幕間10※ベルンハルト視点
母上主催のお茶会の日。
多くの人にトルデリーゼが婚約者なのだとアピール出来る幸せな日。
だというのにひとりの
トルデリーゼを迎えに行った後、向かったのは自分の家である王城。
既に大勢の人が集まっていて、予想通りの光景にニヤッとしてしまう。
お茶会の際にもアピールするつもりだったがここでも彼女は私の婚約者であるとアピールする。その目的のために彼女を家まで迎えに行ったのだ。
大勢の視線を感じながら彼女を引き連れて歩く。
幸せだ。幸せすぎる。
だが、その幸せも長くは続かなかった。
「ベルンハルト殿下!」
駆け寄ってきたのは一人の令嬢だった。
この無礼な女は誰の娘だったかな。
思案しながらトルデリーゼを見ると奥の方を見つめていた。城で働いている伯爵を見ていたのだ。
おそらくこの無礼な女の父親なのだろう。
それにしても一瞬で良く分かったな。
本当に彼女は凄い。僕も我慢して令嬢の顔を覚えようかな。
それは置いといて、僕の幸せな時間を奪ったこの女をどうしてくれよう。
「誰に許可を得て話しかけているのですか?」
素の口調をこんな女に出すわけにはいかない。
丁寧に、冷たく突き放す。そしてゴミを見るように無礼な女を見つめる。
何故か顔を赤らめる女に不愉快な気持ちが増してくる。
出来るだけ優しく言ってやったんだ。さっさと立ち去って父親の元に帰ってくれないかな?
そんな気持ちを込めたのだが、この女は僕に擦り寄ろうとして来た。
「だめ、ですか?」
可愛いと思ってやっているのか首を傾げながら言われるが気分が悪い。
これがトルデリーゼだったら最高に可愛いのだろうけど現実は違う。
苛ついた心を癒やそうとトルデリーゼを見ると可哀想なものを見る目でこの女の父親を見つめていた。
もう良い。さっさと終わらせて彼女に荒んだ心を癒してもらおう。
「駄目に決まっていますよ」
「なぜですか!」
あの伯爵はどんな教育を娘に施しているのだろうか。
「そんな事も分からないようなら登城しない方が良いですよ。二度と僕に近づかないでください」
優しく言う。だが、これは命令だ。
馬鹿そうな女でもそれくらい分かるだろう。
「嫌です!」
この女は何を言ってるんだろう。
どうして察することが出来ない?
トルデリーゼも、周囲の人間もみんなが理解しているのにどうしてこの女は理解しない。
「リーゼ様は仲良さそうにしてるじゃないですか!」
しかも僕の大切なトルデリーゼを許可なく愛称呼びをしてきた。
「リーゼ様だけじゃなく私とも仲良くしてください!」
許せない。もう良い。この大衆の前で恥を晒させてやろう。しかし出来なかった。僕より先に口を開いた人物がいたからだ。
「誰の許可を得て私の愛称を呼んでいるのですか?」
その声の低さに驚いた。
声の主を見るとひんやりとした空気が肌に触れる。
トルデリーゼから氷の魔力が漏れている。
威圧に耐えられなくなったのか無礼な女は少しだけよろめいて、ガクガク震えていた。
まずい。トルデリーゼを止めなければ。彼女の魔力が暴走したら城が凍るぞ。
「リーゼ、魔力が漏れてるよ?」
小さな声で言ってみると、こちらを見たリーゼは余裕そうな笑みを浮かべていた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと制御していますので問題ありません」
なんだ。わざとなのか…。良かった。
いや、良くないぞ。
「どうしてダメなんですか」
頭のおかしい発言が再び飛び出てくる。
当たり前だろ、どうして分からない。彼女は公爵令嬢だ。伯爵令嬢が勝手に話しかけて良いような人間じゃないのに。
「誰が話して良いと言いました?貴女も貴族ならば身分が下の者から上の者に話しかけはいけない事くらい知っていますよね?」
漏れ出ている冷気と同じくらい冷たい声が女を突き放す。
「そ、それは…」
それなのに馬鹿みたいに話しかけようとするとは酷い愚者だ。
「知ってるなら黙って頷いてください」
ようやく人の言葉を理解した女は首を縦に振るだけだった。
「今、貴女がするべき事は謝罪の礼をとり速やかにこの場から消える事のみ。言葉は必要ありませんよ、ベルンハルト殿下は話しかけないでくださいと貴女に言ったのですから。出来ますね?」
「で、でも…」
「出来ますね?これ以上の不敬を働けば貴族で居られなくなりますよ?」
わざとなのか女の言葉を掻き消すように話を続けるトルデリーゼ。普段の無礼で可愛い姿からは想像も付かないほど凛とした令嬢の姿。
かっこいいな。
彼女に見惚れていたら女は礼をして逃げるように父親の元に走っていた。
「ベルンハルト王太子殿下」
急に名前を呼ばれて驚く。
しかも僕が彼女に呼ばれたくない名で呼ばれた。
「リーゼ…?」
動揺しながら彼女の名を呼ぶ。
「ここは私の顔に免じて彼女をお許しください。おそらく初めての登城で気分が舞い上がりあの様な無礼を働いてしまったのだと思います」
そう言って、彼女は礼をする。
先程見た礼とは比べ物にならないほど優雅で、完璧な淑女の礼だった。
そこでようやくトルデリーゼのやりたい事が分かった。しかし先程の女をただ許すと言うのも癪だ。
どうせなら彼女の事をアピールしよう。
「分かりました。ここは私の婚約者であるトルデリーゼ・フォン・ヴァッサァ公爵令嬢の顔に免じて許しましょう」
「ありがとうございます」
「そちらのご令嬢の方も次はありませんからね。いくら私の可愛い婚約者のお願いでも、ね?」
僕の婚約者から許しを乞われたから許したと周囲にアピール出来た。これで彼女の機嫌を損ねようとする人は少なくなるだろう。
トルデリーゼに笑いかけると少しだけ動揺したのが分かった。完璧な淑女は消えて、僕の大好きな彼女に戻る。
気分が良くなった僕は彼女の腰を抱きこの場を後にする。
後ろからフィーネが痛いくらいの視線を送ってくるが構うものか。彼女も僕の身体を預けてくれているのだから。
用意されていた控えの部屋に入るとトルデリーゼはソファに深く腰掛けた。
魔力も使っていたし疲れたのだろう。
「お疲れ様、リーゼ」
「本当に疲れました。帰っても良いですか?」
「駄目。後でチョコレート食べさせてあげるから我慢して」
それを聞いて、仕方ないという顔をする彼女が可愛い。
それよりも、だ。
疲れているところ申し訳ないが聞いてみたい事がある。フィーネに視線を向けると一瞬睨まれたが甘い物を取りに行くといって部屋を出て行ってくれた。
こちらの意図を正確に読み取っているな。
トルデリーゼから彼女が優秀だと聞いていたがそれは本当の事なのだろう。
「どうして彼女を許したの?」
聞きたかったことを聞いてみた。
「別に許したくて許したわけではありません」
「でも、許したよね?自分は優しいですよってアピールを大勢にしたかったの?」
そんなわけがないと分かっていながらも聞いてみたかった。
「私がそんな面倒な事をすると思いますか?」
阿保くさいと言った風に返してくるトルデリーゼに笑った。
だよね。君がそんな事をするわけがない。
「嫌だったんです」
「何が?」
「ベルン様に対しての彼女の態度が気に食わなかったのですよ」
「それが許す事にどう繋がるの?」
理解力はある方だが流石に分からない。
どういう事なのだろうと思っていると彼女は苦笑いを浮かべた。
分からないですよね、と言った風に見つめられる。
「彼女は甘えたような素振りでベルン様に許しを乞いました。でも、それを貴方は許さなかった」
「無礼だし、不愉快だったからね」
あとリーゼを勝手に愛称で呼んだのが許せなかった。馬鹿にもしているように見えた。
「でも、私のためなら貴方は許してくれたじゃないですか?」
「リーゼに頭を下げられたら許すしかないよね」
普段は僕が下げているからね。
慣れない光景にかなり驚いた。
「可愛く甘えた彼女を許さなかったベルン様が私のためになら許すと言ってくれた事を周囲にアピール出来たじゃないですか」
待って、違うよね…?
まるで僕の愛を独占している事を、僕の特別である事をアピールしたかったみたいに聞こえるのだけど嘘でしょ。
急に可愛いこと言わないで欲しい。
くそ…。前に勝手にキスをするんじゃなかった。
今しておけば良い感じになったかもしれないのに。過去の僕の馬鹿野郎。
はぁ…。もう、とりあえずこれだけは言わせて欲しい。
「リーゼ、それは……ずるいでしょ」
にこりと笑うトルデリーゼ。
「そうですね、狡いです」
あぁ、もう…。本当に君はずるい…。
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