第2幕『渋谷カラオケ・ディテクティブ』

 十人は入れそうな広さのカラオケボックスの一室に、少女の歌声と、ヤル気のないタンバリンの音が響く。


「会いたい~会いたい~♪ とにかく会いたい~ずっと会いたい~♪」

「会い、たい」

 シャンシャン(タンバリンの音)。


「会いたいのかな~♪ きっと会いたいんだよ~♪ 今から会いに行くね~♪」

「行くよ、今から」

 シャンシャン(タンバリンの音)。


「ねぇお兄さん、さっきからヤル気感じられないんだけど~? それでも音大生? アゲる気あんの?」

「ねえよ!!!」


 遂にキレて言い返してしまった。

 タクシーで渋谷まで来たかと思うと、近くのカラオケボックスに無理やり連れ込まれて現在に至る。

 殺気立った俺を前にしても、目の前の少女はケラケラと笑うばかりで動じる様子もない。

 何から何まで意味不明だ。


 冷静になって見てみると、少女は外見やファッションこそ派手なものの、恐らく女子高生くらいの年齢。

 ここへ来る途中で探偵が云々言っていたけど、あんな遊ぶことしか頭になさそうな子が探偵であるはずがない。もしや新手の詐欺なのではないかと、不安になってきた。


「ごめん……俺、そろそろ帰らないと」


「えー、せっかちだなぁ……被害者の鮎見ちゃんにもそんな感じだったワケ? よく愛想尽かされなかったねぇ」


「俺と風町はそんなんじゃない。とにかく、遊んでる暇なんてないんだよ」


「現場なら行かない方がいいよー。行ったところで近づけないし、警察に見つかったらマークされるしね♪」


 恐ろしいことを言われ、浮かしかけた腰を再びソファへ沈める。


「さっきも私服警察が見張ってたっていうし……どうして、警察は俺をそこまでマークするんだよ。何か証拠でもあるのか?」


「それを今同盟で調べてもらってんの。せっかく追手をまいたのに、今下手に動いたら見つかっちゃうよ? このカラオケ店ならウチの顔も利くし、動かない方がいいって」


「調べてもらってるって……」


 するとその時、犬の鳴き声のような音が鳴ったかと思うと、少女が黒いスマホを懐から取り出した。


「ほらほら、新しい情報が届いたよ。鮎見ちゃんは六日前から大学の授業にも顔を出さなくなって、三日前から捜索願いが出されてたんだってさ」


「え!? どうしてそんな情報を――」


「だから、ウチは探偵だって言ってるじゃん。渋谷探偵っていうそれっぽい呼び名もあるんだってば。探偵同盟って、聞いたことない?」


 ――探偵同盟。

 そう言えば、ネットで話題にあがっていたのを見た覚えがある。

 確か、実績のある探偵のみで構成された組織で、警察とも協力関係にあるとか……。


「まぁ一言で言っちゃえば、探偵の派遣会社みたいなものでね。この三日間ろくに手がかりを掴めない警察に、鮎見さんのご両親は激おこでさー、警察経由で捜索依頼がきたってワケよ」


「捜索依頼……でもアイツは、もう……」


「そっ、ウチが捜索を始めた直後にこんなことが起きてビックリだよ。でもご両親からは追加で、事件の真相を解くよう依頼があったみたいでね」


「……容疑者の俺に接触した、ってワケか」


「まぁそんなとこ~♪ とは言っても、ウチはキミのこと別に疑ってないけどねぇ」


「疑ってない? どうして?」


 渋谷探偵がテーブルに座って、最初に注文してあったタコ焼きへと箸を伸ばしつつ答える。


「キミの経歴とか、ツブヤイターへの投稿とか見る限り、幼馴染へのコンプレックスで殺人を犯すタイプじゃないって思ってねぇ。ちゃんと会って話したいなって思ったの」


「俺のことを探ってたのかよ」


「そりゃ探るっしょ、探偵の基本だしぃ? でもウチは、捜査が進展せずに焦って、“結論”を定めて動いてる警察とは違うから」


 更に取ったタコ焼きを口へと運び、ゆっくりとよく噛んで飲み込んでから、破顔する渋谷探偵。

 その目は取調室で相対した警察官とは全く違う、温かな印象が感じられた。


「相手を知ろうと思うなら対話しなきゃね。一方的に質問ばっかりして相手を知った気になるとか、コミュニケーションで一番やっちゃいけないヤツじゃん?」


 語りつつ、渋谷探偵はタコ焼きを更にいくつか取って、俺の前へと差し出した。


「ウチのモットーは『コミュニケーションこそが推理の近道』。ってなワケで、まずはあんまり固くならずにゆったりまったり、キミのことを教えてくれないかな」


「渋谷、探偵……」


「その呼び方あんまりイケてないから『渋谷ちゃん』とか、『渋谷さま』とかにしてよ」


「……分かったよ。迷惑をかけて申し訳ないけど、よろしく頼むよ、渋谷“さん”」


「ほら早速、飛戸ちゃんがひねくれ者ってことが分かった。分かりやすいね~」


 渋谷探偵に苦笑を返しつつ、彼女が取ってくれたタコ焼きを口の中へと放った。


 まだ分からないことばかりだけど、彼女が風町を殺した犯人の捜査に協力してくれることは確からしい。

 事件の捜査状況も把握しているようだし、まさしく渡りに船だ。

 彼女と一緒ならきっと何とかなる。

 まだここから、ここ、から――


「辛ぁ……!? 何っ、だ……これぇ……っ!」


 舌が焼けるように熱くなり、喉の奥に痛みが走る。

 慌てて緑茶入りのコップを一気に飲み干した。


「アハハハ! ロシアンタコ焼き大当たり! キミ、相当運が悪いんだねぇ~♪」


 すぐ隣で渋谷探偵がお腹を抱えて笑った。

 文句を口にしようと思ったけど、喉がヒリつきすぎて大声を出せない。


 フロントに電話したあと、何とか声を絞り出して、緑茶のおかわりを注文するのだった。


        ◆


 まだ九九もろくに言えない年齢の頃の話だ。

 当時の俺は、遊具もろくになくて、樹木とベンチくらいしかない地味な公園でよくサックスの練習をしていた。


 何でサックスを選んだのかと言うと、恥ずかしい話、トランペット奏者の親父への対抗心からで。トランペットよりもパーツが多くて複雑な外見に惹かれたという、子どもらしい理由で。

 早く親父に追いつきたい一心で、子どもが扱うには重いことも気にせず、暇があれば公園へ行ってサックスの練習に明け暮れていた。


 同年代にはきっと、そんな俺が変なヤツに思えたのだろう。

 ろくに友達もできず遊び相手もいない。だから余計に、サックスに傾倒していく。そのせいで更に、周囲との壁が厚くなる。


 負のスパイラルに陥る寸前。

 そんな危うい日々の中で出会ったのが、風町だった。


 木々の葉が赤みを帯び、涼しげな秋風の吹き込み始めた公園に、見慣れない女の子が入ってきた。


 女の子はタンクトップにホットパンツ姿で、胸元に水着の日焼け跡が顔を覗かせていて、活発そうな印象。間違いなく苦手なタイプだ。


 どうせ、見慣れない公園に迷い込んだだけだ。すぐにどこかへ行くだろう。

 そう思って、俺はベンチに座ったままサックスの練習を続けた。

 しかし何を思ってか、女の子は俺の座るベンチまでやってくると、おもむろにすぐ隣へと座った。


(何だ、コイツ……!?)


 予想外でかつ初めての出来事に心臓が高鳴る。

 からかわれているのだろうか? まさか、邪魔をしにわざわざ俺の隣に? 慌てた俺の反応を見て笑うつもりか?

 とにかく、ここで反応したら負けだ。

 そう思って、俺は女の子を気にせず、演奏を続けた。


 公園に響く秋風の音と、若干走り気味のサックスの音。

 女の子は笑うことも、話しかけることもなく、ただ俺の横に座り続けた。


 そんな時間がどれほど続いただろうか。

 体力を使い果たした俺は、額の汗をハンカチで拭い、胸に手を当て、乱れた呼吸をゆっくりと整えた。


 そこで女の子が立ち上がり、ようやく口を開いた。


「また、聴きにきていい?」


 思いも寄らない問いかけ。

 すっかり息の切れていた俺はろくに言葉も返せず、無言でうなずくのが精いっぱい。

 でもそんな俺のそっけない返事を見て女の子は嬉しそうに笑い、公園から走り去っていった。


 それが風町との出会い。

 俺が本気でサックスに打ち込むようになったきっかけだ。


 その時、風町が何を感じ、俺の練習の常連客となったのかは分からない。

 いつかちゃんと答えを聞いて、お礼を言おうと思っていた。


「あの出会いがなければ、きっとサックスプレイヤーを目指すこともなかった」

「風町がいたから、俺は演奏を楽しいと思えるようになった」

「初めて、誰かに認めてもらえた気がしたんだ」


 そう伝えたかった。いつも伝えよう伝えようと思っていた。

 なのに小さなプライドと、大きな気恥ずかしさが邪魔をして。

 結局憎まれ口ばかり口にしてしまう。


 そして今ではもう――伝えたくても伝えられなくなってしまった。


 俺が犯人扱いされるのはまだ許せる。

 だけど、そのせいで真犯人が野放しになるのは許せない。

 最後までお礼を言えなかった風町に対して俺ができることと言ったら、この事件の真相を解き明かすことだけだ。


 だから俺は諦めない。

 風町を殺した真犯人を捕まえるまで、絶対に……。


        ◆


「……というのが俺にとっての風町だ。信じる気になったか?」


 カラオケボックスの一室。

 テーブルの向かいの席でポテトを食べ続ける渋谷探偵に問いかけた。


「結構いい話じゃん? もっと風町ちゃんにドロドロこってりな感情を向けてるとか思ってたけど、案外サッパリ系? はぐれ学生純情派、的な~?」


「いや意味分からん」


「要するに、飛戸ちゃんを信じてあげるってこと♪」


 ポテトのあまりを全部口に放り込んで、渋谷探偵が歯を見せて笑う。


「んじゃ、そろそろ本格的に推理を始めよっか。ちょうどあの子らも来たみたいだしね」


「あの子ら?」


 俺が問いかけると同時に、部屋の扉が開いて三人の女の子が入ってきた。


「ワンコ、マジおひさー! 寂しかったぞコノヤロー!」


「ワンコ、オイッス。そいつ何だ? とうとう彼氏作った感じ? ミユキというものがありながら、お前……」


「な、ナッちゃん、私と犬美いぬみは女同士だし……そんな関係じゃないよ……?」


 茶髪のツインテールで、子どものように小さな身長。

 鋭い切れ長の目に、黒髪ロング。

 そして丸い眼鏡に、おさげ髪という今どき珍しいほど生真面目そうな外見。


 茶髪の子は上品なジャンパースカート。

 黒髪の子はスカートの丈の身近なブレザー。

 丸眼鏡の子は白と紺にセーラー服に、真っ赤なリボン。

 まさしく三者三様。まったく特徴の異なる三人の少女が、俺と渋谷探偵の周りへと座る。


「飛戸ちゃん、紹介するね。この子らはみんなウチの幼馴染。茶髪の子がチョッパー、海賊漫画に出てきそうな感じでしょ?」


「むーっ! 何だその紹介はコノヤロー! 私はマスコットじゃないぞ!」


 チョッパーと呼ばれた小柄の女の子が、茶髪のツインテールをフリフリ憤慨してみせる。


「やだなー、それくらい可愛いってことじゃん?」


「えっ? え、えへへ、そうかな……私、可愛い、かな」


 両頬に手を当てて、顔を真赤にさせるチョッパー。

 単純な子だ。悪い男に引っかかるんじゃないかと不安になる。


「こんな感じで、褒められ慣れてないからガンガン褒めてあげてー」


「チョッパーいじりもほどほどにしとけ。この子見た目だけじゃなくて、頭ん中も子どもなんだから」


 黒髪ロングの子が緑茶をストローで飲みつつ、冷めた声で言った。

 あれ? それ俺の注文しておいた緑茶なんだけど……。


「この黒髪クールビューティーがナッツ。本名くるみちゃん。可愛らしい名前が嫌すぎて呼ぶと怒るから注意ね」


「もう呼んでるだろ。いきなり休日に呼び出されて喧嘩売られるとか、殺意がヤバいんだが?」


「ごめんごめん、ナッツの助けが必要なんだって。今度ナゲットおごるから許してよー」


「コーヒーもつけろよ」


 ナッツと呼ばれた子は俺のドリンクを飲み干すと、そっと俺の前にコップを移動させた。

 そうですか。金を払う気もないワケですか。

 相当したたかな子だなと、逆に感心してしまって文句も出ない。


「あなたが、事件で困ってるっていう飛戸さん、ですか? 大変なことになりましたね……」


 丸眼鏡の子が心配そうに俺の顔を覗き込んで、微笑みかける。


「でも安心してください。犬美ならきっと、事件の真相を解き明かしてくれますよ!」


「ミユキー、ウチは一応探偵だから……本名はちょっと……」


「あ! ごごご、ごめんね! えっと、原宿探偵、って呼べばいいんだけ……?」


「いや渋谷ね、今いるところ。原宿の名を冠するなら、もっとサブカルくさいファッションにしてるから」


「ごめんね! そっか、渋谷……渋谷探偵……今度こそちゃんと覚えたからね、犬美」


 またまた本名を呼ばれてしまい、渋谷探偵が困ったように笑う。

 どうやらこの丸眼鏡のミユキという子は相当な天然らしい。

 類は友を呼ぶというか、渋谷探偵に負けず劣らず、癖の強い三人だなと思う。


 いやそんなことより――


「どうしてこの状況で友達なんて呼んでるんだよ!? まさか、この子たちも探偵だとか言わないよな!?」


「ははは、まっさかー。この子らは全員パンピーだよ」


「じゃあどうして情報を漏らしてんだよ!? 守秘義務とかねえのか!? お前、探偵のくせに――」


「はいはーい、だから飛戸ちゃんはせっかちすぎだってば。ウチはこう見えても無駄なことはしない主義なの。ちゃんと説明したげるから、ひとまず座っときなー?」


 そこで店員が扉を開けて入ってきた。

 その手には緑茶がひとつ。渋谷探偵に促され、俺の前へと置かれた。

 飲まれたことに気付いて注文してくれていたのか。


「この三人は絶対に秘密をもらしたりしないから平気だよ。モノの見方がウチとはまったく違う子たちだから、一緒に話してると事件の推理が捗っちゃうってワケ」


「まさか、みんなでワイワイ話しながら推理するってワケじゃないだろうな」


「そのまさかなんだなー♪ これこそ、ウチの十八番『コミュニケーション推理』! ヒトは一人で考え込むより雑談でもしていた方がよっぽどアイディアが湧くから、これが結構使えるワケ」


「雑談していた方が……? どういう理屈だよ」


「まぁバラエティ番組の受け売りだから、詳しくは知らないんだけどねー」


「ソースがバラエティ番組って……」


 胡散臭いことこの上ない。

 でも正直な話、俺一人での推理には限界がある。

 いくら信じがたくても、渋谷探偵を頼るしかないんだ。


「なぁワンコ、今回の事件も解いたらお給料出るのか!? またみんなで遊びに行けるのか!?」


「そだよー。それも今回は、依頼人が大物だから割といい額♪ 終わったらみんなで千葉ニーランドでも行くべー」


「今テーマパークに行くのは、例の騒ぎが怖くないか? アタシはもっとヒトが少ないところに行きたいんだけど」


「なら、登山とかどうかな? 最近は初心者でも気軽に行ける場所が増えているみたいだし」


「ミユキのアイディア、超グッド! じゃあサクッと解決して、みんなで登山に行こうー」


 おーっ、と四人が仲良く手を挙げる。

 なんて女子高生っぽいノリに、私欲丸出しの動機。

 ただ、変に正義感を語られるよりは信頼できて、逆に安心できるかもしれない。


「なぁなぁ飛戸さん飛戸さん、アンタ大学生なんだろ? ここ最近、昼間はどうしてたんだー?」


 向かいの席に座っていたチョッパーが、テーブルに身を乗り出して問いかけてきた。


「大学は七月の前半にはもう終わったから、ずっとバイト漬けだったな。昨今の事件の影響でシフトに出れなくなった子も多くて、人手不足なんだよ」


「ワンコの情報によれば、バイト先はドラッグストアか。閉店作業までしてたら、午後九時に店を終えたとして、店を出るのは午後十時ってところかな?」


「せ、正解。昼過ぎに家を出て、いつもその時間帯に帰ってきてたよ」


 チョッパーの隣のナッツが口元に手を当ててニヤリと笑う。


「じゃあ飛戸っちのいない日中は隙だらけってワケだ。犯人からしたら、遺体を運びたい放題じゃないか」


「でもナッちゃん、ヒト一人を運ぼうとすると、スゴく目立つんじゃないかな……? 棺桶みたいなサイズの箱にでも詰めて運ばないといけないし」


「ああ、確かに。なぁワンコ、怪しい人影とか、大荷物を持ったヤツの目撃情報はないのか?」


「んー、今のところないねー。SNSで情報収集したりもしてんだけど、なかなか」


「SNSで?」


 俺が問いかけると、隣の渋谷探偵は先ほど使っていた黒いモノとは別のスマホを取り出して、操作を始めた。


「そっ。この子ら以外の友達にも、いい情報をくれた子にはギフトカードをあげるって条件で情報を募ってんの。もちろん、事件の詳細は伏せてあるけどねー」


「ワンコは変な友達が多いからな! 意外といい情報が集まるんだ!」


「チョッパー、お前その変な友達の一人なんだぞー?」


「ええ!? 私は別に変じゃないぞ!? 普通だぞ!?」


「はいはい、アンタたち二人とも変だから。まともなのはミユキだけだよ……ミユキはそのままでいてね」


「う、うん……変わらないようがんばるよ」


 傍目には仲良しグループの団欒にしか見えない会話。

 本当に、この子たちに賭けて大丈夫だったのかと、今さらながら心配になってきた。


「はいはい、推理を続けるよー? この事件の謎な点は、ミユキが言った通り、どうやって人間一人をバレずに飛戸ちゃんちに運んだかってこと」


「そう言えば警察がボソリと、宅配便やユーバーイーツの配達員しか目撃されてないとかぼやいてたな……」


「きっとそれだぞ、それそれ! 配達員に化けて遺体を部屋の中へ運んだんだ! 私の勘に間違いはないぞ!」


「いや間違いしかないから。人間一人を運ぼうと思ったら、どれだけ大きな箱に入れなきゃいけないんだよ。目立ちまくりだろうが」


「飛戸さん……遺体は、その……バラバラにされていたんですよね?」


 ミユキさんが恐る恐る問いかけた。

 現場を思い出させることを忍びなく思っているんだろう。

 渋谷探偵の言う通り、一番まともで、想いやりのある子だ。


「ああ……バラバラだったよ。いや、むしろアレは輪切りにされてたって言った方がいいな。ハムの切り方をイメージしてもらえると、分かりやすいかもしれない」


「ぎゃーーーー!? ヒドすぎるぞ、殺したヤツは人間じゃない!」


 殺され方は知らなかったのか、チョッパーが悲鳴をあげた。

 ナッツも痛ましげに表情を歪めて、口を開く。


「飛戸っち……ツラかったな。アタシらに……いや、ワンコにまかせてくれ。この子、見た目はチャラいけど、頭ん中はチャランポランじゃあないからさ」


 言われた当人の渋谷探偵はアゴに手を当て、黙って考え込んでいる。

 これまでにない真剣な面持ちにドキリとした。


「……ねぇミユキ、ユーバーイーツの宅配に使う保温バッグって、最大で何センチかな?」


「そう来ると思って調べておいたよ。一番大きなもので、四十センチかける四十センチのものだって」


「ありがとう。鮎見さんの身長は一六〇センチ強だから、バラバラにして詰め込んだところで、どうしたってサイズが足りないね」


「え……!? まさか、ユーバーイーツの宅配員が遺体を……!?」


「本物とは限らないけどね。ユーバーイーツのバッグはネットで誰でも買えるでしょ? 化けるのは簡単じゃん?」


「そう言えば、風町の身体は驚くくらい冷たかった……アレは、遺体を冷凍して運び入れたからか」


 発見した時は、生気を感じられないことに驚くばかりだったけど、今考えれば流石に冷たすぎる。

 アレは冷凍保存されていたからだったのか。


「でも待ってくれ。つまり犯人は、俺が最近ユーバーイーツに頼ってることを知ってたってことだよな? どうやってそんなことを知ったんだ?」


「そんなの簡単っしょ。飛戸ちゃんは毎日自分から『俺はユーバーイーツにハマってまーす』って暴露してたんだから」


 言われてみてハッと気付いた。

 俺は確かに自分から、ユーバーイーツを利用していることを毎日全世界に発信していた。


 SNS――ツブヤイターというツールを利用して。


「まさか、ツブヤイターか!?」


「だろうねぇ~。犯人は飛戸ちゃんがユーバーイーツばかり使ってるのをツブヤイターで把握した上で、配達員に成り済ましたってワケよ」


「よーし! じゃあ飛戸さんの投稿を観てるフォワードから探せばいいんだな? 私にまかせろ!」


「いやフォロワーな。まぁフォローせずに観てるヤツの中にいるかもしれないが、可能性はあるんじゃないか?」


「観るだけならフォローしてなくてもいいもんね~……遺体をバラバラにしたのも、運びやすくする目的があるなら怨恨が犯行理由じゃない可能性もあるし」


「でも犯人は、飛戸さんが鮎見さんと親しいことを知っていたんだよね? それを考えると、身近なヒトが犯人なんじゃないかな」


「身近なヒト……」


 最近付き合いがあるのはバイト先の連中に、大学の同期くらいなもの。


 でも名門女子大の知人がいると知られたら面倒くさいことになるから、風町との関係は誰にも話したことがなかった。


 それに、俺は人と深く付き合うことが苦手だから、誰かから過度な恨みを抱かれるような覚えもない。


 一体誰が、どうして、何のために風町を殺したのか、想像もつかない。


「飛戸さん! お前スゴいなコノヤロー!」


 そこで突然、チョッパーが大声をあげてスマホの画面をコチラへ向けた。


 画面に映っているのは――俺が以前動画サイトにアップしたサックスの演奏動画。

 どうして、その動画を――!?


「これ『吹いてみた』ってヤツだろ? 流行りの曲から昔の曲まで、スッゲー色んな曲を演奏してんじゃん! 私、音楽はよく分かんないけど上手いことは分かるぞ!」


「再生回数が一万超えてるのも結構あるんだな。ツブヤイターでの投稿も多いし、結構スゴくないか?」


「何でお前たちが知ってるんだよ!? やめろ、観るな!」


「もう手遅れだって~♪ 最初に言ったじゃん? キミのSNSでの投稿も確認済みだってさぁ」


 渋谷探偵がイタズラっぽく笑う。

 どうやら本当に、俺の何もかもを知っているようだ。

 今まで誰にも明かしたことがないのというのに、探偵同盟の情報網がスゴいのか、渋谷探偵がスゴいのか分からないものの、とにかく戦慄した。


「でも飛戸ちゃんの性格的に意外だよねー。ファンから声かけてもらったら逐一丁寧に返してるし。キミひねくれてるから、こういうミーハーな趣味はないと思ってたよ」


「ひねくれてて悪かったな。暇つぶしで作ってみたら意外とウケがよくて……やめるにやめられなくなったんだよ」


 人気を集めるために動画投稿を続ける自分に、嫌気が差したこともある。


 でも、動画の再生回数やSNSのフォロワー数が伸びる快感を忘れられず、結局ウケるために続けてしまったのが本音だ。


「いつかもっと胸を張れるくらいの投稿者になれたら、風町にも打ち明けようって思ってたんだけどな。結局、風町にも、誰にも打ち明けられず……このザマだよ」


 最初は真面目に投稿してた。でも次第に、人気を取ることばかりに意識がいって。最近は調子に乗って、投稿する必要がないこともベラベラとSNS上で発信するようになった。


 そのせいで、風町は死んだんだ。


「俺がツブヤイターでユーバーイーツのことを話してなかったら、風町は死ぬことはなかったんだ。俺が……俺が風町を殺したも同然だ」


「いやそれは自意識過剰。考えすぎ」


 渾身の懺悔が渋谷探偵に一蹴された。


「悪いのはあくまで殺したヤツでしょ。こんな犯行に及ぶヤツは、仮に飛戸ちゃんが目をつけられなくても、いつか同じようなことをしでかしてたって」


「そうですよ、飛戸さん。自分を責めたりせず、犯人探しに集中しましょう」


「アタシらも手伝うからサクッと解決すんぞー。飛戸っちの救済と、お給料のためになー」


「私も応援するぞ! 飛戸さんなら大丈夫だ、一緒に謎を解こう!」


 四人から温かな言葉をかけられ、少し胸が軽くなる。


 俺が犯した罪は消えない。

 でも彼女たちの言う通り、今自分が行うべきは、落ち込むことよりも犯人を見つけ出すことだ。


「……ありがとう、少し救われたよ。俺の過去をどれだけ漁ってもらってもかまわない。だから、風町を殺した犯人を、一緒に探してくれ」


「ふふふ、なら容赦しないから覚悟してよねぇ~♪」


 それから、ポテトとナゲットを追加で注文してから、推理という名の雑談が始まった。


 犯行時刻は昼過ぎから午後二十二時までの間。

 一番の問題は、ヒト一人分の遺体を、どのようにして誰にも気付かれずに俺の自宅内に運び入れたかだ。


 ユーバーイーツの配達員に扮したという推理は、説得力があるものの、バッグのサイズ的に一度の配達では運び入れられないのがデメリット。


 そう何度も同じ配達員が出入りしていたら、誰かが異変に気付くはず。

 つまり、そうならないためのトリックが存在するはずだ。


 それに、犯行に至った理由もまだ分からない。

 この事件にはまだ、分からないことが多すぎる。


「飛戸っちって、意外とツブヤイター上だと紳士というか、ファンへの物腰が柔らかなんだな。アイコンのイラストもイケメンすぎ……つーか別人だろ、これ」


「うるさいな……演奏が上手いとイケメンに思われるんだよ。だから、ファンへのレスもアイコンも意識的に爽やかな印象にしてる。ファンの理想を崩さないためにな」


「おおー、意外とエンターテイナーしてるんだな。顔に似合わず」


「顔に似合わなくって悪かったな!」


「おおっ、ツブヤイターに写真あげてるこのラーメン、私も知ってるぞ! 黒いスープのジローだろ? ここウマいんだよなぁ」


「ああ、よく知ってるな。地元だから前はよく通ってたんだよ、最近はかなりご無沙汰だけど」


「ふふ、ひと目で分かっちゃうなんて、流石は大のラーメン党のチヨちゃんね。それにしても飛戸さんは、お写真をたくさんあげていますね」


「いや、その、写真がない投稿は伸びが悪くて……」


「分かる気がします。やっぱりファンがSNSに求めるのは、身近で親近感の湧く投稿ですもの」


「イケメンな対応に身近な写真がいっぱい……あともうひと押しで、いい考えが浮かびそうなんだけど」


 渋谷探偵がポテトをつまみながら考え込む。

 俺にはまだ全然分からないけれど、彼女には何かが見え始めているようだ。


「あーーー分かったぞ! きっと犯人は怪しまれないよう、時間帯を分けて遺体を運び入れたんだ! 最初に半分、そのあとに残り半分、ってな感じで!」


「チョッパーにしては冴えてるな。でも多分、それは厳しいと思うぞ」


「ええー!? どうしてだよ、ナッツ!」


「気温を考えてみろって。今の時期にそんな長時間、遺体を放置してたら悲惨な状態になるって。飛戸っちの話じゃ、別に部屋の中が涼しかったワケでもないしな」


「ああ。記憶する限り、遺体の状態に違いは観られなかったと思う」


「そんな違いがあれば、流石に検死ですぐに分かるでしょうしね。遺体を複数に分けて運び入れるというのは、いいアイディアだと思いますけど……」


「――飛戸ちゃん、ひとつ質問いいかな?」


 そこで渋谷探偵が口を開いた。

 俺がうなずくと、思いも寄らない質問を投げかける。


「キミんちの冷凍庫ってもしかして……ずっと空だったんじゃない?」


「えっ……ああ、まぁ。ユーバーイーツに頼り切りだったし、冷蔵庫に入れていたのはせいぜい飲み物くらいだったな。冷凍庫なんて使ってなかったよ」


「じゃあ決まりだね。分かったよ……犯人の正体も。犯行に使われた、最悪にえげつないトリックの全貌も」


「ど、どういうトリックなんだ!? 教えてくれ!」


「はい、慌てない慌てなーい♪」


 前のめりになった俺の唇を指で押さえて言葉を遮り、渋谷探偵がヒヤリとするような冷たい微笑を浮かべた。


「飛戸ちゃんもやられっぱなしはヤでしょ? せっかくだからひとつお返しをしちゃおうよ……キミの大切な幼馴染を殺した、最低の殺人鬼にね」


                               ――第2幕、完

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