第9話 ●決着 ~ こういうことだったのね

次の日、フォルテの傷は奇跡的に回復しており、フォルテは二次(最終)試験を無事受けることができた。


そして、試験の際、そのフォルテの演奏を聴いて、審査員たちはその素晴らしさからスタンディングオペーションを送った。


フォルテは、スラーのヒントから、


選曲はあえてクラシックではなく、ダイナーの食堂で弾いているような、誰しもが知っているノリの良いものに超絶技巧でアレンジして演奏した。


クラシックのクの字もわかっていない審査員たちには、それがとても新鮮に思えたようで、審査員たちの心をわしづかみにした。


こうなると、はた目からみると、今回の合格者はフォルテだと思われるが。




「では、今回の合格者ですが、チュー殿の派閥の、ネミさん、ということになりますが、よろしいでしょうか?」


審査員長のスラーの事務的な声が、審査員たちが集う会議室に響いた。


「異議なし。」×12


12名の審査員全員が手をあげて同意した。




「いやー、でもあの、オダワ町出身の娘の演奏はよかったですね。フォルテっていう娘でしたか。」


「ええ、あの演奏は素晴らしかった。」


「合格できないのが惜しいですよね。」


審査員の中から、フォルテの演奏を惜しむ声が聞こえてきた。




「審査員の皆さん、ここで一つ提案なのですが、今回追加で、オダワ町出身のフォルテさんも合格させたいと思います。」


スラーが先ほどの事務的な声とは違い、凛とした力強い声で提案をしてきた。


その提案に、審査員の中で、驚きと困惑の声だが広がった。


「ちょっとまて!そんなの認められないぞ!だいたい合格者は一回の試験で1名までだろ!」


このスラーの提案にかみついたのは、案の定、今回の合格者をだした派閥の代表チューだった。




「チュー殿、宮廷音楽家協会の規約はお読みになられましたか?そこには一回の試験で合格者は1名のみ、とはどこにも書いておらず、『合否判断については、審査員と協議の後、審査員長が合否の判断をする。この際複数名の合格を認めても良い。』と記載されておりますが、ご存じではないでしょうか?」


スラーは毅然とした態度で、チューに対して、規約について説明をした。


「だが、今までの慣例では、合格者は1名のみだったではないか!そんな2名だなんて、今回の私の派閥の合格者の価値が薄れる!」


当然ながら、チューは慣例を盾にして反論してきた。チューとしては当然の反応だろう。




「では、規約と慣例、どちらが優先されるべき野でしょうか?他の審査委員の皆さんはどのように思われますか?」


スラーの問いかけに、他の審査員たちは、どう対応していいのか迷っている。


おそらく、どちらの側についた方が今後有利であろうか、という打算をしているのだろう。




「そこでもう一つ提案です。今回なのですが、他に各々の派閥から11名の方が試験を受けられました。その方たちの演奏もとても素晴らしく合格基準に達していたと思われます。」


「なので、そのほか11名の方全ても今回合格、ということでいかがでしょうか?」


スラーの提案に、どちらについた方がよいか決めかねていた審査員たちの顔つきが変わった。


「そもそも、慣例に従って合格基準に達している方たちを不合格にすること自体おかしいことです。それにそうしたことを続けていれば、受験者のモチベーションも下がりますし、有能な人材を世に送り出すことも遅れます。なので、今後合格基準に達している方たちはすべて合格させること。」


「あと、試験についても月1回ではなく年1回に変更。受験頻度を減らすことにより、試験自体の価値も上がりますし、経費削減にもなります。いかがでしょうか?」


スラーが畳みかけるようにだした提案に、審査員たちの思考はついていっていないが、自分たちにメリットがあることは確信したのか、スラーの意見に大きく傾きかけている。




「では、今の、『合格基準に満ちているすべての受験生を合格させる』こと、『試験は年1回』に変更。この2点に同意してくださる方は挙手願います。」


スラーの案に、チュー以外の11名の貴族が挙手した。


「では、賛成多数ということで、可決ということにさせていただきます。以上です。」


スラーは一礼して、会を閉じようとした。




「ちょっと待て!そんなの認められないぞ!」


当然ながらチューはこの変更にかみついてきた。


「チュー殿、あなたは何を一番に考えていらっしゃるのですか?ご自分のプライドですか?それとも受験生、そしてこの宮廷音楽家協会についてですか?」


「うっ」


スラーの問いに、チューは言葉につまる。




「先ほど規約を説明しましたが、合否を決定する権限は、審査員にあるのではなく、審査員長である私一人にあるのですよ。今回あなたの派閥のネミさんの成績は正直言いまして合格基準ギリギリです。場合によっては不合格もありうる成績です。私が不合格、と言えば彼女は不合格になりますが、どうしますか?」


権力の乱用ギリギリの発言だが、チューに対してはかなり効果があったようだ。


チューは苦虫をかんだ顔をしながら、その後一言も発することはなかった。




「では、これで閉会いたします。皆さんご協力ありがとうございました。」


スラーはそう告げると、さっそうと部屋を後にした。


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