第8話 FR開発の余波

 翌朝、牧村が起きて新聞とインターネットでつまみ読みをすると、前日の首相の談話は、各新聞1面トップで報じている。


 取材の時間がなかったので、内容的には薄いが、いくつか識者にインタビューをしてなかなか鋭い意見を述べている人もいる。概して、首相に対しても開発に対しても好意的な扱いであった。

 だが、A新聞は『この技術を我が国のみで占用するのは世界平和の見地から見ても問題があると思うのは、筆者のみの考えだろうか』と平常運転だ。


 時差のある米国からの反応は、かなり大きい。政府としての正式なコメントは出ていないが、報道官からは『注視し、実際に有効なものなら、米国としても今までの友好関係から、技術供与を受けられるものと考えている』とのコメントが出ている。


 いつも通り、大学にでて、気になってネットで株価をみると、まだ市場が開いたばかりだが、あまり動きはない。経産省の発表待ちということであろう。そうしているところに、山戸教授から内線電話あった。


「牧村君、記者会見を大学でやるよ。明日10時からだ。出席は私、山村教授 機械工学の佐野教授と電気工学水谷教授と君だ。空けておいてくれ」


「記者会見ですか?」

「うん、一社ずつではきりがないからね。それと、経産省の発表について一緒にテレビを見よう。僕の部屋に来ないか」

「ええ、まいります」


 10時前、山戸教授の部屋に着き、テレビのスイッチを入れる。

 発表は、40歳くらいの経産省の産業指導課の課長からであった。発表の骨子は以下である。

 1.電力会社について、料金改定に当たっては現有施設の償却を考慮する。しかし、核融合発電機の導入による人員減(メンテナンス要員の大幅減等による)および管理部門のコスト削減については、取り組みを要求する。


 2.とりわけ影響の大きい石油化学関係の企業、発電設備の製造に係る企業については、今後急速な普及・製造が見込まれる核融合発電装置の製造、建設に転換する。その転換にあたっての融資には国が介在する。


 3.今後車両の電気駆動化に伴う、エンジン製造数の減少、さまざまな部品の陳腐化による業種転換はメーカーと協力して、スムーズな転換を行う。新型の高性能バッテリーの充電は工場で行う必要があるので、基本的には今のガソリンスタンドはバッテリー交換所になる。


 4.アルミ工業については、優先的に小型融合発電機を割り当て、生産増に努める。これは、新型モーターの主要部にアルミを多用することが大きな要因になっている。


 5.これら、莫大な投資に係る融資ついては、基本的には市中銀行が行うが、国が一定の要件を満たしたものは利子補助、補償等の措置を行う。


「よく考えているね。たぶんこれで、大きな問題は起きないだろう。しかし、業種にとっては消えていかざるを得ない。その業界に居る人のことを考えると胸が痛むね」

 そのように山戸教授が少ししんみり言う。


「はい、私の友人にも何人かはエネルギー関係の会社に勤めているものもいますからね」牧村もそれに同意する。


 さらに、牧村に山戸教授から突然の話がある。

「さて、明日は記者会見だけど、その後は大分忙しくなりそうだ。

 経産省の話にもあったが、FR機を早急に建設する必要がある訳だ。そして、どっちにしろ専門技術者はいないのだから、今後仕事がなくなるのが確実な業種の人達に従事してもらう。

 そのため、全国から人を集めて集中セミナーをやる。講師は、開発に携わったメンバーだけなので、そう大規模にはやれないが、第1陣で100名を受け入れる」


「ええ!100人!いつから?」牧村は驚く。


「今日は9月の11日だが、21日の日曜日には江南市に入るそうだ。

 場所は、皆が集まってやるときは、大学の大講義室を使うけど、主として技術研究所にと用意されたビルを用いる。また、少し遅れるがバッテリーとモーターについてもやることになっている。


 モーターは順平君のお父さんの江南メカトロニクスで生産手法は確立した。だけど、全国に早く広めるため、どうやって量を早く作るかだね。これは、自動車メーカーが入らないと意味がないが、これは15日に予定されている。これには順平君も出席の予定だ」

 そのように山戸が淡々と説明する。


「あのビルを使うのですか。ところで、ビルの準備状況はどうなのですか」


「うん、ビルを見てきたけど1階を警備しやすいように大分改造している。君の部屋を2階に用意している。君の研究室のメンバーは皆ある程度は開発に携わっているので、講師役を勤めてもらう必要があるな」


「わかりました。でも、この際あちらにも居場所を作った方がいいかな。可能ですかね?」


「ああ、ビルは、大部分の用途は未定だ、5階建てだから、あの大きさだと教室としては2階を占めれば十分だろう。君たちも1階分の半分は使わないだろうから。現場に行って君の部屋と院生の部屋の内装について、指示をしてください。

 この名刺の人が改装の責任者なので、携帯に電話をかけて行ってください」

 そう言って山戸が牧村に名刺を渡した。

 

 その日は、さまざまな株価に大きな変動はあったが、当初懸念されていたような極端な振れはなかった。経産省の対策が功を奏したということだ。


 翌10時、大学の大ホールで記者会見が行われた。出席者は、予想を超えて200名あまり、海外のメディアも参加している。

「本日は、お集まり頂きありがとうございます。

 それでは、今回開発された、核融合発電、また新しいタイプの高効率バッテリーとモーターに係る記者会見を始めます。

 まず開発に経緯、装置に関して簡単に説明します。これについてはお手元に資料がありますのでご覧ください」

 山戸がまず口火を切った。当面、順平のことは秘めておくことにしている。


「この開発された核融合装置に使われているメカニズムは、従来開発中のものと比べて全く異なるもので、従来必須とされてきたプラズマ反応を必要としていません。

理論的な裏付けは、ここにいる牧村准教授が中心にまとめたもので、現在ネイチャーに投稿中で、来月に掲載されることになっています。

 また、他の特徴としては、従来必要とされてきた、3重水素、つまりトリチウムを必要とせず、単なる水素ガスを反応に用いることができる点がまずあります。さらに、従来は核反応によって一旦熱を発生させ、その熱でタービンを回して発電を行うものでした。


 これを、電子の流れを取り出すというかたちで反応炉から直接電力を取り出すことができます。発電という機能のためには、非常に都合のよい特徴で、装置がコンパクト、かつシンプルである理由でもあります。

 こうして、理論解析に基づいて、昨年11月経産省から新技術開発枠の補助金を決めて頂き、実機開発に着手しました。実機の開発については、ここにいる山村教授に指揮を執っていただきましたが、関係した人々、機関、民間会社のご努力の結果わずか9カ月余りで試運転にこぎつけました。


 試運転を行ったのは、4日前の9月6日ですが、1時間の運転の後の点検の結果、問題がなかったので、現在連続運転を行っています。能力は、ご存知のように公称10万kWですが、実際の出力は10.5万㎾程度です。

 燃料は水素としては1.05g/時、電気分解前の水である水道水はわずか20㏄/時です。この発電機を設置している、四菱重工さんの工場内の使用電力が、現状で平均3万㎾位ですから、電力会社のグリッドに7万㎾強を返していることになります。

 以上が概要です。また、時間は30分に限らせていただきますが、質問をお受けします。ご質問についてはおひとりであまり時間をとられても困りますので、こちらから切らせていただく場合がありますのでご承知おきください。


 なお、実機をご覧になりたい方もおられると思いますので、ご希望を募ります。あとで、四菱重工構内で実機をご覧になりたい方は挙手をお願いします。はい、ほとんど全員ですね。それではバスを準備しますので、午後1時に大学の正門前においでください。

 視察終わりましたら、大学にお送りします。なお、送迎バス以外は四菱重工構内には入れませんのでご注意ください。ではご質問をどうぞ」


「N新聞の山田と申します。大変画期的な発表で感激しています。この新しいタイプの核融合発電というのは、理論、考え方の基礎になったものはありますか。」


「はい、牧村からお答えします。近年の核融合の研究は太陽の中の反応の模倣という方向のみですが、15年程前に常温核融合の話が出ました。そのときは私も若かったのですが、なかなか面白いと思っていました。どちらかと言えば、その常温核融合の話がきっかけで、なにかあるのではないかということで、試行錯誤して、今の理論にたどりました。」


 そのようなの質疑応答から始めたが、主要、あるいは印象に残った質疑を以下に挙げる。

Q「開発にはどのくらいの費用をどのようにかけたのか」

A「予算は25億円であったが、現状で23億円くらい使っている。装置費は20億円程度」


Q「今後、さらに発達させる開発は予定されているか」

A「基本的に、パッケージ化して10、50、100万kWの装置化の標準設計を行って開発を終了する予定」


 Q「実用化として、どこにどれだけ建設が予定されているか」

 A「来年早々から、民間企業、そのうち開発に携わった四菱重工はもう決まっているが、その他のいくつかが建設を始める予定と聞いている。むろん、政府が音頭を取ってということになるの、詳しくは経産省に聞いてほしい。聞いているのは、送電設備のハブに当たる原発等の位置に100万㎾級の設備を必要数設置するということである」


 Q「海外との技術提携、供与の予定どうなっているか」

 A「国の方針に従うつもりで、大学としては特に考えていない」


 Q「江南大学の我が国の留学生を、最近大学で進んでいる研究から締め出している。差別だ!」

 A「この研究にかぎらず、国益上重要な研究には留学生は入れない方針だ。これは、我が国に限らない」


 Q「江南大学では最近、大変多くの画期的な研究が行われているという話があるが、どうなのか」

 A「たしかに、言われるようにたぶん今年にも、注目される論文や成果が発表されるだろう。これは、本学の教育制度による成果だと思っている」


 Q「教育制度とは」

 A「基本的にはグループディスカッションで、あるテーマに様々な専門知識を持った人が集まって、議論することで、新しい考え方や案が形成される」


 Q「そんなことでそんなに画期的な成果が生まれるはずはない」

 A「事実、生まれてきている」


 Q「特許は取得されたのか。また、特許の出願者は?また特許料はその程度と考えているのか」

 A「特許はすでに公開中である、その新規性に鑑み今年中に取得の見込み。米国特許はすでに成立した。出願者はここにいるメンバーは入っている、しかし、その実施権は設立した江南大学技術研究所が持つことになり、発明者はそこから報酬を受け取ることになる」


 Q「どの程度の金額になるのか」

 A「国とも折衝中でまだ決まっていない」

 30分と言ったが、結局1時間かかり、11時30分に記者会見は終わった。


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