第9話 安西登場
パーティーの開かれるダイニングに千春たちが行くと、そこには二人の女性がいた。一人は玄関先であった弟子の桃花だ。子どもっぽい彼女は、その雰囲気によく似合う水色のドレスを着ていた。
もう一人は、非常にグラマーな女性である。年齢は四十くらいだろうか。ボディラインを強調した赤色のドレスが、非常に妖艶な雰囲気を作り出している。その女性が、入り口に立つ二人に気づくと立ち上がった。
「先生方どうぞ。私は安西の主治医をしています、
そう自己紹介し、自分の前の席を勧めた。それに千春は恐縮し、友也は持ち前の社交性を発揮してにこりと笑った。
「ありがとうございます。私は安達友也、こちらは大学の准教授である椎名千春先生ですよ」
「存じております。このパーティーをするにあたり、安西がとても熱心に皆さまのことを調べておりましたから。安達先生の建てられた美術館にも行きましたの。自然光を取り入れた素敵な設計で、安西と二人で楽しませていただきましたわ。それに他の名前のあれも」
くすっと悪戯っぽく笑って美紅はまず友也と握手をする。それに友也はそつなく笑顔で応えた。そして次に美紅は千春に向き合う。千春は不可解なことを聞いたような気がしたが、緊張でそれどころではなかった。
「椎名先生の論文も拝見しました。人工知能の新たな可能性を探られている。その素晴らしさが伝わってきましたわ。中でも心の研究。あれは非常に刺激的でした。医者としても、非常に興味の惹かれるものです」
「あ、ありがとうございます」
千春は差し出された手を握り返しながら、相手が論文まで読んでいる事実にどぎまぎしてしまった。専門的なことを理解した上でというのは、別の意味で緊張する。あれをどう解釈したのか、今すぐ聞き出したい衝動を抑えるのに大変だ。
そんな挨拶をしていると、残りの二人もやって来た。その二人にも美紅は丁寧な挨拶をする。
「今村先生ですね。先生の書かれた『双子山荘殺人事件』拝読しました。非常に面白かったですわ。特にあの、最後のトリック」
「ああ。言わないでください。今、読んでいる途中なんですよ」
一緒にいた忠文がそう割って入って、三人で盛り上がっている。
なるほど、彼はミステリー作家なのかと、千春は大地を観察していた。正直、ミステリーなんて書きそうにない。どちらかといえば青春小説でも書いていそうな顔をしているのにと、妙な考察をしていた。
「では、違うところを質問しますわ。犯人は言わないように気を付けますね」
「ええ。そうですね。他にも読んでいない人がいるかもしれませんし、できればオチに関わることは伏せていただけると助かります」
大地はにこやかに笑って、お願いしますと両手を合わせる。
「そうでしたわね。楽しみはちゃんと取っておかないと緒方先生に怒られますし」
「そうそう。あらすじはともかく全部話されては、面白さが半減してしまいます。ツイッターやインスタで読書記録として紹介している人がいますけど、あれもネタバレされると、困りますよ」
大地がははっと笑って付け足す。どうやら彼もネットに困っている一人らしい。千春は思わぬところで大地に親近感を覚えることとなった。
「犯人はともかく、『双子山荘殺人事件』について色々とお話をお伺いしたいですわ。丁度、この家のような山荘が舞台でしたね」
「ええ。お招きいただいたのは、そのせいかなって疑っています」
大地はそう言って、茶目っ気たっぷりに笑う。
「たしかに、それはもあるかもしれませんね。安西はあの作品をとても気に入り、一晩で読んでいましたわ。そういうところは、子どもと変わらないんです」
美紅はとても楽しそうにそんなエピソードを紹介した。それに大地は恐縮してみせる。
「いやはや。お恥ずかしいですね」
「またまた。二つそっくりな建物が、それも二つの山に建っていることがポイントでしたわね」
「ああ、それ以上は」
大地が慌てて止めたので、それが最後のトリックに関わっているのだろうなと千春は苦笑した。この大地という青年、なかなか面白い。
「緒方先生もお忙しいところ、すみません。安西がどうしても先生を呼びたいと」
「いえいえ。こうして新しい人と出会えましたからね。いい気分転換ですよ。さっきの本だって、普段だったらなかなか手を伸ばさないものですし」
「あっ、やっぱり弁護士の先生からすると、殺人事件をテーマに面白がるミステリーは嫌ですか」
大地はそう言って苦笑する。ミステリー作家として、そういう好き嫌いは気になるところらしい。
「いやいや。読むこともあるよ。ただ、最近の作家の本を読むことが少なくなっていたというだけさ」
それに忠文は大人らしい対応だ。本当に普段からミステリーを読んでいるのか。その真意は解らない。
「そうですよね。最近はどんどん若手が出てデビューしていますからね。俺もおちおち寝てられない日々です。すぐに次のヤツを考えないとって焦りますよ」
しかし、大地も見た目に反してそんな殊勝なことを述べている。千春は年下のそつがない対応に、いよいよヘマが出来ないなと冷や汗だった。
「皆さま、お席にお付きください。旦那様がお越しです」
そこに執事の田辺がそうアナウンスをした。全員がいそいそと席に着く。その前にはすでにフォークとナイフが並び、これからコース料理が振舞われることが解った。千春はもちろん、マナーってどうだったけと思い出すのに必死である。
「皆さま、ようこそ我が家においでくださいました」
そこに朗々と響く声がした。ダイニングの入り口に立った安西青龍の声だ。今日はぴしっとしたスーツ姿の安西は、画家というより学者のようだった。顎髭も違和感がない。
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