第4話

戸惑う私とユリアーナにアレクシアは眉を下げて笑った。


「ここの世界は乙女ゲームによく似ていますね」


頰を引き攣る私を他所にユリアーナが「アレクシア様も前世持ちですか?」と食い気味に尋ねる。


「えぇ、そうよ。その様子だと二人も同じみたいですね」


首を縦に振られる。まさか三人目の悪役令嬢まで前世持ちとは思わなかった。

戸惑いが隠せない私とユリアーナを見ながらアレクシアは話を続ける。


「前世では日本人だったわ。高校で教師をしていたの」


昔を懐かしむように窓の外を眺めるアレクシア。教師だと教えてくれた彼女に「私は普通に会社員をしていました。社畜でしたよ」と自己紹介をする。社畜という単語を出した瞬間、笑われてしまった。


「社畜って転生者にありがちなタイプね。ユリアーナ様はどうでした?」

「編集者でした。過労で死んじゃって」


苦笑しながら答えるユリアーナ。私同様に徹夜続きで倒れて亡くなったと教えて貰った事を思い出す。


「目が覚めて悪役令嬢になっていた時は驚きましたよ」


今世で最も濃い思い出だ。ベルンハルトと恋人になった時も大切な思い出だけど前世を思い出した時の衝撃は忘れない。

ぼんやりと思い出に浸っているとアレクシアは「私も同じよ」と頷く。


「二人はいつ思い出したの?」

「私は八歳です」

「私は五歳の時ですね」


私とユリアーナが答えると「私も五歳の時に思い出したわ」と笑うアレクシアがいた。

あれ?

ゲームのアレクシアとレオンハルトが出会っていたのは本編の十年前だった。

そう考えると…。


「レオンと別れた帰り道に記憶を取り戻したのよ」

「……考えてる事がよく分かりましたね」

「生徒の顔を見るのは得意だったのよ」


ウインクを送ってくるアレクシア。元教師としての力という事らしい。表情に出していたつもりはなかったのだけど。


「前世の記憶が戻った時、かなり複雑だったんじゃないですか?」

「複雑でしたよ。前世の推しキャラルートの悪役令嬢だったから」


尋ねるとアレクシアは眉を下げて悲しそうに笑う。それに食い気味に声をかけたのはユリアーナだった。


「分かります!私もディルク推しで、悪役令嬢の妹に転生した時はショックでしたよ」

「最悪よね。トルデリーゼ様もベルンハルト推し?」

「私はユリアン君推しですよ」


私の推しであるユリアン君のルートは悪役令嬢が存在しない。攻略が一番簡単なキャラだったのだ。

推しルートの悪役令嬢じゃなくても悪役令嬢になる事自体が複雑な話である。


「レオンと会った後に記憶を取り戻したからどうしたら良いのか分かりませんでした」

「普通だと思いますよ」


誰だって戸惑うと思う。

私みたいに色々と面倒臭がる方が変なのだ。


「トルデリーゼ様、レオンは記憶を失っているんですよね?」

「すみません。まだ知らないんです」


さっきのは揺さぶりをかけたくて言っただけ。ベルンハルトから答えを聞くまでは私も知らないのだ。私の返答にアレクシアは「そうなの…」と悲しそうに呟いた。


「アレクシア様はレオンハルトが好きなんですか?」


ユリアーナが尋ねるとアレクシアは小さく頷いた。


「好きですし、恋だと思います。前世とか関係なく素敵な人だったので」


悪戯っぽく笑うアレクシア。でも、その表情は気持ちを押し込めようとしているようにも見えてしまって複雑な気分になる。


「アタックしたら良いと思いますけど」

「……駄目よ、私は悪役令嬢だから」


この人は過去の私によく似ている。ゲームに縛られ過ぎて大切なものを失いかけているように感じられた。


「この世界に悪役令嬢は存在しませんよ」

「え…?」

「この世界と乙女ゲームの世界は違います。私もアレクシア様だってゲームと違うでしょう?」


私はベルンハルトみたいには上手く出来ない。それでもこの人を放っておく事は出来そうにないのだ。

ユリアーナは若干呆れたように笑っている。私の過去を知っているからだ。


「分かってるわ。でも、強制力とか…」

「そんなのないですよ。あったら私もリーゼも攻略対象者達は嫌われているはずです。でも嫌われていないでしょう?」


ゲームのベルンハルトとトルデリーゼ、ディルクとユリアーナは仲が良くない。でも、現実の私達はお互いを大切に思い合っている。

ゲームを否定しているのだ。


「トルデリーゼ様とユリアーナ様を見ているとそう思えて来ますね」


悲しそうに笑いながらもアレクシアの瞳には僅かな光が灯った。

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