椎名千春の災難~人工知能は悪意を生む!?~
渋川宙
第1話 謎の招待状
人工知能と聞いて人が抱くイメージはそれぞれ異なる。
しかし、よほど正しい知識を持つ研究者や識者そしてマニアックな人以外、イメージには概ね恐れを含んでいるのではないだろうか。
人工知能はいずれ、人類を必要としなくなるのではないか。
殺そうとするのではないか。
シンギュラリティが訪れれば、SFとして描かれていたことが現実になるのではないか。
それは本能的な恐れに似ているのではないだろうか。
ここ最近話題になる論文もまた、その恐れのために随分と曲解されている。『人工知能が人間の心を理解するには何が必要か』というタイトルだけでも、ちょっとした恐怖を覚える人がいるだろう。
かく言う私も恐れを抱く一人だ。
正しい知識を持ち合わせていると思っているが、どうにも危機感は拭えない。どうして人工知能が人間の心を理解する必要があるというのか。機械は機械のまま、永遠に人間とは存在を異にするものであるべきではないのか。そんなことを思ってしまう。
論文を読む限り、この研究者も人工知能と人間が完全に同一の心を持てるとは考えていないらしい。しかし、人間の心の動きを理解し、判断させたいという。全く以て謎の思考だ。
ひょっとしてこいつは、人類を脅かす人工知能を作る取っ掛かりになろうとしているのではないか。そんな危惧を抱いてしまう。だが、大いに惹かれるのもまた事実だった。
そう、惹かれてもいたのだ。無機物に有機の心を与えようとするこの男に。
それは私の職業とも、どこか通じるところがある。だから私は、彼に会おうと決意を固めた。準備は慎重かつ大胆に、彼に自分の真意を知られないようにしながら、その研究を探りたい。
それと同時に、彼には絶対に知り得ない人の心が存在することを教えなければならないだろう。人工知能が万能だという幻想を抱かないうちに、正しく警告を発する必要がある。そのためにも、これから行うことが重要な意味を持つことになるはずだ。
「ああ、今から楽しみだ」
思わず漏れた笑みに残虐さが滲んでいたことは、自分でも自覚していた。
それは唐突な手紙だった。
面識もない相手から届いた手紙。しかもそれが招待状とあっては、より不可解と言うしかない。
しかし、不可解は不可解だが、まさかこれがとんでもない事件を呼ぶとは、この時は微塵も思えなかったのも全く以て不思議ではないことだった。
「誰、これ?」
自分の名前が書かれているので、間違って配達されたものではないと解る。綺麗な白色の厚紙の封筒には、流麗な文字で自分の名前が記されている。
結婚式の招待状を思い浮かべるようなものだった。が、裏書の名前に心当たりはない。どうやら友人が結婚するのではないらしい。では誰だ、と
手紙を受け取った場所は殺風景な大学の研究室の中。そう、招待状は大学に送られてきていた。
つまり学会の案内ならばまだしも、こんな大仰な封筒を受け取るような場所ではない。ちなみに千春は、そんな研究室で人工知能を研究する学者だ。一応、身分は准教授になる。しかし、本人が准教授であることを自覚しているかは甚だ謎だというのが周囲の評価だ。
端正な顔立ちに細身の身体。それを黒一色のコーディネートで固めた姿は、学者というよりさながらモデルのようだ。身長も一八二センチと高い。現在三十五歳だが、それを感じさせない見た目をしていた。よく学生ですかと間違われるほどである。
良く言えば若々しく、悪く言えば年相応の重みがない。そういう人物なのだ。
「一体どうしたんですか?」
そんな千春の独り言を耳敏く聞きつけたのは、千春の下で研究する
「いや、謎の招待状を受け取ってね。まったく知らない人からなんだよね。まず、開けていいものか。そこから悩むところだと思うんだよ。昨今、この手の嫌がらせは後を絶たないからさ」
「そうですね」
これが千春以外の男が言えばただの自意識過剰となるが、事実、ここ数か月は手紙による嫌がらせが増えているので同意する。千春の研究内容が気にくわない輩が、そういった嫌がらせをしているらしい。
このらしいというのは、断定に至っていないからだ。警察沙汰にも、知り合いの警官には一応の話したものの、正式にはしていない。
最も多いのが、こういう手紙の類だった。そこに古典的なカッターの刃を仕込んでいるものから、怪しい粉入りのもの、小学生のようなカレーせんべいを入れたもの、カエルの死体と多種多様なものが入っている。
どうしてそんな嫌がらせをと思うが、どうやらこれは千春の研究に絡んでいることらしい。ここでもらしいというのは、正確に千春の研究内容が伝わっていないために起こった誤解だからだ。
千春は至って普通の大学准教授の身分を持つ研究者なのだが、一般人には怪しい研究者として名前が知れ渡ってしまった。これは事実である。
そのきっかけはネットニュースだった。「人工知能がついに人間を操る!」なんていう見出しのついた記事で、そこに千春の名前が記載されていた。
もちろん、そこに書かれた研究内容はほぼ嘘であり、千春の研究を正しく理解していると思える代物ではなかった。人工知能が人の心を獲得し、ひいては人類を脅かすというようなことが面白おかしく書かれていたに過ぎない。
つまり、マッドサイエンティストとして千春が紹介されてしまったのだ。さらに見た目が良かったことも、その話題に尾ひれを付けるのに十分だったらしい。
いわく、自分より劣る人間を排除しようとしているのだと。そして偏った心を人工知能に与えようとしているとかいうものだった。
よくもまあそこまで空想できるものだと、この記事を読んだ翔馬は思ったものである。
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