第33話 ものは考えよう
「田辺さんは渡り廊下を通りましたよね。もちろん」
「も、もちろんです。だから最初は、開いているものだと思ったんです。ところが、アトリエ側についてみたら、押しても引いても開かない。これは妙だと思い、皆様のお力を借りようと考えた次第です」
たしかに田辺が呼びに来た時、自分の力では無理だからということだった。それはつまり、おかしいからドアを壊そうという発想だったというわけだ。それにあの段階で田辺は連動しているから片側は開かないのはおかしいと、そう言及している。
「ああ。そう言えばそうですね。椎名先生、よく覚えていますね」
「ええ、まあ」
ちょっと気になったから覚えていただけだと、千春は忠文の言葉に首を竦めた。より変な奴と思われたかもしれない。こういう困った特技もまた、千春が浮く理由だ。
「つまり、ドアに何か不具合が起こっていた。そう言えば、そこに岡林さんが倒れていましたよね。まさか彼女が」
「いや、それは早計でしょう。もし彼女が犯人ならば、どうやって遠藤先生を浴室に運べたんですか。夕方、彼女はまだ眠っていましたよね」
「あれが演技ということは」
「ないでしょう。人間、何時間も寝たふりなんて出来ませんよ。しかも身じろぎもしないなんて無理です」
忠文の疑問を千春はあっさりと否定した。人間、じっとしていることが苦痛なものだ。それは快適なベッドの上でも同じ。ある意味で心を研究する千春は、そういう例に関しても調べていたので間違いない。
「なるほど。彼女はまず除外されるわけですね」
「ええ。田辺さん。岡林さんの様子は」
「変わらず。メイドたちが呼び掛けているんですが、反応はありません。呼吸は確認できますので、大丈夫だとは思うんですが」
「心配な状態ですね。ヘリが来たら真っ先に運んでもらわないと」
「ええ」
千春の気遣いに頷くが、心配なのだろう。田辺の顔色は悪い。それはそうだ。安西と美紅がいない今、この屋敷の主たるべき人物は桃花しかいない。彼女に何かあれば、田辺たちの生活にも影響を及ぼすことになる。
「それにしても謎だらけ、か」
友也の呟きで、八方塞がりな状況がますます際立ち、その場の空気は沈痛なものへと変わったのだった。
「まさかこんなにも届いていたとはな」
「お前、ちゃんと確認しようともしなかったな」
夜中。少し雨が弱まったところにやって来た将平に、英士はこれをどうするだと統計資料を渡していた。それに、当然のように将平は驚くことになる。
「だってよ。千春のやつは妙な手紙が届くとしか言わなかったし、この呑気な魚住も特に何も言わないし。どうやって知ることが出来るんだよ」
いちいち確認しないもんだそ、と将平は英士の怒りに至極真っ当な答えを返す。
「そうですね。俺もこうやって統計を取るまで、こんなに凄い嫌がらせだとは思ってませんでした」
仕方なく、翔馬が事実を認めてその場を収める。手紙の分類を任されていたのに騒がなかった自分にも、一応の責任があるためだ。あまりに毎日送られてくるので、漫然とゴミ袋に突っ込んでいた。
「ほらみろ。警察は何でも屋さんじゃねえんだ。それに被害届が出ていないものを調べることはしねえよ。民事不介入なんだからな」
「ちっ。で、これだけの山となれば被害として認められるのか」
「そうだな。脅迫となると専門が違うから断定は出来んが、ちゃんと調べるべきものだろうな。特にカッターやカミソリの刃をしつこく送ってくるってのは異様だ。殺害予告と解釈することもできる。となると、うちの課にも関わってくるな」
どうしようかなと、将平が思案する。そもそも今、千春は殺人事件に巻き込まれているのだ。
仮に千春が犯人と訴えられる場面になったら、これを出して犯人は他にいると主張できるだろうか。そんなことまで考えてしまう。ちなみに逮捕は回避できないと思うのが刑事だ。その場で疑わしかったら、まずは身柄を拘束するものである。
「ほう。じゃあ君は千春が逮捕されるかもって考えていると」
「誰もそこまで言ってないだろ。例えばの話だ。今のところ、警察は二つの殺人事件が起こっているとしか把握していないんだ。誰がやったかまで解っていない。容疑者も、あの場にいる誰かだろうという段階だ。そもそも、現場保存すらその容疑者である民間人に任せてしまっている状態だぞ」
「だな。しかし殺人事件が連続して起こるとはね。しかも殺されたのは招待客じゃないってのが引っ掛かる」
「ああ。たしかにね。いつでも殺せる相手を、どうしてこのパーティーが披かれているタイミングで殺害したのかってところか」
英士の意見に、将平はそのとおりと頷いた。どうしてパーティーが開かれている状況下で事件が起こったのか。誰かに目撃される可能性は大いにあるし、何より自分が容疑者に入ってしまう。それなのに事件を起こした。これが疑問だ。しかもこの大雨は急に発達した低気圧がもたらしたもので、事前に予測されていたものでもない。
疑問だらけの事件だ。
「そうですね。安西とそのもう一人、主治医の先生でしたっけ、を狙うのならば、その二人と自分だけの時が最も犯行しやすいですよね。ああ、でも、家には使用人の方がいるんですっけ。じゃあ彼らにすぐ疑われるか」
「なるほど。そう考えると、外部の客が何人かいる方が疑惑が分散していいのかもしれないな。しかし、初対面の人間を殺すかね。ひょっとして初対面の振りをしているのか」
その考えもあったかと、翔馬の意見に納得の将平だ。ものは考えようとはこのことだ。
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