第9話 ないはずの危険
「でも危険はないはずだったよね。」
銀色の髪に青色の瞳の青年だ。四聖人の1人、西の守り人であり風を護る力を司る白虎の力を継承する。のんびりした穏やかそうな青年だが、崋山の不在時には長の代理として能力を発揮している。
「そのはずだったが違ったな。」
朱伎は呟いた。
今回の護衛は何の危険もないはずの任務だった。だからこそ幼い伯と旭陽の任務として許可を出した。少しでも危険があると判断すれば許可もしなかった。
「今は隣国との情勢も良い状態が続いています。順国との関係も問題ありません。あれは何だったのでしょう。」
崋山は落ち着いた声で言った。
思い当たる危険はなかった。それでも何かが起こっていることは皆が感じていたが、何なのか確信は持てずにいた。
「嫌な予感しかしないな。」
朱伎はため息をついた。
「嫌な予感ですか。」
多岐がその言葉を考えるように言った。
「亜稀。里の警護の強化を守護レベル5へ引き上げろ。しばらくの間、一葉と双葉を護衛に回す。」
朱伎は何かを決意したように亜稀に指示を出した。
今できる最善の策を講じる。守護レベル5は最大の警護となる。
関わる警護官も限られるし、機密として選び抜かれた者たちが警護に当たる。里にある程度の危険が生じた場合の処置だった。
そして頭首の器を警護に回すとなるとどこまでの危険が迫っているのか考えなくてはならない。勘の良い者は気づくかもしれない。
「はい。」
亜稀は静かに頷いた。
そこまでの必要があるのか考えたが、朱伎の指示をこの場で否定することはない。何より朱伎が必要だと思うなら、それは正しいはずだ。
「そこまで必要かい?」
八白は尋ねた。
不思議そうな表情だった。他の者も同じような顔をしている。
2人の器を出しておくほど緊迫した状態なのか疑問に感じた。器の2人を出して警護に回すということが何を意味するのか考える。これまでにそんなことは一度もなかった。
「亜稀。扉を閉めてくれ。」
朱伎は後ろに立つ亜稀に指示をした。
亜稀は何も言わずに指示に従い部屋の扉を閉めた。
「「え。」」
棗と八白の声が重なった。
部屋の扉が閉まり結界が張られたことが分かった。建物全体にもこの五階にも結界はあるが扉を閉めることでこの部屋の結界は完成する。部屋での会話が外部に漏れることはなくなる。この結界の中での会話を外ですることはできなくなる。
自分の意志とは別に会話ができなくなる。頭の中で記憶としてだけ残る。ある意味洗脳のような感じに近い。もちろん害はない。
この結界がどれほどのものか部屋にいた全員が一瞬で理解した。全員が朱伎の力を改めて実感した。おそらく部屋にいる全員でやっても、この結界を解くことはできないだろう。そのくらいの力の差を感じる者だった。
「思い当たることはある。」
朱伎は静かな声で言った。
「思い当たること?」
大河は四聖人の前任者の1人だ。黒髪に茶色の瞳の中年の男性だ。精悍な顔つきで少し強面の男性だ。
現役時代には先代に一番近い世話役から四聖人の長となり、四聖人をまとめていた。朱伎のことを娘のように想い可愛がっている。先代である父が信頼していたこともあり全幅の信頼を置いている。
「影だ。」
「は?」
「影?」
「それって…。」
朱伎の言葉に不思議そうな声が重なった。
「いくら何でも飛躍しすぎかと思いますが。」
崋山は落ち着いた声で言った。
その答えを聞き、さすがに違うだろうと思うが、頭首の言葉を否定はしない。
「ああ。だから思い当たることだと言っただろう。実際に影と対峙したことのある者がいないんだから分からないだろう?」
朱伎は当たり前のことのように言った。
自分の考えが間違っていることを願いたいが、頭の片隅に大きな違和感と拭えない不安があることを見逃すわけにはいかない。
「それはそうですが…。」
「影ってありえないよね。」
多岐に続いて八白が呟いた。
「私の中にある古い記憶が影だと言ってる。」
朱伎はまっすぐに前を見つめる。
カレの夢を見たことを思い出した。何のためにあの夢を見たのかやっとわかった気がする。この時代に必要な力を得るためだ。
「貴方を疑うことはありません。どうしますか?」
亜稀はにっこり微笑んだ。
朱伎の言葉を疑うことはないが、他の者にも疑わせないようにすることが亜稀の務めだった。彼女はうまく立ち振る舞うことができる。その場の状況把握も対応力も右に出る者はいない。朱伎も全幅の信頼を置き、自分の不在時には亜稀に里のことを任せている。
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