第5話
私は前世の話、乙女ゲームの話、私がベルンハルトに断罪される結末を語った。
ベルンハルトは終始驚いた表情を浮かべていたがゲームの中における自分達の結末を聞いた時だけは苦い顔をしていた。
全て話し終えた私はどこかスッキリした気分になる。抱えていたものがなくなったからだろう。
「質問しても良い?」
「勿論です」
「リーゼが僕との距離を縮めたくなかったのはその乙女ゲームってやつのせい?」
「そうです…。私は悪役令嬢で、貴方は私を断罪する攻略対象者。相容れない存在だと思ってました」
前世の記憶を取り戻して関わるべきじゃないと思っていた。でも、私の意思とは関係なく関わってしまった。婚約してしまった。
この世界にはゲームの強制力があるのだと思った。
「そうか…。嫌われてるだけかと思ってたのだけど」
「嫌いになんて…」
なれるわけがなかった。
元々大好きな乙女ゲームのキャラだった。
推しではなかった。それでも一番最初に攻略したキャラなのだから思い出深い人なのだ。
ただゲームでは明かされなかった彼の成長を知っていくうちに、ゲームのキャラではなく一人の男の子として惹かれていた。
側に居たいと願うようになっていたのだ。
「良かった。それでもう一つだけ質問させて」
「えっと、どうぞ…」
「リーゼはこの世界を何だと思ってるの?」
「え…」
この世界を?
現実のように思えて実はゲームの世界なのかもしれないと思う事はある。それと同時にゲームの世界じゃなければ良いなと願う事もあるのだ。
最近だとユリアーナの言うように現実だと思いたい気持ちが強まっている。
「リーゼ、この世界は現実だ。君の言うゲームの世界じゃない」
ユリアーナと同じ事を言う彼に首を横に振った。
「でも確かにゲームと似て…」
「ゲームが元になっていたとしても僕達は間違いなくこの現実で生きている」
「そうですけど…」
「リーゼの言うゲームの登場人物は決められた言葉しか話さないのだろう?でも僕達は違う。自分達で考え決められる心を持っている。好きに話す事や思う事が出来る。この現実で生きている証拠だ」
ベルンハルトの言う事は分かる。
分かっているけどやっぱり私はゲームの存在が気になってしまうのだ。
「もうゲームに縛られるな、リーゼ」
真っ直ぐな言葉が胸に突き刺さった。
ゲームに縛られるな…。
本当に縛られなくて良いのでしょうか。
ベルンハルトに、好きな人に婚約破棄を叩きつけられる未来を想像しなくて良いのでしょうか。
この世界は間違いなくゲームと深く関わりがあるのだからそんな風には思えない。
「リーゼ、君は目の前にいる僕をどう思う?ゲームと同じ人間に思える?」
目の前にいるベルンハルトがゲームの彼と同じと思えるかどうか。
そんな事は決まっている。
でも、それを口に出すのは怖い。
震える私の手を握って離してくれないベルンハルトは優しく笑いかけてくる。
何を言っても大丈夫だと思わせてくれる温かい笑顔だ。
「ゲームのベルン様とは違うと思います」
「じゃあ、今の君は僕の事をどう思っている?教えてくれ」
好きです。
そう言いたいのに臆病な私は目を逸らした。
「私のベルン様への気持ちはゲームの強制力で出来上がった気持ちかもしれない。話せない…」
「ゲームの僕はトルデリーゼが嫌いだったのだろう?」
「それは…」
「でも、今ここに居る僕はリーゼが好きだし結婚するつもりだ。婚約破棄は考えられない。それってゲームの内容や強制力とか全部否定していると思わない?」
ハッとする。
そうだ。彼が違うように私もゲームのトルデリーゼとは違う。似ているところはたくさんあるけど全然違うのだ。
ベルンハルトはゲームに縛られるなと言ってくれた。
私は彼の言葉を信じたい。
この世界はゲームとは違う世界だと思いたい。
私達の気持ちが、選択する行動が全て本物の世界。
それならもう良いのではないでしょうか。
「私は…。私はずっと…」
真っ直ぐ私を見てくれるところが。
私が嫌な態度を取っても笑ってくれるところが。
私の事をたくさん思ってくれるところが。
他にもたくさんのところが。
「好きです」
私はベルン様が好き。
言葉に出した気持ちが次々に溢れ出てくる。
「ずっと好きだった…!いつからかは分かりません。でも、きっと、もう何年も貴方が好きで、好きで…。だけど私は悪役令嬢だから、貴方は攻略対象者だから…。好きになっても無駄だと…。好きになってはいけないと、ずっとそう思ってた…。なのに、好きなんです。どうしようもないくらいに…」
ずっと隠して、否定して、抑えつけていた反動なのか言葉が止まらなかった。
纏まりのない言葉をぶつけてしまう。
いつの間にか涙も出ていて、それでも口は止まらない。
「私は、貴方と、ベルン様と結婚がしたいです…!ずっとずっと、一緒がいい。離れるなんて嫌。嫌われるのも嫌。婚約破棄なんて絶対に嫌!」
私以外を好きにならないで…。
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