第13話 剣聖Mはぐちゃぐちゃに恋をする
「依頼、お疲れ様でした。報告書は私がまとめて提出しておきます。報酬はご利用の口座に振り込んでおいて問題ないですか?」
「ああ、問題ないです。よろしくお願いします。いやあ、すいませんねわざわざ。」
「いえいえ、これからは共に歩んでいくビジネスパートナーですから。円滑に仕事をしていくためにお互い頑張りましょう。」
「はぁぁ…素晴らしいお考えです。こちらこそよろしくお願いします。」
「あのー……」
「えぇ…こちらこそおねが」
「あの……!」
「「はい?」」
「私の病室で仕事の話するのやめてくれませんか。うるさいんですけど。」
ブリュレ家での激闘から数日。私が目を覚ますとそこは王立病院のなかだった。起きた直後にアイアンとランがナースコールの呼び方がわからないと騒ぎ看護婦に怒られてしまった話は今は割愛しよう。
あのあと気を失った私はアイアンに担がれてブリュレ家を脱出しこの病院にまで運ばれたらしい。骨折など怪我はなかったものの疲労が溜まっていたこともあり大事をとって入院することになった。まあ今日まで眠ったままだったのだからその判断も正しかったのだろう。
(体が鈍ってる……また鍛え直さないとな。)
手をグーパーさせながら私はため息をついた。筋肉量が落ちているためかそれとも心のせいか、体が重く感じた。
私がそうしているとヒカリさんが私のベッドの傍に置いてあった丸椅子から立ち上がった。
「それじゃあ業務連絡はこの辺で…マーリさんお大事に。」
「あ、はい。」
「妾は送ってくかの。アイアン、マーリを頼んだぞ。」
リオン=ブリュレ討伐に関する連絡を終えたヒカリさんが病室から出ていく。私もアイアンもそれをなんとなく目で追っていた。
「きゃっ!」
「「!」」
突然、ヒカリさんが悲鳴をあげた。部屋を出て私たちの視界から消えたタイミングだったため私もアイアンも身構えてしまう。
しかしその緊張もどうやら杞憂だったようだ。
「違うでござる!拙者は怪しいものではないでござるよ!」
「なんじゃ、オマッチョマンか。」
病室に現れたのは熊並みの巨体を誇るムキムキマッチョ、クッタ=オマッチョマンだった。今日は軍服を着ている。
「失礼するでござ…はぁあああああんっ!!!」
「どうしたの?」
「さすがマーリ殿!病衣も様になりますなぁ!!」
「は、はぁ…どうも。」
軍服を着ていてもこの人は変わらないみたいだ。
「それで、今日はどんな用事で?」
「おお、そうでござったな。」
アイアンからの質問にクッタが眉を上げて応える。そのまま丸椅子に座り警戒するように小さな声で話し出した。
「リオン=ブリュレと彼女の作ったバイオモンスターの解剖結果が出たでござる。」
「「!」」
私が首を切り飛ばしたリオン=ブリュレは政府直属の研究組織により調べられたらしい。なんでも彼女の研究はこれからのロッドリンの進歩に役立つ可能性があるのだという。
「解剖結果も何も…難しい成分の名前とか言われても僕たちはわかんないよ?」
「いや、こうしてマーリ殿たちに報告しにきたのにもちゃんとわけがあるでござる。彼らの死体に一つ明らかにおかしなことがあったでござる。まずバイオモンスターの死骸。これはまさしくバイオモンスターのもの、もっと言うならばリオン=ブリュレの親族あるいは従者の死体で作られたものでござった。」
バイオモンスターになるということは体の構造、つまりは細胞をつくる成分自体が人間だった頃のものとは変わってしまうらしい。言い換えればモンスターの強さの秘訣はその細胞にあると言っても良いのだ。
この細胞の名を『魔獣細胞』という。
魔王もリオン=ブリュレも人の細胞を『魔獣細胞』に変えモンスターへと変貌させるという点では同じ力を持っていたと言っても良いだろう。
「それがどうしたんだ?」
「いや、バイオモンスターには問題点はなかった。おかしいのはリオン=ブリュレの遺体でござる。彼女の死体は間違いなく"人間"のものであったらしい。」
「「!?」」
「つまりリオン=ブリュレには『魔獣細胞』がなかったのでござるよ。もちろん彼女が自分に打ち込んだ薬がモンスター化しないものだった可能性もある。」
「でも…それはおかしい。私もアイアンも一度彼女がモンスターへと変貌した姿を見ているから…」
時系列順で考えれば、リオン=ブリュレがモンスター化したあと、何かが起こり人間に戻ったと考えるのが妥当である。もしくは遅効性で人間に戻れる薬だったのか?
(…ん?)
ふと、私は誰かからの視線に気づいた。
「おお、今日はこの子がどうしても会いたいというから来たのでござった。マーリ殿のあまりの神々しさに失念していたでござるよ。」
「あ…」
そこにいたのはセリンだった。しかしその様子は前までのものとは違っている。
彼女は車椅子に座っていた。
「……」
私は思わず言葉を失ってしまう。しかしすぐにそんな態度は良くないとかぶりを振った。
「お姉ちゃん!おはよう!」
セリンの様子がとても明るいものだったからだ。私のそばにいたアイアンが私の耳に口を寄せる。
「リオン=ブリュレの実験の後遺症だ。足に力が入らなくて、動くのは腰から上だけらしい。」
「そう………おはよう、セリンちゃん!」
「うん!…お姉ちゃんお怪我大丈夫?」
「ええ、ちょっと疲れて寝ちゃってただけだから。もう元気いっぱいよ。」
車椅子を手で動かしながらこちらへ来るセリンをクッタが手助けする。
「あ、ありがとうございます!」
「うむ。」
まだ幼く痩せ型の彼女には車椅子を動かすのも至難の技のようだった。
「あのね!お姉ちゃん!今日はお姉ちゃんに言いたいことがあって来たの!」
「言いたいこと?」
「うん!あのねお姉ちゃん……」
「………」
きっとセリンがもう少し大人で、この場所に私とセリン以外の誰もいなければ私はその言葉を強く否定していただろう。
「助けてくれてありがとう!!!」
だってセリンを助けたのは私じゃないのだから。
☆
一通り話し終え、セリンとクッタが帰って行った。ランはヒカリさんと話し込んでいるのだろうか、未だに帰ってこない。病室には私とアイアンの二人きりだった。
私はアイアンを見つめた。あの件でなんとなく流れた感じになったが、まだ私は彼に謝っていない。
もう彼は気にしていないだろうが、私は気にしてしまっている。
(ちゃんと…謝らないとな。)
私は丸椅子に座ってうとうとしている彼に話しかけた。
「アイアン。」
「!」
びくりと彼の体が揺れた。
(言うんだ、ごめんって。言わなきゃ……!)
邪魔するなよ、私のプライド。
「アイアン、私あなたに言いたいことがあるの。」
「え、何、どうしたの?」
「………」
「マーリ…?」
「ごめん、アイアン。」
「!」
「軽い気持ちで好きって言って、そのまま逃げてごめん。思いを…裏切ってごめん。そのくせ馬鹿にしてごめん。本当にごめん。」
「………」
「私ね…スーパーヒーローになりたいの。幼稚だけど子供の頃からの夢なの。そのために色々…あなたを傷つけちゃったかもしれないわ。」
「……うん。」
「あなたに言っても仕方ないだろうけど…もう皆を馬鹿にして、出世したいなんて思わない。権力を持ってても私自身が強くなきゃスーパーヒーローにはなれないから。」
スーパーヒーローになりたい。
それが私の全てなのだ。
「何言ってんの?」
「え?」
なんで?と思った。なぜそんな拒絶するような態度を見せるのだろう。
ひやりと、心臓を撫でられるような感触はきっと嘘の仮面をつけていた自分なら味わうことはできなかったであろうものだった。
恐る恐る彼の顔を見ると、彼は笑っていた。
「マーリはもうスーパーヒーローでしょ?」
「………」
「強いしね。」
私が強い?何を言っているのだろう。私が強かったなら、もっと優れていれば、リオン先生の心の闇にも気づけたしセリンが歩けなくなることもなかった。
「でもセリンは…」
「セリンはありがとうって言ってたじゃん。それにマーリがいなきゃセリンもモンスターになってただろうし。いつまでもうじうじと落ち込んでたらセリンに失礼だ。」
「……それでも結局アイアンとランに助けられて」
「そんなの結果論だよ。一人の少女を守るためにあれだけの啖呵切ったなら、それはスーパーヒーローでしょ。」
何でそんなこと言うのだろう。強さが全てと言ったアイアンはどこにいったのか。弱いから私はセリンちゃんを守れなかった。それが事実ではないのか。
そんなことを考えているとアイアンが口を開いた。
「…………昔さ。」
「うん。」
「マーリに、スーパーヒーローに必要なのは『強さ』って言ったよな。」
「! う、うん。」
見透かされたのだろうかと彼を見ると、アイアンは何かを確かめるように自分の手のひらを見つめていた。
「…僕、強くなったんだよね。正直この世界の誰よりも強いって思ってる。勇者よりも魔王よりも。だからさ、気づいたんだ。自分の弱さに。」
「弱さ?」
「例えば僕が、今よりも弱くて、ピンチの連続だったらさ。きっと僕はマーリたちを助けに来れなかったよ。セリンを守ろうなんて思わない。もしかしたら置いて逃げちゃうかも。だって自分が傷つくのは怖いから。」
でも君は違った。
「強さは必ずしも一つじゃない。死を覚悟で誰かを守るために立ち向かったマーリは強いよ、きっと。少なくとも口だけのそこらのヒーローよりよっぽど。」
「私が…強い…………」
「……憧れるよ、マーリに。」
「!」
ぱあっ!と世界がひらけた気がした。猫を撮って初めて世界をちゃんと見た気がした。
(そうか……私は)
かつて憧れた人に憧れられるような人になれるんだ。
すると、先程の心臓を撫でられるような感覚が心地いいものに変わっていった。
(あれ……?)
ふわふわと体が浮かぶような、そんな感覚。
(あれれ………?)
な、なんかドキドキしてる。吊り橋効果?それにしては多幸感が強い。
「マーリ?」
「ひょえあっ!?」
「ど、どうした!?」
アイアンの顔を見て飛び上がってしまった私。顔が死ぬほど熱くて心臓が痛いほど鳴っている。
(嘘だ嘘だ嘘だ!この私が?勇者に助けられては簡単に惚れてたあの3人を心底馬鹿にしていたこの私が!?ちょっと助けられたぐらいでころっと落ちちゃうとか…は?)
なけなしのプライドがギリギリところで食いしばっている。
(ていうか私にはクロガネくんがいるじゃない!彼のことはもういいの!?そう…そうよ!アイアンのことだってクロガネくんに少し似てるから気になってるだけ!これは気のせいよ!錯覚よ!じゃなきゃアイアンなんて…)
「そういえば…」
「…っ……っ…………ん?え、え?何?」
アイアンが私に話しかけてきているのに気づいて顔を上げた。あれこいつってこんなイケメンだっけ?
「僕もお前に謝らなきゃいけないことがあるんだよな。」
「え、何?」
「いや謝るつうか…すごい言いにくいことなんだけど…」
「だから何よ。」
「お前は否定したけど、バイテンでマーリを助けたクロガネは僕なんだよね。」
「!」
「えっと…ほら!アイアンって鉄って意味じゃん。鉄のことを東の方では"クロガネ"って言うらしくてそこから取ったんだけど……いやなんつーか、マーリは好きって言ってたけど…中身は僕だったわけで…だめだ。なんて言ったらいいのかわからな………マーリ?」
「………」
「マーリ?」
「ぽーーーーーーん!」
「!?」
完全にトドメを刺されてしまった。
(もう何の問題も無くなってしまった。だって私の好きだった人が私が好きになった人と同一人物だったってことはもう私は100%好きなわけで、逆にここまで来て嫌いはもうないでしょ!てか今良い感じじゃない?仲直りもしたし!え?脈ありなの?こんな私でもいいの?だ、だって仲良くしたいって、そ、そういうことだもんね!あ、ごめんね私のプライド。あんたとはもうさよならグッバイよ!)
私の頭の中で流れる確定演出音。ドーパミンがドバドバと流れていた。
(いける!いけるいける!恋はハリケーンよ!少しでも後悔したらその瞬間には色褪せていくのよ!)
「ア、アイアン!」
「え、何?」
(いけっ!いけっ!がんばれっ!私っ!)
「も、もし私があんたのこと好きって言ったらどうする?」
それは逃げの一択だったわけで……
(私の馬鹿ァァァァァァァァァァァァァァア!!)
しかし後悔しても仕方ない、ここはアイアンの出方を伺って…
「え、嫌だよ。」
「ぽ」
「もうお前のこと恋愛対象として見れないし…それに一回フラれてるわけだし。」
「あ"」
「てかタチの悪い冗談やめろよもう〜!マーリだって散々僕のこと馬鹿にしてたじゃん。まあ仲直りもできたし、これからは仲の良い友達?同僚?として頑張ってこうよ!」
「…………」
「え?マーリ、どうした?」
「そ、そうだよねー。ははは、じょ、冗談だよ!うん!わ、私がアイアンみたいなダサい男と付き合うわけないじゃんかー!そ、そうだよねぇ……。う、うん!お、お互い頑張ろ…うよ!う、ううん!は、はは、ははははは!ははははははははは!」
「お、おい…まじで大丈夫か?」
やばい、やばいぞ頑張れ私。絶対に泣いちゃダメだ。戻ってこい私のプライド。
こうして、私の初恋は終わっ…
「アイアン!」
「! 今度は何だ!?」
ダメだダメだ。スーパーヒーローにピンチはつきものだ!諦めちゃいけない!
私は頭がいいので現状だって理解できてる。下がり切った信用を取り戻すものは突き詰めてしまえば行動しかない。
(今までのこと全部引いてもお釣りが出るぐらい魅力的になってやる!)
「また、リベンジするから……!」
「何を!?」
困惑するアイアン。そんなところも愛らしい。
「おい。」
「!」
しかし、そのとき彼の背後から犬耳の女が現れた。
「妾にとって害がなさそうだから優しくしてやろうと思っとったのに…目を離せばすぐにこれじゃ。」
犬耳酒カス娘ラン。彼女は今にでも噛みつきそうなほどの視線を私に送ってくる。めちゃくちゃ怖いがここで怯む訳にはいかない。
そう、この女。絶対に私のライバルになり得る女。5年前、いつのまにかアイアンと一緒にいた女。私からアイアンを奪った女。そのあとも当たり前のように彼の隣にいる女。
「なるほどね……あんたも訳ありなようね。」
「え、何?なんの話して」
「妾のものに手を出そうとする輩は絶対に許さん!」
「何よ、まだあんたのものじゃないでしょ?」
「んぐぐ……!」
「いいわ、どっちが先に手に入れられるか勝負よ!」
「望むところじゃっ!」
「え……何が?」
こうして、絶妙に諦めの悪い女マーリの快進撃が始まったのだった。
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