第40話 建物の高さがおかしい

「そうですか。ファックスってものがすでに廃れていると思いますよ」

「言われてみれば、家にはないもんな」

「でしょ」

「でもな。メールで貰っても、コピーするなら一緒だろ。だったらファックスが早いこともあるぞ」

「ううん。そうですか。紙ベースに慣れていないんで」

 そもそもプリントアウトすらしないと、翔馬は真っ向から反論した。そしてしばらく、翔馬と将平はそう一頻りファックスで盛り上がる。その間、英士は二個目のプリンを食べていた。殺人事件を考えているという深刻さが、この研究室には決定的に欠けている。だからか、突飛な案も簡単に出て来てしまう。

「で、図面は?」

 プリンを食べ終えた英士の一言で、将平が慌ててメールを開いた。そして、添付されていた図面をプリンターから印刷する。そこには二つの建物が渡り廊下で繋がっている図があった。

「ほう。妙な造りをしているもんだ。これなら絡繰りドアがあっても不思議じゃないな」

「いや。二つの建物がくっ付いているだけでしょ。別に奇妙でも何でもないですよ」

 感心する将平に、おかしくないと翔馬が主張する。実際に建物を見ていないため、意見は正反対だった。

「そうか。ほぼ同じ建物だぞ。中の割り方は違うみたいだけどさ」

「たしかに同じくらいですね。でも、割り方が違うってことは目的が違うんでしょ。だったら二つあってもおかしくないですよ」

「そうか」

 結局、将平が言い包められてしまった。しかし、二つの建物が渡り廊下で繋がる家。想像しようとしたが、見たこともないものを想像するのは難しかった。将平の頭の中では、似たような建売の家が廊下で繋がっているイメージになってしまう。どう考えても奇妙だ。

「それはともかく、問題のドアがある渡り廊下がこれか。ドアの仕掛けは、書き込まれていないな」

 残念と、英士が印刷された図面の渡り廊下を指差して指摘する。たしかにそこには廊下があることは解るものの、ドアがあることも仕掛けがあることも描かれていない。

「仕掛けは後から追加したのかな」

「かもしれないな。別に基礎を弄るわけじゃないから、後から追加するのは可能だろうよ」

「でも、仕掛けのスペースは予め確保しておくものじゃないですか。連動して動くんですよね。こことここのドアが」

 翔馬が図面の渡り廊下の両端を指さして主張するので、そのとおりだと将平は頷いた。だからこそ、どうして図面にないのかと頭を悩ませることになるのだ。

「ううん、でも、図面で見る限り、そういうものを仕込んでいる感じはないよな。いや、待てよ」

 英士はじっと図面を見る。これ、一見すると普通の図面だが、何かがおかしい。その違和感の正体を探ろうと、目を凝らして図面を見る。

「どうした?」

「高さだ」

「えっ?」

 急に高さと言われてもと、翔馬も将平もきょとんとする。すると、この建物の高さだと英士は呆れた顔になる。

「建物の高さだよ」

「だから、建物の高さがどうしたんだ?」

「ああ。たしか一階建てなんだよな。この家」

「そう聞いているが、まさか隠れているとか。どこかに二階へと通じる階段があるのか」

 本気で階段を探そうとする将平に、英士はそんなことは言っていないと止めた。

「違う違う。二階は実際に存在しないんだ。図面の高さは一階建ての規模としてはおかしいが、二階がある高さでもない」

「ほう」

 そういうものなのかと将平はもう一度図面を見るが、そもそも建物の設計図の読み方なんて解らない。部屋の間取りを読み取ることは誰にでも簡単だが、高さとなると解らなかった。すると、図面の横に数字が書かれているところを英士は指差した。違和感の正体は、数値と見ている図形が一致しないせいだったのだ。

「ここに書いてある。それによると八メートルとなっている。しかし、一般的な住居の高さは六メートルから七メートル。僅かだが高い。千春は天井が高いなんて話はしていたか」

「いいや。家は純和風だとしか聞いていないな。日本家屋で天井が高かったら、何か言いそうなものだけど」

 特に千春は身長が高い。日本家屋となれば高さが気になるはずだ。マンションならば気にならない、梁やドアの高さの位置が違うと気づくだろう。

「いや、逆に低い方が気になるんじゃないですか。頭打ったって文句を言うはずです」

「なるほど」

「それほどバカ高いわけじゃないだろ。奴の身長で頭を打つことは珍しいだろうよ。まあ、たぶんだけど、内部は普通の高さだと思うね。天井は普通の位置にあるはずだ。というより、屋根で誤魔化されて、外からもこの僅かに高いってのは解らないと思う」

 千春のことを話題に出すのではなかったと、英士は頭を掻く。どうにも話題がずれがちだ。それよりも問題はこの一メートルの誤差だ。

「つまり、この一メートルの部分に何か仕掛けがあるってことですか」

「ああ。屋根に隠れるように何かを設置しているに違いない。問題は何か、だけどね。ドアの仕掛けがここにあるんだろう」

「なるほど」

 図面だけでそういうことが解るのかと、翔馬は英士を見直した。千春同様、適当な研究者だという認識しかなかったが、今後は改めることにする。

「そこに死体を隠すことは」

「出来るだろうね。この空間を知っている人ならば。死体を寝かせれば、一メートルの高さもある空間ならば余裕だ」

 よしっと、将平は大きな謎が解けて満足だった。少なくとも、これで外部犯の可能性がゼロになる。ということは犯人は内部にいる誰かだ。

「でも、招待客が家の仕掛けを知っているとは限らないですよね。となると、使用人の方が疑わしいんじゃないですか」

「うっ」

 まさしくそのとおり。仕掛けを知っていなければ実行できないということは、招待客よりも使用人の方が怪しくなる。また、どこからその空間に行くか解らないものの、疑われずに動くにも使用人の方が有利だ。

「使用人は五人だったな」

「ああ。執事の田辺、コックの石田、後はメイドの小島、吉本、黒木の三名だな」

「うわあ。凄いですね。金持ちの家って感じがそれだけでもします」

 使用人たちに付く役職名に、翔馬はそんな人たちがいる家ってまだあるんですねと、遠い世界の事のように言う。

「まあな。これだけ大きい家を建てられるだけでも金持ちには違いないだろ。山の中とはいえ、家二軒分建てているわけだしな。家を掃除するだけでも大変だろうから、使用人がいるのもおかしくはないな」

「そういうものなんですね。たしかに一人暮らしの狭い部屋すら掃除するのは面倒ですからね。これだけ大きい家ならば、誰かに片付けてもらいたくなって当然か」

 それが許されるのも金持ちの特権だなと、翔馬は羨ましくなる。が、研究者を辞めて稼げる職業に就きたいかと問われると、それはないと答えるだろう。憧れと実際に欲しいかは別物だ。

「しかし使用人にも動機がないわけだ。そいつらの身元は警察が真っ先に調べているだろうからね。金目当ての犯行ならば真っ先に彼らが疑われる」

「ああ。それに使用人ってことは、雇い主を殺してしまったら次の仕事をどうするかって問題が発生するからな。あまり現実的なものではないだろう。安西がエロ親父で、そのセクハラ被害に耐えかねてっていうのならば、まだ動機として成り立つかもしれない。しかしそれもなさそうだ。というのも、一緒に殺された女医と出来ていたからな。こっちとのトラブルも疑われたが、なさそうだという話だ」

「へえ。そういう情報はどうやって入手したんだ」

「広く浅い友達たちや、使用人たちの家族、それに女医の周囲の人間ってところだ」

「なるほど。地道な取り調べの成果は、ある程度出ているんだ」

「ああ。だからこそ、容疑者が絞り込めないという謎にぶち当たっているんだよ。今のところ、安西も遠藤っていう女医も殺されるようなネタは上がって来ていない。特に遠藤は患者やナースから慕われるタイプの医者だったようでな。安西付きの主治医になるって決めた時は、あちこちから引き留められたらしい。先生がいなくなったら困るってな。同僚も勿体ないってよと引き留めたという。このまま順調にキャリアを積むべきだって、上司も止めたらしい」

「へえ。それは本当に優秀な医者だったってことか」

「ああ。そこのY大附属病院の外科医だったんだよ。それでそこまで慕われるとなると、相当なもんだろう」

 将平の言うY大附属病院は、外科の手術に定評がある。そこで引き留められるほどとなると、よほどの腕前だったのだろう。

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