第10話 不良少女白書-10

 夏休みも近く、短縮授業の週に突入した。渚は黒く染め直したばかりの髪が照れくさく、右手で髪をいじりながら構内に入った。一階中央の掲示板の周りに人だかりができている。あぁ、先週の期末テストの成績上位者が張り出されているんだな、と思いながら、ふと野上が何位なのかと気にかかったので覗きに行った。近づくと沢田がいるのに気づいた。自分と同じ考えなんだろうと思いながらおはようと、声を掛けると驚いたような顔で渚の顔を見つめた。そして嬌声を上げながら、渚に順位表を見るように言った。渚は人の頭越しに三年の順位表を探し、つぅっと視線を流した。ほら、あそこ、という沢田の指に指し示された所に渚の名前があった。

「あたし?」

「そう、九位よ!」

「あたしが?」

後ろから頭をこづかれた。坂井だった。

「やるじゃないか、この野郎」

「……あたしが?」

 すごいを連発する沢田の声に次第に冷静になっていった。今まで最高は二十何位だっただろう。それも一年の終わりぐらいだった。それからは落ちる一方で、よくここに踏みとどまっているな、と自分を蔑んでいるようにすらなった。そのあたしが、あたしの名前が、初めて載った。

「ネエネエ」

沢田が肘でつつきながら、指差した。

「ほら、野上。五位」

野上の名前が五位にあった。他の二人、小野も矢口も二十位までに名前は載っていなかった。渚は、こんなものかと思ってしまった。あれだけ、偉そうに言っていた三人の悔しがっている顔が浮かんだ。

 「あいつ、理事長の孫だろ」

坂井がそう教えてくれた。だから、あんなに高慢ちきなのかと渚は思った。

「もういいよ、こんなの。ララ、教室に行こ」

 ふふんと笑いながら言った。でも、せっかくの記念なんだから写真を撮っておこうよ、という沢田の背を押しながら群衆から抜け出した。


 ホームルームの時間にテストの成績表が渡された。間違いなく渚は九位だった。大谷から皆の前で褒めてもらい、嬉しくてしかたなかったが、恥ずかしくて顔を真っ赤にして俯いてしまった。沢田も初めて百位以内に入った。

「ほら、八一位。大躍進。なんだけど、なぎさちゃんにはかなわないね」

「あたしのは、まぐれよ」

「アタシもマグレ!次がこわいナ……」

「次は落ちてもいいよ、あたし」

「そんな、もったいないじゃない」

「だって、違うクラスになっちゃうんだよ……」

沢田はその時初めて気づいたようだった。

「そうだネ、嫌だね……」

「うん……」


 大谷が色々と注意を与えている。成績の上がった者も下がった者もこれからが勝負だと。夏休みにさぼることがないように、云々。渚はそんなことはもうどうでもよかった。ただ、沢田と違うクラスになってしまうことが嫌だった。この学校にいるのはあと一年もないけれど、沢田と一緒にだけはいたかった。

「それから、みんなよく聞くように」

大谷が一層大きな声で話し出した。

「夏休み明けに、クラス替えを行う」

 教室がざわめいている。わかってるよ、という声がそこここで漏れている。

「今度のクラス替えは、成績とは関係なしに行う。今までは、授業の進行進度や進学指導の都合で、三年生だけ成績順にクラス分けを行っていたけれど、これを廃止することになった。二年までと同じように、普通のクラスに分けることになった。仲良くなった友達と分かれることになるかもしれないが、まぁ、その辺は了解するように」


 ざわめきが一層大きくなった。沢田は表情を閃かせて渚を見た。

「きっと、園長先生が……」

「まさか……」

そう言いながら、渚は園長先生を思い出した。あの人なら、そういうこともするかもしれない、と思った。

「でも……、やっぱり違うクラスになっちゃうのかな?」

沢田に言われて渚も気づいた。どっちにしてもクラスは替わってしまうんだ。

「そうなるかもしれないけど、成績順だったら絶対違うクラスになっちゃうし、この方が可能性も高いってこと」

「そうね」

「それに、あたしは野上と同じクラスにはなりたくないから」

「ハハ、そりゃそうだ」

 違うクラスでも、今までのクラス分けと違っていれば、つきあいやすくなるだろう。渚はそう確信して、沢田の顔を見つめた。

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