第16話
「遅かったな」
身嗜みを整えてから控え室に戻ると扉を閉めたくなるような光景が広がっていた。
鬼の形相を浮かべた父が仁王立ちで扉の前で待ち構えていたのだ。
「お、遅くなりました…」
頰が引き攣ってしまうのは父から発せられている冷気が寒いせいだ。
低めの声で「何をしていた」と尋ねてくる父。イチャイチャしていましたと言えるわけがない。言ったら最後ベルンハルトと会う時間を減らされるに決まっている。
「あら、その質問は野暮よ」
「ベラ?」
「恋人同士が二人きりだったのよ?仲良くしていたに決まってるじゃない!」
満面の笑みで答える母に頭が痛くなる。
誤解を招く恐れがある言い方をするのはやめて欲しい。助け舟が来たと思ったら大砲を撃たれた気分になる。父に続いてアードリアンまで冷気を放ち始めた。
「お前達、まさか…」
わなわなした様子で言ってくる父に溜め息を吐く。
ほら変な勘違いしてるじゃないですか。
キス以上の事はしていない。服だって乱れていないのに。
「変な勘違いをしないでください。何もしていませんから」
「そ、そうか」
睨み付けると威圧されたのか父は一歩後ろに下がった。
話題を変える為にも聞きたい事を聞かせて貰おうと口を開く。
「お父様、どうしてベルン様と二人きりになる事を許してくれたのですか?」
「本当は嫌だったに決まってるだろ!」
間髪入れず返してくる父に首を傾げる。
嫌だったのに許した?
どういう事なのだろうか。
「疲れているリーゼが喜ぶかと思って許したのに全然帰って来なかったから騒いでいるのよ…」
震えるだけの父に代わって答えてくれたのは母だった。確かにベルンハルトと二人になれるのは嬉しい。ただ家族の共通認識とされているのは恥ずかし過ぎるので微妙な気分だ。
「家族公認だね」
「ベルン様は少し黙っててください」
親の前で腰を抱かないで欲しい。
本当にすぐ触りたがる恋人だ。嫌じゃないけど二人きりの時にして欲しい。
「ランもそろそろ二人を認めてあげたら?」
「嫌だ、結婚するまで認めない!」
子供ですか。
有能な宰相に憧れを持つ人が娘のことで駄々を捏ねる姿を見たら卒倒ものだろう。絶対に外には出せない。
「結婚したら認めてくれるみたいだね」
ベルンハルトの言葉に父の動きが固まる。
しまったという表情だ。
自分の発言の意味に気が付いていないって阿保なのだろうか。普段の判断力はどこに消えたのか気になりどころだ。
「み、認めないぞ!」
「ランベルトも諦めが悪いな」
父と婚約者。どちらが子供なのか分からなくなってきた。
「とにかく家に帰るぞ!」
口喧嘩で勝てなくなったのか父は私の手を引っ張り始める。抵抗するのも面倒なのでされるがままになっておこう。
「リーゼ、またね」
「はい。また学園で…」
ベルンハルトの顔を見て、ちょっとだけ帰りたくないという気持ちになったのは黙っておくことにしよう。
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