第25話 嫌がらせの手紙は様々

「まさか殺人事件が起こり、しかも連続とはね」

 大学から帰ることを諦めた英士と翔馬は、一先ず食料を生協で調達し、のんびりと過ごすこととした。雨風はどんどん激しくなっているから、下手に動くと危ないという判断だった。しかし、将平は事件が続いたことで本部へと報告すべく雨の中を警視庁へと戻って行った。

「そうですよ。嫌がらせなんて総て吹っ飛ぶ事態ですよ」

「確かにな。そう言えば、嫌がらせが始まったのって何時だったっけ」

 生協に売っていたコロッケパンを食べつつ、英士がそんな確認をしてきた。それに翔馬は明太子おにぎりを食べつつ、スマホを確認した。

「最初の方はちゃんとカレンダーにメモしてありますよ。ええっと、先生の論文が話題になった直後だから、二か月前ですね。最初は一通だけでした。そんな研究はさっさと止めろみたいな、意見書みたいなのが最初ですね。内容はパソコンで打ってあって、かなりの分量でしたね。でも、その頃はまだ可愛いものでした」

「まあ、いきなり嫌がらせをするのもどうか、ってことだったんじゃないか」

「そういうものですかね。で、徐々に封書の数が増え、嫌がらせのバリエーションも増えていったというわけです。丁度ネットの話題も同じように拡散してましたからね」

「なるほど」

 二か月前というと、三月ごろということだ。その頃何があっただろうかと思うも、年度末で忙しかったなという記憶しかない。ということは、千春も同じような状態だっただろう。論文が話題になったとはいえ、それ以上のことはなかったはずだ。

 そもそも、その話題になったのもネットニュースであり、千春たちが普段気にしているようなものではないのだ。気づくのにだって時間が掛かる。おそらく投書が来て初めてその情報を確認したはずだ。

「何でネットニュースになったんだ」

「さあ」

「そもそも、そんなに問題のある論文だったか。俺にとっては衝撃作だったけど、人工知能の研究としては普通だろ」

「そうですね。人工知能の研究者からすれば、普通のものだったと思いますよ」

 世間一般で騒がれて嫌がらせを受けているという客観的事実は知っているものの、そういえば噂がどうなっているのか知らなかった。ネットニュースを最初こそ確認したものの、その先はあえて調べようとも思わなかったせいもある。人工知能に心をという部分が過大に喧伝されたのだろうと、勝手に解釈していた。

「そういうのって、当事者は意外と無頓着だからな。実害があるわけでもないし」

「そうですね。先生はさっさと俺に手紙の分類を託してきたくらいですから、一貫して適当にあしらっておけっていう態度ですね」

 翔馬はそもそも取り合う気がなかったなと、その頃から今までのことを思い出して言った。裏書のない手紙は渡すな。開封には最大限警戒しろ。それくらいの指示しかなかった。

「で、今回の安西の招待状には裏書あったために、千春の手に渡ったってことか」

「ええ。しかし安西青龍の名前を知らなかったために、誰だってなったわけです」

 そう。ちゃんと裏書があったから千春もパーティーに出席することにしたのだ。それも少人数だということを知ったからである。これが大人数のパーティーならば断わっていたというのも、行く前の言動で解っている。

「なるほどね。つまり、安西を嫌がらせの犯人にすることは難しいわけだ」

「嫌がらせの犯人が真っ先に殺されるってのは、どう考えてもおかしいですしね」

 嫌がらせと今回の事件を繋げるのは無理かと、二人は乾いた笑いを浮かべるしかない。たまたまだと考えるのが、やはり自然な流れなのだ。だというのに、どうしても繋げて考えてしまう。

「封書だったから、とか」

「ああ。そうかもな。嫌がらせもずっとメールじゃなくて手紙だった。で、今回の招待状もメールではなく手紙。それがどうしても引っ掛かる原因だよ」

 今時、手紙で送ってくるかなと英士は首を捻る。

「メールだと、迷惑メールフォルダに分けられて終わりだからじゃないですか。手紙だったら物理的な攻撃にもなりますしね。実際、カッターの刃で怪我しそうになりましたし」

 あれは危なかったと、翔馬は手紙の危うさを、身をもって体験することとなったのを思い出す。カッターの刃が入っているなんて思っていなかった頃、千春の注意があったにも関わらず普通に手紙を開封したら手を切りそうになった。

「なるほどね。たしかにメールで攻撃となるとウイルスくらいだけど、人工知能を研究しているような奴に、そんな馬鹿なものを送る奴はいないか。コンピュータに関する知識は一般人以上だからな。攻撃が届く前に終わってしまうか」

 その手前で撃退されるのは解っているわけだなと、英士は頷く。なるほど、手紙で嫌がらせというのは意外と理に適っている方法のようだ。

「ええ。しかしねえ。やっていることは小学生と変わらないわけですよ。カッターの刃を入れたりカレーせんべいをいれてみたり。一体何がしたいんだって話です。迷惑ですけど、それで研究が止まるなんてことはないし」

「まあな」

 それもそうだと、英士は同意する。実際に手紙が山になろうが怪我しそうになろうが、そのくらいで研究は中止にならない。また、本人もさほど気に留めるような嫌がらせでもないから騒ぎもしなかった。

「手紙って残っていたりするのか」

「ええ。ちゃんと置いてありますよ。もし違う方法を取って来た時のために残しておけって、宮路さんが言ってましたからね。違う方法って何だって、ぞっとしますけど」

「ああ、証拠としてってことね。警察が具体的に被害が出ないと動かないってところは、ストーカー被害と変わらないんだな。ちょっと見せてもらってもいいかい」

「ええ」

 翔馬は頷くと、手紙の山を適当に突っ込んでおいたゴミ袋を二つ持って戻って来る。研究室の隅にゴミ袋に入れて保管している時点で、何とも思われていない証拠と言えた。

「かなりの量だな」

「ええ。何だか、もういいかって捨てるのも面倒になってくるというか。多い日は一日で二十通も届くんですからね。悪戯と判断したら全部ここに突っ込んであります」

「だよな」

 置いておけというならば仕方ないかとなり、こうしてゴミ袋に詰め込まれるに至ったというわけだ。英士は適当に摘まみ上げる。先ほど怪我しそうになったと聞いたばかりだから、思わず慎重になってしまう。

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