第4話 安西の自宅へ
問題の安西青龍の自宅は都心から少し離れた閑静な場所というより、山の中という表現が正しいような場所に建っていた。グー〇ルマップで位置を確認した時から嫌な予感がしていた千春は、げんなりとその家を見る。
ここまでのタクシー代は、後で安西が支払ってくれると言うが、それにしても結構な金額が掛かった。つまり、それだけ山の中だ。当然、交通手段は車しかない。バスも麓までしか走っていなかった。
しかし、これだけ大きな家を構えようと思えば、山の中になるのも致し方ないのかもしれない。しかも画家という職業だ。都会の喧騒から離れたかったのかもしれない。
それはいいとして、それはとても奇妙な家だった。二つの平屋建ての建物がくっついたような形をしている。どちらかがアトリエなのだろうと思うも、建物の規模は同じくらい。そっくりな建物が、渡り廊下で繋がっている造りとなっていた。どちらも純和風な造りで見分けがつかない。それに一体どんな意味があるのだろうか。
「スマホは、ぎりぎり入るな。よし」
建物の奇妙さよりも、問題はこっちだ。玄関のチャイムを押す前に、千春は普段ならば絶対にやらないスマホをチェックしていた。電波は良好。連絡が取れなくなるということはないようだ。
嫌がらせの可能性はないと思うものの、千春はまだこれが妙なことにならないかと心配してしまう。
「ここ最近のあれは、何なんだろうな。心当たりはあるとはいえ、おかしいんだよな。やっていることが稚拙というか幼稚というか」
「あの、椎名さんですか」
ぶつぶつと文句を言っていたら、恐る恐るそう声を掛けられた。
スマホから顔を上げて見ると、いつの間にか玄関ドアが開き、若い女性がこちらを見ていた。丸眼鏡が特徴的で背も低い。身長は一五〇ちょっとか。髪は長く腰のあたりまであった。全体的に可愛らしい印象を与えている。
「あっ、はい。そうです」
しまったと、千春は顔を引き締めると頷いた。ついつい考え事をして、思考が脱線していた。
「私、安西先生のところで修行しています、
「はい。すみません」
そして、千春は女性を前にすると、いつも以上に戸惑うという性質がある。無暗にぺこぺこと頭を下げると、急いで中に入った。
日頃、近くに女性がいない弊害だ。高校から理系クラスで女子が少なく、さらに工学へと進んだためこちらでも女子が少なく、異性に対してあまり免疫がない。
見た目はいいが、モテた試しがないのが千春だった。取り繕う性格と相まって、異性を相手にした時はイケメンも形無しとなってしまう。
「そこの応接室でしばらくお待ちください」
「は、はい」
玄関横にある部屋に通され、ようやく千春はほっと一息吐いた。まったく心臓に悪い。こういう時、翔馬がいれば適当に対応してくれるのだが今日は一人だ。これから、どれだけ緊張を強いられるか。
ここまで義務感でやって来たが、人付き合いが大の苦手なのだ。本当ならば知り合いの時のように嫌の一言で済ませたかった。そんな後悔が千春の心の中で渦を巻く。
通された玄関横にある部屋は、家の見た目に反して洋室だった。ソファセットが置かれ、ここで来客の対応が出来るようになっていた。それでも家の雰囲気を損なわないように、家具の総てが重厚感のあるアンティーク調だった。
「くそっ。これが百人くらいのパーティーだったら、絶対に断っていたのに」
桃花がいなくなると千春は思わず愚痴を零した。同時にまだ会っていない安西を恨めしく思う。どうして自分だったのだろうか。英士でもよかったではないか。他に気になる研究者くらいいるだろうと、心の中で文句を連ねる。
と、そこにドアが開く気配がした。また桃花かと思ったが、お盆を持って現れたのは老齢の男性だった。しかし安西ではない。スーツ姿のピシッとした人物で、顎髭もなかった。
「ようこそお越しくださいました。私はこちらで皆さまのお世話をいたします、田辺と申します」
そう名乗った
「は、はあ。お世話になります。あの、田辺さんは執事みたいな方ですか」
「ええ。そうですね。安西先生の身の回りのことも任されています」
「はあ」
千春は有り難くコーヒーを飲みつつ、画家って儲かるんだなと思う。執事のいる生活なんて、工学研究者には永遠に無縁の世界だ。特許を取ったとしても、利益は大学に入るだけ。研究資金は多くなるが、給料が良くなるわけではない。
「お待たせして申し訳ございません。他のお客様も揃われてから、客室に案内させていただきます。しばし、こちらでお寛ぎください」
「あ、はい」
色々と準備やら手順があるんだなと、千春はすでに帰りたくなっていた。こういう堅苦しくて面倒なことも苦手なのだ。
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