第56話 ノートンの少年王と悪魔

 僕は、ノートン王国の新たな王、エドワード・フォン・ノートン。十二歳。いわゆる後見者に好きにされるお飾りの傀儡王だ。

 母は、元高級娼婦上がりの寵姫だった女、父は、前王……だとまだマシだね。

 後見人は、母を父に献上した公爵だ。


 母親は元々は高級娼婦、いわゆる、貴族相手の娼婦で、公爵もその客の一人だった。そんな中、パーティーの席で公爵が母を紹介し、彼女を気に入った父が、妾としたのだ。

 けれど、母親は、寵姫となってからも父が不在の時に、よく公爵を部屋に招いていた。

 まあ、良からぬ話もしていたのだろうが、……関係も続いていたんだろうと思っている。

 ーーだから、僕の種は解らない。


 ノートン王国は、そうやって父である前王や枢機卿の乱れに乱れ、汚れた統治に、重税。そうやって臣民からの信頼を失っていたところへ、フォルトナー辺境伯の独立を受けて、領土の多くを失った。


 そんなある日、この大陸を大きな地震が襲った。震源は恐らくフォルトナー王国のある辺りだったらしい。

 僕が、父の安全が気になって、側近に父の所在を尋ねたら、地下にいると言う。

 父を連れ出そうと、その側近と共に僕は地下を探し回り、その部屋に駆けつけた時、その部屋の床は血の海だった。


 そこは秘された秘術の間。

 その床には、様々な魔法陣が彫られている。

 勇者召喚用を代表として、僕にはわからない様々な呪術用の魔法陣が描かれているのだが……。

 その中の一つの上で、血塗れの父と、枢機卿を発見した。


 彼らの血で、本来石造りの床の上に掘られた魔法陣は、白で描かれていたはずだが、彼らの血でその魔法陣は禍々しい程に真っ赤だった。


「……父上」

「……陛下……」

 地震が収まってから、側近に指示をして人を呼び集めさせて、二人の遺体を回収した。


 葬儀の後、母は笑っていた。喜んでいたのだ。

 やっと息子の僕を王に出来ると。

 男に媚を売らずとも、息子を傀儡にして、好きにできると。


 僕には、姉がいる。

 いわゆる異母姉だ。名前をフェリシアという。

 亡くなった前王妃殿下の一人娘で十八歳。母譲りのその美しさから『妖精姫』と称されていたくらいだ。

 淡い波打つ金色の髪、優しげな菫色の瞳。薄幸さを感じさせる儚げな笑み。

 結婚の申し込みは多々あったものの、母が邪魔して、良い縁談は全て無かったことにされてしまった。


「ああ、その忌々しい娘は、どこか都合のいい家にでも下賜してしまいましょう!」

 父の死を受けて早々、母は言い放った。


 僕は、姉が好きだった。勿論、恋愛感情じゃない。

 僕の母のせいで幸薄い彼女を、僕がどうにか守りたいと、幸せにしてあげたいと願っていた。

 多分、姉さんの母上、王妃殿下は、母関係で亡くなった気がするから。

 それでも、彼女は、僕には優しかったから。


「……姉さん」

 僕は、母に隠れて、彼女の手を握った。

「……姉さんを、不幸にはさせないから。僕を、信じて」

「ありがとう。……でも、無理はしないで」

 姉さんは、僕の両頬をそっと包み込むと、僕のおでこにキスをした。


 母と、その後見者である公爵は、僕を傀儡として育てるため、必要な帝王学など必要な学びを与えようとはしなかった。

 けれど、僕は天からスキルを与えられていた。

 それは、『賢王』。

『自ら学び、そして導く者』。

 それが、あの娼婦から産まれたのかと思うと笑ってしまう。しかも、父の種かも怪しいのに、だ。


 ああ、話が逸れた。

 だから、僕は、そのうち、僕を取り囲む環境がおかしいことに気がつけた。

 昔の賢者や勇者達といった、本の読み聞かせを、姉さんがしてくれたおかげもあると思う。


 だから、宰相に乞い願い、学びたいと訴えた。

 彼はその願いを聞き入れてくれて、隠れて教師をあてがってくれたり、自ら国の統治というものを教えてくれた。

 まあ、彼も国を見限ってフォルトナーに行ってしまったのだが。


 さて。

 今僕は、僕の部屋で、ナイフを手に持って、部屋を出ようとしている。


 僕は、母を殺し、後見と言ってやりたい放題の公爵を殺そうとしている。

 ああ、後は、まだ教会で狂気じみたことを言っている法皇も排除しないと。

 それから、血の粛清を粛々と行い、法律をあるべき姿に正し、臣民のために住みやすい国にする。


 その前に姉さんを良いところにお嫁に出してあげないと。

 僕の血は残したくないな。

 だから、姉さんの嫁ぎ先は重要だ。僕が基礎を固めた国の玉座は、姉さんの子に座ってもらわなければならないのだから。


 そう考えて、部屋を出ようとドアノブに手をかけた時。

 ドタッ!

 と、僕しかいない部屋で大きな物音がした。

 振り返ると、部屋に何故か黒い裂け目が出来ていて、そこから落ちたと思われる異形の女性がいた。

「いったぁーい!」

 姉さんと同じ年頃に見えるその女性は、背中にコウモリの羽を持ち、頭には二本の黒いツノが生えている。


 にこりと桜色の唇を笑みの形に変えて、僕に近づいてくる。

 姉と同じ菫色の瞳が僕を捉える。

「あれ。素敵な瞳。絶望に暗く沈んで、それでも足掻こうとする。澱んだ底に、強い信念を持つ瞳」

 彼女は、僕を称してそう言った。


「……誰だ」

「人に名を尋ねるなら、先に自分が名乗なさぁい」

 そう言って、鼻を指先で摘まれた。

 そんな扱いはされたことがないので、驚きで僕はドギマギしてしまう。


 僕の鼻を摘む指は、手で払い除けた。

「もー。暴力はんたーい」

「……ったく。僕は、この国の王、エドワード・フォン・ノートン。……今から母親を殺しに行こうとしている」


 どこからどう見ても彼女は異形。そして、多分、良くない存在。

 だが、それと裏腹に愛らしい容姿と、少々気が抜ける態度に、僕は思わず気を許して、目的を吐露してしまう。


「ふぅん……。私はねえ。悪魔。『淫蕩』の悪魔、セーレっていうの。ねえ、出かける前に、少し、私とお話し、しなぁい?」

 うふふ、と自らの唇に人差し指を添える彼女は、愛らしかった。

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