お節介な【稀能者】は針を打つ ~慣例を打ち破り、宮廷音楽家試験に合格せよ!~
まゆずみかをる
第1話 ●序章 ~ そこだ!
「フォルテ、まーたーおーちーたー!」
一人称をフォルテと、自らの名を使う小柄なウェイトレスが、黒いカッターシャツ、黒いジーンズに身を包み、アイスコーヒーをちびちびのむ青年に寄りかかるようにして、大声をあげている。
ここはカナガ王国の王都から少し離れたところにあるオダワ町。
その町にある食堂で、今その食堂の店主であるダイナーの皆既祝いが開かれている。
先日、原因不明の大病を患った店主ダイナーが、ある黒ずくめの不審者の手によって、奇跡的に回復したその祝いである。
だが、実際はそれを理由にした、店をあげての飲み会だ。
周りを見回せば、20名ほど入れば満席になる店内で、老若男女が酒を酌み交わし大騒ぎしている。
(なんで、ボクはここにいるんだ…。)
こういう席が苦手であり、こうした誘いは頑なに断っていた青年ノワールは、ナゼ自分がこの場にいるのか思い返そうそとしているが、いまいち思い出せない。
しかも今、この店のウェイトレスの娘フォルテに彼自身が原因でもないにも関わらず、ナゼか絡まれている。
「だから、まーたーおーちーたー!先生聞いている?」
「ハイハイ、聞いていますよ。」
先生と呼ばれた青年ノワールは、医師であり、この町で診療所を営んでいる。
なぜ、このような状況に巻き込まれたのか思い出した。
先日、食堂の店主ダイナーが、独身で食に無頓着なノワールのために夕飯の差し入れをしてくれ、その器を返しに来て巻き込まれたのだ。
もうすでに店内で飲み会が始まっていたので、巻き込まれないように、ソっと店先に器をおいて立ち去ろうとしたのだが、この今横にいるウェイトレスのフォルテに見つかってしまい、引きずり込まれたのだ。
「なんで、こんなに何回も、おーちーるーのーかーなー。」
彼女が落ちた、と連呼しているのは、定期的に王都で開かれている、宮廷音楽家の採用試験のことだ。
彼女はこの店でウェイトレスをしている傍ら、宮廷音楽家を目指している。
ちなみに彼女は未成年のため一滴もお酒は飲んでいない。なのにこの絡みようである。
「いや、わたしは審査員じゃないので、理由はよくわからないですよ。」
「あ、ひどーい。先生フォルテに関心ないんだ。」
ノワールがまっとうな返答に対して、さらに絡んでくるフォルテ。
「えー、とじゃあ、審査員との相性とか?」
「相性なんて関係ないわよ!」
「実力が発揮しきれなかったとか?」
「実力は発揮したわよ!」
「じゃあ、なんとなく。」
「なんとなくってなによ!!!」
ノワールが何を言っても、絡んでくる。何が正解なのかわからない。
(理不尽…。)
ノワールは天を仰いだ。
ノワールの口癖である、『どーでもいい』と思わず口走りそうにもなったが、それを言えば明らかに事態を悪化させる。それだけは避けたいし、早く帰りたい。
「フォルテちゃん、ちょっと盛り上げる曲を何か弾いてくれないかな?」
フォルテの絡みに堪えかねて、涙目になっているノワールを見かねてか、ダイナーが助け舟を出してくれた。
「ハーイ」
と、愛想のよい明るい返事をして、フォルテは店内に置かれているピアノに小走りで向かった。
(助かった…。)
ノワールが胸をなでおろすと、ダイナーがウィンクとサムアップをノワールにしてきた。
ダイナーの助け舟は感謝だが、こうなる前にもっと自分の店のウェイトレスをちゃんと教育しておけ、と思わず心の中で毒づいたノワールだった。
フォルテはピアノの前に座ると、その場の雰囲気に合う、アップテンポの誰もが知る地元の曲を弾き始めた。
それを聞いた客たちはさらに盛り上がり、酒の消費量がブーストがかかったように飛躍的に上がった。
ノワールもフォルテの弾く音楽を聴くのは嫌いではなく、むしろ好みであり聴き惚れてしまうほどのものだ。
だが、今はそんなことは言っていられない。ダイナーがくれたこのチャンスを利用し、この場から立ち去らないと。
そう思い、一応ダイナーに感謝の目くばせをして、店のドアをゆっくりと他の人(特にフォルテ)に気づかれないように開けようとした。
「ギシッ」
(しまった!)
ドアの音がならないようにし、ゆっくり開けたはずだったが、僅かにさせてしまった。痛恨のミスである。
『ピキーンッ』
フォルテはまるでニュータ○プのごとく、大音量の音楽や歌声の中からその音を聞き分け、ピアノを弾く手を止め、店の入り口のドアに目を向ける。
「先生が帰ろうとしている!!!」
フォルテのその掛け声を合図に、店内の数名の男たちが体半分店から出ていたノワールの足をつかみ、店内に引きずり戻した。
「おうちに帰してー!!!!!」
まるでアリジコクに引きずり込まれるアリを思わせる光景のなか、ノワールの情けない声が店中に響いた。
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