私の夢はネイチャーライター!

ゆうき

第一部

第1話 1997年 シャチの水槽の前で

 あたしの名前は真家ゆき。


 性格は猪突猛進。海なし県民。

 なんの変哲もない、平凡な、どこにでもいる小学5年生だ。


 好きなものは動物。絵を描くこと。文を書くこと。

 これは、シートン動物記の影響である。


 作者のシートンさんは、あたしの大の憧れの人だ。絵も文章も、本当にすごいと思う。

 彼みたいに野山を駆け巡って動物を観察したいけれど、残念ながらあたしの住んでいる場所は都会のベッドタウン。海もなければ自然もない。ここにいる限り、動物には会えっこない。


「ゆき、もういくからね!」

 あたしが水槽から離れないのに痺れを切らし、お母さんが大声を出した。傍には、お母さんにベッタリの妹。すんとした表情が、これみよがしに「ほら怒られた」と言っている。

 もちろんあたしは水槽から離れない。だって、ずーっとここに来たかったんだから。


 今日は待ちに待った、あたしの11歳の誕生日だ。大のお気に入りの黒パーカーに、リュック、白いライン入りのハイソックスという勝負服。プレゼントに買ってもらったスヌーピーのリュックには、いつも持ち歩いている無印のノートにジェットストリームの三色ボールペン。そして非常食と言う名のお気に入りのお菓子たちが詰まっている。

 --あたしは、今日ここで、家出をする。


 ここは千葉県の端っこにある大きな大きな水族館。海なし県民であるあたしの、ずっとずっと憧れていた場所だった。なぜならここにはあのこがいる。


 ブルーの水槽の奥から、ゆったりと近づいてくる大きな影。あたしは息を顰めた。すると、白と黒の巨体がにょきっと顔を出した。

(きたー!)


 シャチだ。


 興奮に、声にならない声が上がる。もう永遠にでも見ていたい!

 夢中でシャチの動向を追いかけていたあたしの頭が、思いっきり叩かれた。

「ゆき、いい加減にしなさい! みこちゃん、もうあっち行くって言ってるでしょ!」

「だって、あたしずっとシャチが見たかったんだよ?」

 ひどいひどい。いつも妹ばっかりだ。今日はあたしの誕生日のお祝いで、連れてきてくれたんじゃなかったの?

「そんな目して親を見るんじゃない」

 あたしの訴えをぴしゃりと跳ね除け、お母さんは腕を思い切り掴んできた。「みこちゃんがペンギン見たいんだって。行くよ!」

「あ た し は シャ チ が 見 た い!」

 てこでも動かない、って顔をしているあたしに、お母さんはこれみよがしにため息をついた。そして、悪魔の一言。「もう! お姉ちゃんなんだから、我慢して」


 ねぇ、皆さん。聞きました?

 あたしはそもそも、好きでお姉ちゃんになったわけじゃないんです。それなのに、何かあるたびにこれを言われる。こういうことにも、あたしはもう、ほとほとうんざりしていました。

 だから、家出を決めたんです。


 動物の観察をしたい。

 でも、わたしの住んでいる環境では難しい。

 1人でいきなり森に行くのは難しいということと、海なし県民のあたしにとってはこの水族館は憧れ中の憧れだった。

(お昼には、バイキングを三人で食べようって言ってたけど)

 お母さんがうきうきしながら予約してくれたことが頭をよぎったものの、またみこちゃん優先にされたらたまらない。


 あたしは、お母さんが目を離したその隙に、水槽奥に向かって駆け出した。


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