかのように、

家の方向に目を向けて眉を八の字にした。


『ゾンキーってなんすか?』


『なら非常階段から静かに出られると思うのよね、そう思って理科室にしたのよ・・・通常の非常階段は廊下からだけれど、緊急用と言うのか、この詰所からも出てるのよ、少しショボい階段だけどね』


如月は非常口のドアを指さした。


パイロンが非常口のドアを開けて

『おお!ここから出られるのですね!申し訳ございません!』

と言いながら一歩外へ出た瞬間ドアの横にいたゾンキーに

右腕を掴まれた!『え!?チョ!チョンキー!?』


羽鐘が反応した

『チョンキーってなんすか?』


噛みつこうとするゾンキーの額に手を当てて必死に食い止める!

しかし血でヌルヌル滑って今にもするりと抜けて噛まれそうだった。

駆け寄る如月が叫んだ!

『目に親指突っ込んで骨をつかんで!』

パイロンはとっさにゾンキーの額を押さえている左手の親指を立て、

そのままグイッとゾンキーの右目に押し込んだ。


『申し訳ございません!』


熟れたトマトに指を勢いよく突っ込むような感触と、

少し硬めの白玉団子のイメージでパイロンの脳は満たされた。

親指がちょうど眼球が入っている前頭骨の延長線上、

目が疲れた時にギューっと押す部分の骨に引っかかり、

滑りを止め、力を入れることができた。


気持ち悪さをかき消すために

『白玉団子白玉団子白玉団子白玉団子白玉団子白玉団子白玉団子白玉団子白玉団子白玉団子白玉団子白玉団子しらかまさんご』

と連呼した。


如月の腰の入った右の正拳突きがゾンキーの左顔面を捉え、

手すりを軸に体がグルリと回転して下に落ちて行った。


グチャっと言う音がした。


『大丈夫だった?パイロン』


『うん、ありがとう、白玉団子が嫌いになりそうで申し訳ございません。』


『しらかまさんご って言ってたけどね』


『しらかまさんごってなんすか?』


安心したのもつかの間、

下を見ると非常階段をゾンキーが上ってきているのが見えた、

今の騒ぎを聞きつけられたと感じた如月は即座に詰め所に戻り、

荷物の準備をして『出るよ!40秒で仕度しな!』と叫んだ。


パイロンが『ラピュタか!』と突っ込みながら、

慌てて靴ひもを締めなおしバールを握る、

羽鐘は如月に小型のハンマーを渡され、

如月はパイプレンチを持った。


バタン!


非常口のドアが開いてゾンキーが入ってきた。

『パイロン鍵かけなかったの!?』

『もももももうしわけござござござござ』

『早くここを出ましょう!』

『もももももうしわけござござござござ』

理科室へ急ぎ、鍵を開けて3人が廊下に飛び出すと、

廊下はゾンキーだらけで走り抜ける隙間がなかった。


『絶対安静じゃん!』


『絶体絶命で申し訳ございません』

如月の間違いにちゃんと突っ込んでから

足をバタバタさせて焦った。


しかし羽鐘の判断は的確だった。

『戻って非常口から来たゾンなんとかを倒す方がリスクが少ない気がします!』


『そうしよう!』

そう言いながら如月が中に飛び込む、

続いてパイロンが入り、羽鐘が続いた。

入り込む瞬間に羽鐘が足をつかまれ、転倒した。


『スティール!!!!!』

如月が駆け寄る。


幸い理科室の中に転げた羽鐘の腕を掴み、

大丈夫?と声をかけて立たせる如月。

しかし扉を閉める前にゾンキーが入り込んできてしまった。

後ろからも迫る数体のゾンキー。


『やばいよ睦月!もうだめかもで申し訳ございません!』


『足を少し捻りました、私もヤバいですすみません』


『もう!やかましいわ黙っとけ!』

でた・・・如月の関西弁。

行くも地獄、戻るも地獄・・・・

その時如月が閃いた。


『いい?私が合図したらシンクの下の物入れの棚に入ってドアを閉めて!それまではシンクの下の棚にいつでも逃げ込めるように戦って死守して!いい?いいよね!?頼んだわよ!』


そう超早口で言うとその場を2人に任せて

如月は理科室の机に備え付けてあるガスのコックを全開に捻った。

シュー!!!!!聞いたことのない凄まじいガスの噴き出す音。


『えい!』

スゴッ!


『おりゃぁ』

ガコッ!


羽鐘とパイロンの2人は迫ってくるゾンキーを必死で倒した。

気持ち悪いとか怖いとか、そんな次元をとっくに超えていたのだ、

身体が自然に動く防衛本能とでも言うべきか。


如月にもゾンキーが迫るが、パイレンで一撃!

如月は効率よくゾンキーを倒しながらも、

余計な体力は使わず、のろいゾンキーには身をひるがえし

時には突き飛ばして転ばせたりしながら

ガスのコックをひたすら回して走った。

もうガスの臭いが充満してうっすら眩暈もしてきた・・・

限界と感じ、如月は2人に叫んだ!


『入って!早く!入って!』


その合図を聞き2人はゾンキーを押しのけて転ばせて場所を作り、

シンクの下の物入れの棚のドアを開け、急いで体をねじ込んで、

ドアをしめて中から抑え込んだ。

それを確認すると如月は急いで理科室の詰め所で見つけた

銀のジッポライターに火をつけて机に置き、

シンク下の棚に体を押し込んでドアを閉めた。


ゾンキーがドアを開けようとゴソゴソしている。

開けられまいと必死でドアを中から抑える・・・


が・・・


ゾンキー数体で開けようとしているらしく力が強い・・・


爪がはがれちゃう・・・・


指が持たない・・・・


もうダメか・・・・


そう思った瞬間大爆発が起こった。


バオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!!


地鳴りのような轟音と、

過去に経験した地震の数百倍とも言える振動が如月を襲う。


ドアが恐ろしく熱くなり手を放した、身体を隠した棚の中も

一瞬で凄まじい暑さとなった。


『はぁ・・・・はぁ・・・熱気で呼吸がもう・・・』


目の前が暗くなり、ゆっくりと眠る様に如月は気を失った。

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