第2話 始まりの詩

放課後の如月は部活へ参加する。

これも身体を考えてテコンドー部を選んだ。

もともと格闘技は好きだったので迷いはなかったと言う。

好きこそものの・・・とはよく言ったもので、帯色は『黒』つまり黒帯と言う実力者。身体を丈夫にしたいから・・・が、いつしか強くなりたいから・・・に変わっていた。派手な蹴り技が目立つテコンドーだが、如月の好きな技はわき腹を蹴る【ミドルキック】嘔吐しながら悶える相手の姿を見てから好きになったと言う。顔に似合わずドSな思想の持主が厄介な技に惚れたものである。2年の時の大会で、ことごとくミドルキックで相手を沈め、にやにやしながら悶える選手を見下ろす白髪鬼の姿に会場は凍り付き、その日からブラックネームが付けられた。


【氷の女王】その名は白髪の如月にはぴったりで、本人もブラックネームなのにとても気に入っていた。


練習を終えて帰ろうと玄関に出ると、

何やら校門付近に先生が3人集まって大声を上げていた。

周囲には生徒が数名いるのが見えた。


『なんだお前は!』

『コラ!どこの生徒だ!』

『やめろ!』


荒々しい先生たちの声が響いた。

近寄ろうとしたとき、それははっきりと

目に飛び込んできた。

『ぎゃぁあああああああああああああ』

校門の前にいた何処かの女生徒がテニス部顧問の山田先生目がけて飛びかかり、噛み付いたようだった。


『え?何?喧嘩?』


もう少し如月が近づこうとしたとき、噛み付いた女生徒が山田先生から引きはがされたのが見えた。男性の先生2人がかりで・・・である。女生徒の顔は真っ赤に血で染まっていた、噛んだ先生の血か、女生徒の怪我によるものかは確認できない。男性2人を振り払い、女生徒はもう一度山田先生に飛びかかり、顔面に噛み付き、背骨の可動範囲の限界まで反ってその頭を上げた。口には軍手ほどの大きさの何かがくわえられ、反る動きに合わせてその何かはプラプラ揺れながらゆっくりと、噛み付いた女生徒の口の中に消えた。


『食べてる?・・・』


下の山田先生の顔からは血が勢いよく舞い上がった。

『ぎゃぁああああああああああああああ』

人の動きとは思えないスピードで脚をバタバタさせる山田先生。

繰り返し繰り返しその女生徒が噛み付いては反るを繰り返す。

まるでそれは水飲み鳥のようだった。

その動きに合わせて山田先生の腰が浮きあがる。プロレスで言うところの【フォールを返す】ような状況だ。

女生徒はバランスを取って山田先生から振り落とされることはなかった。

2人の男性の先生はあまりの衝撃展開に身動きが取れなくなっていた。

野次馬だった生徒数名も悲鳴を上げて右往左往している。

その場に居た2人の先生の1人、吉田先生が救急車を呼びだしたようだった。


でも次の瞬間如月は確かに聞こえた。

『つながらない!』と・・・。


『いつもの日常じゃなくなった』

とっさに如月はそう思った。


救急車に電話し続ける吉田先生の首にあの女生徒が噛み付いた。

その場にいたもう一人の先生、上田先生が引きはがそうとする。

噛み付き女子の首が引っ張られると同時に

吉田先生の首から筋のようなものが数本引っ張り出され、とっさに吉田先生はその筋を掴んだ!


ブチン!!!!数メートル離れている如月の耳にも届く、太いゴムが切れるような音がした。噛み付いた女生徒の口からその筋が何本も出ており、その先から血が滴っていた。吉田先生は口に血が溢れて、ゴボゴボと溺れたような声を上げながら3歩進んでは2歩下がるを繰り返していた。

『マーチか!』とツッコミを入れ、

不謹慎だと気づき如月は自分の頬を2回たたいた。


如月は自分も繋がるかどうか救急番号に電話した。

学校へのスマホの持ち込みは禁止だったが、

如月は家まで10kmもあるので緊急用と言う名目で許可が出ていた。

『ツー・・・・ツー・・・・ツー・・・・』

本当につながらない事が確認できた。


吉田先生と上田先生と噛み付き女子が揉め合っている中、如月は山田先生に目をやった、最初の被害者である。

『私の知識が確かなら・・・』そう呟き、

とっさに隠れたコンクリートの土管の陰から目を凝らした。山田先生が噛まれて動かなくなってから10分・・・・


ピクッ!


如月は横たわる山田先生の痙攣を確認。

それから約30秒、全身が激しく痙攣し、エビが料理されるのを嫌がって、ピョーン!と跳ね上がる様に山田先生は跳び起きた。

その顔は両目がえぐり取られ、鼻ももぎ取られ、ほぼ口が付いてる生肉と言った状態だった。それを見た如月は小さくガッツポーズをし、『ゾンビキター!』と小さく呟いた。


不謹慎極まりないこの如月、かなりの映画好き。しかも好んでゾンビ映画を観あさるほどのゾンビ好き。好きと言ってもゾンビを可愛いなどとのたまってヘラヘラする乙女チックな部類ではなく、本気で『ゾンビが現れたらどうするか』を常に考えるタイプ。

それは、朝の通学路にも表れており、実はあのキツい道のりは対ゾンビ対策だったのだ、

見通しが良いと言うのが第一条件。

街を見下ろせるのもその1つだった。

鞄にも対ゾンビ用にパイプレンチを入れている程だ。


つまりゾンビ好きの如月にまさかのゾンビらしき者出現の現実!原因はまだ不明だが、明らかにこれはゾンビと酷似した症状。

狂暴化し、人を襲って喰う、噛まれたらゾンビっぽくなる。

誰もが知っているであろうこのセオリー。

しかし如月は常に生き残る手段を考えてきた、倒し方を知っているか否かではなく、生き残れるか否かの違い。


如月は考えた・・・・


『山田が恐らく死んでから10分ちょいでゾンビっぽくなった。これはきっと顔を何度も噛まれたせいで菌の繁殖が早まったのね…

であれば最低ラインを10分に設定しておこう…』


如月は小さなノートを出して

【噛まれたら10分でアウト】と記載した。


『よし!』


小さく頷きスッと立ち上がった如月の目には、4体のゾンビらしき者がしっかり写っていた。最初に噛み付いた【噛み付き女子】校門の前で食い止めようとしていた【三田ーズ(サンターズ)】で合計4体の計算である。


『おーい!おーい!』と如月がゾンビらしき者にアピールすると、ゾンビっぽい奴ら4体が振り向きのそのそと向かってきた。如月はまたノートを出して【もっさりタイプ】と記載した。


『うん、走らないやつならこの人数ならまだ大丈夫だね、校舎に戻って武器を探そうかな』と言うと、軽くステップを踏んで如月は玄関に入って行った、

長い白髪をオレンジ色に輝かせながら。


後を追うようにゆっくりとゾンビらしき者が玄関に向かった。

ゾンビらしき者を校舎に呼び込んだのはこの時点で如月となる。


重罪だ、重犯罪者だ。


如月は校内をうろつきながらブツブツ言っていた。『ゾンビって呼ぶのはイマイチね、ゾンビじゃないかもだし、ゾンビに似た感染者かもだし、感染者もまぁいわゆるゾンビだけれど、一緒にされたくないのよね、感染者とゾンビってのはさ・・・それじゃゾンビ素人よ、ゾンしろだわ。ドドーン・オブ・ザ・デッドでは、地獄の釜が満タンになったから死者が溢れてきたって言ったけれど、そもそも地獄に釜ってあるのかな、大きさは?なんて名前?地獄釜?ならジゴカマね、てゆーか地獄すらあるか否か曖昧じゃない!あ、まって、よくオブ・ザ・デットって言う人居るけど、スペル的に最後はディーなんだからデッド、ド!なんだよね、なんで誰も注意しないのかしら、それとも日本タイトルとしてデットが認められているのかしら、いあいあ、それは無いでしょう、ナンセンスなタイトルつけるのが多い中、ドかトで悩む?だったらその前に【したたり】とか【はらわた】とかやめてほしいわよね、あ、でもでも死霊のはらわてぃーだったらいいかも!うんうん。そんな紅茶があってもいいかな、午後のはらわてぃーみたいな。』


地団駄を踏んだり、ウロウロしたり、顎に手を当てて頷いたりし、納得するまで独り言をつぶやいた、単純な話をややこしくするのも

如月の得意技だ。


『噛み付くからカミー…違うなぁ…ノロいからノロリン…これじゃ右手だからミギーとかわりゃしないわね・・・。ゲロリアン…汚いなぁ・・・ゾンビー、B?順番に行ってみる?ゾンA・・・ゾンB・・・ゾンシー・・・・・・うーん・・・なんかこうびっくりした感じがいいな、びっくり・・・びっくり・・ハ!!!!!!!!!!!!!!!ゾンキーがいい!びっくりゾンキー!ヤンキーみたいで尚よし!』小さくうなずいてニコニコ顔でまたノートに【奴らにはびっくり!びっくりゾンキー】・・・・と記載した。


如月がメモしているこのノート、表紙には『死者の書』と書いている、映画【死霊達のはらわた】の【死者の書】からいただいているらしい。このノートにはいわゆるゾンビはもちろん、オカルトチックな事は全て記載されている。


外で何が起きているのか・・・・。

校舎の中の生徒は誰一人知らないようだった。

私だけが知っている、そんな人でなし的優越感を感じながら、如月は職員室に入り、何気ない顔で鍵を収納しているボックスを開け、技術室の鍵を取った…その時目に入った防火シャッターの鍵も念のためポケットに入れた。


技術室は校舎の3階にあり、下からゾンキーが来ると想定すると、若干不利ではあったが技術室には武器になるものがたくさんある。流石の如月も鞄のパイレン1つでは心細いと考えていた。


『校舎に残っている生徒全てが噛まれたとしても20人程度…ばらけてくれればあの速度なら抜けられる…いけるわね、うん』


自分に納得すると技術室へと歩を進めた。

皆に声をかけて危険を知らせるべきではあるのだが、

如月は何かの本で読んだ『人間の壁』を思い出していたのだ。

鬼や悪魔と呼ばれるであろう考え方ではあるが、

誰かがやられている間に逃げる…

この状況では最も有効だと如月は今まさに実感し、

それを即実行したのだ。

『これは生き残る為のポジティブシンキングよ!うん』

自分にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着かせた。


今時これかよ?って感じの南京錠の底に鍵を挿し込んで右に半回転、勢いよく英語のUを逆さにしたようなフックが跳ね上がり、Jを逆さまにしたように口を開けた。如月はよく【盗む】を指で示す人差し指をクイッと曲げる動作が、この南京錠のフックに似てる・・・あれって鍵を意味してるのかな?そんなことを2~3秒の間に思い、技術室の扉を開けた。


ツンと刺すような臭いがした。

埃っぽい空気、そして木の臭い、加えてニスのような

ちょっとした刺激臭がまさに技術室ーって感じだった。

ざらざらとした質感が靴の底からも伝わってくる小汚い床を歩き、

軽く見て回ったが何も見つけることができなかった・・・。

すると1つの扉を発見した。

ここにも南京錠がかけられており、持ってきた鍵では開かなかった。

汚い小窓を手で拭いて覗いてみると、大工道具のようなものが見えた。

如月は2歩下がって構えをとり、10秒ほどかけてフーッと息を吐くと、フッ!と息を止め施錠されたドアに前蹴りを見舞った。


ドドォン!!!!


一発で南京錠をつないでいる金具が吹っ飛び、ドアが勢いよく向こう側に倒れた。

『きゃひぃー!

やってみたかったんだぁー!』

白髪を揺らして3回ほど

ピョンピョン飛び跳ねた。

工具部屋に入り、武器になりそうなものを持てるだけ鞄に入れ、スマホを手に取り念のため自宅に電話をしてみた。

今?と思う行動だが、生き残るのが第一条件の如月は、安全確保ができないうちは電話は危険と判断していたのだ。


『ツー・・・ツー・・・ツー・・・』


『つながらない・・・これってもう街の電話会社が襲撃されたって事かしら・・・ここが始まりじゃなくて、街が始まりだったのかな・・・だとしたらもの凄い数になってるんじゃ…2人も心配だしなんとしても校舎は抜け出さなきゃダメね、うん』


如月は技術室を後にした。。。。


壊したドアにはマジックで『ドアを壊したのは3年C組の如月睦月です』と書いてあった。

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