第85話 爽から詠史へ

 ただただ、良かった……しか出て来なかった。



 海辺にて釣り糸を垂らしながら、館での様子を思い返してた。


休日には、ボーッとしながら川釣りを楽しむのが私の楽しみだった。


視界の隅に、浜辺にて座り何かしておられる稜弥様が見えているのだけど……


(気にすまい)




 楓禾姫と湖紗若の母としての表情にて、再会の喜びを噛みしめていらした楓菜の方様。



 楓希の方様と、大殿様の娘として……


 楓希の方様にしがみつき号泣されている楓菜の方様を、優しく抱きしめて同じく号泣されている楓希の方様。更に、お二人を包み込むように静かに涙されていた大殿様。



 少し離れた場所にて、楓禾姫と湖紗若はお三方を見つめておられ。湖紗若がヒックヒックとしゃくりあげているのを、楓禾姫が優しく声を掛けながら、頬に伝う涙を襟元から取り出した、四角く縫った綺麗な布にて拭って差しあげながら。楓禾姫も涙されていた。


 その様子に私も、涙溢れて。それは、凛実の方様も、鈴様 なずな殿も、稜弥に様に、早月殿も同じ。


 殿様は、涙は見えないけど潤んだ瞳にて……泣いておられる凛実の方様の背中をさすりながら、楓菜の方様達の様子を見つめておられた。


 釣りをしながら。何刻経ったのか……


「詠史様、失礼致します。殿様より、館の客室にて話しをしたい。との事でございます。案内致しますゆえお願いします」


 と、館の使用人さんだろうか? 呼びに来てくれて。



「ありがとうございます」



 私は、急ぎ客間に向かう事に。




 さて、 客間に着くと、上座に殿様が。下座に私は腰を卸したのだけど……私の左隣に、湖紗若が 座っているのはどういう事なのだろう? 



 殿様は、苦笑されながらも、面白いというように、何もおっしゃらないし。



(なずな殿大好きな若君ですからね。監視の為に、おられるのですよね?)


 本当に侮れないお方ですね……



「詠史よ。六年前……こずえを……本当に申し訳ない事をしました。ごめんなさい」


(殿様……)



 

湖紗若がおられる事で、 どこか、和やかだった空気が引き締まった……



 一国の領主が、家臣に頭を下げておられる。改まった言葉使いまでされて。



「凛実の方様が姉を直ぐに人目に付かない場所に移して下さり、桜王家の方々の、姉には……山乃家には何の咎も無いと沙汰して下さいました。ですから……」



「しかし、その為に、真相を知りたい。と願った基史殿には辛い、何の情報も得られない事態に……早月を初め、楓菜の方に仕えていた持女などを、楓菜の方と共にこの島にこさせたのだ……私が『公』ではなく『私』の事情を優先した為に、詠史のように、悲しい思いをする事となった家族がどれだけあるのだろうか……私は、最後の務めとして、きちんと調べて謝罪をすると決めたのだ。自己満足と言われても良い。感謝の想いを直接に言いたいから」



「殿様。幼き時より、楓禾姫と共に、勉学だけでなく、稜禾詠ノ国の者として生きる心得や、必要な事をお教え下さった事感謝しても仕切れません。勇様と父から『殿が、体術や剣術などを学ばせるのは、楓禾姫様や湖紗若様を守るという、目的以外に。自分自身。詠史を守る為なのですよ』と教えてくれました。自分の立場、役割は何かを考え、絵師として楓禾姫様と湖紗若様を見守りながら、諜報活動もする。立ち位置を見つけました。山乃の家は事件とは無関係であると。切らずにいて下さり。御庭番の皆も外喜に私が狙われないように守ってくれました。少なくとも、殿様は、私と父には事件後の生きて行く為の保証をして下さいました。ありがとうございました」


「そうか……本当に謝しても仕切れないな。基史にも……」


 そう言って涙ぐまれた殿様。


 今日は、何回涙される殿様を見ているだろう? この歳まで受けて来たご恩を。生涯忘れずに生きて行こうと誓ったんだ。


「詠史」


「は、はい」


 唐突な呼びかけに、驚いでしまって。


「 すまない。驚かせて。詠史の名前の由来はあるのか?」


(殿様?)



「はい。ございます『周りの人を先導出来る人物』『文学や芸術に関心や才能がある人』になるようにと、 両親が名付けてくれました


「そうか……芸術の才覚は素晴らしいしな。最後の決定権は詠史が下す気がするしな。詠史は……楓禾姫を好いていてくれているのだろう?」




 唐突な殿様の言葉に緊張して……けど、分かる。湖紗若からの……い抜くような強い視線を感じるんだけど……



「はい」


 この想いは隠せない……正直に答えさせて頂く事にしたんだ。


「この瑠璃ノ島に付いてきたのは、楓禾姫を追いかけてであろう?」


「はい」



「正直でよろしい! 鈴には、勇の妻の弟を付けるとするか。楓禾姫は瑠璃ノ島に行くと報告に来た際『詠史様と稜弥様なら、鈴兄上様を。稜禾詠ノ国を。民を。幸せにする為力を尽くしてくれます』と、申したのだがな……『私』を優先してばかり…… そう言っている側から……親バカを許してくれ。私は、楓禾姫と湖紗若の幸せを、心から願っているんだ。楓禾姫を心より思ってくれている詠史に。お願いしたい。楓禾姫をこれからも、支えてやって欲しい。よろしくお願いします」


 涙と共に、私に頭を下された殿様……


「はい。 お誓い致します。この先も楓禾姫様を 支え守り抜くと」



「どうかな? 湖紗若。詠史は楓禾姫を任せるに足る男かな?」



 先ほどの涙どこいったのだろう? どこか、面白そうに湖紗若に尋ねられた殿様。


「はい。エイシは フウひめさまを まかせられます けど リョウヤ は わかりません」


 大真面目な湖紗若……


「ふ、ふふ……アハハハハ!」


 殿様……大爆笑されている。


 満足そうに笑っている湖紗若。



「詠史は、湖紗若のお眼鏡に叶ったようだぞ! 良かったな!」


 殿様と湖紗若は、満足でしょうが……



 稜弥様……か……



 けど、楓禾姫への想いは諦められないのだから……








































 













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