第二章 高速レベルアップ その2

 翌日。

 夢見ダンジョンにやってきた俺は、さっそく昨日編み出した方法でダンジョンを攻略していき、瞬く間のうちに十六周を終えた。

「よし、まだまだいくぞ」

 朝早くに来たこともあり、これだけ攻略を繰り返してもまだ正午を過ぎたあたり。

 集中力が限界に達するまではもう少し余裕がある。

 この調子ならば、軽く二十周を超えるであろうと思った矢先だった。

『ダンジョン攻略報酬 レベルが5アップしました』

 十七周目。ボスのハーピーを倒すと、いつものようにシステム音が脳内に鳴り響く。

 想定していなかった現象が訪れたのは、この直後だった。


『貴方は本ダンジョンを規定回数攻略しました』

『ボーナス報酬 レベルが15アップしました』

『今後、貴方が本ダンジョンを攻略しても報酬は与えられません』

『称号:【ダンジョン踏破者】を獲得しました』


「……なんだ、これは?」

 それは、今まで聞いたことがないようなシステム音だった。

 規定回数? ボーナス報酬? ダンジョン踏破者? いったい何の話だ?

 色々と疑問が浮かび上がるが、そんなことを考えている間に帰還用の転移魔法が発動し帰還区域に戻される。

 そこで俺はいったん攻略を中断し、今の出来事が何であったかを考える。

「規定回数やダンジョン踏破者はともかく、ボーナス報酬ってのは聞き覚えがあるな」

 通常とは違うシチュエーションでダンジョンボスを倒した場合に、ボーナス報酬は与えられる。たとえば俺が愛用している夢見の短剣は、夢見ダンジョンを初回かつソロで攻略した際に与えられるボーナス報酬だ。

 その他にも、通常のボスよりも強力なエクストラボスを倒した時など、様々な状況でボーナス報酬は与えられる。だからボーナス報酬自体はそこまで特別な何かではない。

「となると、むしろ気になるのはこっちだな」

 俺が気になったのは『規定回数』という単語と、『今後、貴方が本ダンジョンを攻略しても報酬は与えられません』という文言だった。

 言葉通りに受け取るなら、ダンジョンには一人の人間が攻略できる回数が定められており、俺はそこに到達したという意味だろう。

 そして、それを超えて攻略したとしても報酬はもらえないというわけだ。

 いったん、これまでに俺が何度夢見ダンジョンを攻略したのか思い返してみた。

 ダンジョン内転移がLV‌10になる前は一回、それ以降はえっと……六十九回。合計七十回。

 つまり、夢見ダンジョンの規定回数は七十回というわけか。

「確かに一週間のスパンがある中、同じダンジョンを七十回も攻略する奴なんていないよな。多くても十回やそこらで、レベルが上がったら次に行くはずだ」

 もしかしたら同じダンジョンを何回も攻略する物好きがいるかもしれないが……だとしても可能性は低いだろう。

 というのも、基本的にダンジョンは発生から三五年で消滅するようになっている。

 きっかけは様々だが、基本的にはどこかのパーティーがボスを討伐した際、突如としてダンジョンが消滅するのだ。

 そんな事情があるため、数年単位で同じダンジョンを攻略する者はほとんどいない。

「だから、これまで誰もこの仕組みに気付くことがなかったのかな?」

 となると、俺が世界で初めて規定回数という仕組みを知ったことになるが……。

「他の冒険者には、このことは伝えないほうがいいだろうな」

 その情報を入手した経緯を訊かれたら、ダンジョン内転移について説明せざるを得なくなる。

 それにたとえこの情報が広まったとしても、他の冒険者が活用することは難しいだろう。

 普通の冒険者ならば、ダンジョンを七十回クリアするのに一年以上かかる。

 それで与えられるボーナス報酬が15レベルアップでは割に合わないはずだ。

「いや、待て。そう言えばもう一つ、称号を獲得したって言ってたよな? それはいったいなんなんだ?」

 気になった俺はステータス画面を開いてみる。するとステータスの中に称号欄が追加されており、そこにはダンジョン踏破者と書かれていた。


 ―――――――――――――――

【天音 凛】

 レベル:570 SP:1310

 称号:ダンジョン踏破者(1/10)

 HP:4560/4560 MP:340/1140

 攻撃力:1160 耐久力:860 速 度:1220

 知 力:810  抵抗力:860 幸 運:790

 スキル:ダンジョン内転移LV‌11・身体強化LVMAX・高速移動LV3・魔力上昇LV1・魔力回復LV1・鑑定・アイテムボックスLV1

 ―――――――――――――――

【ダンジョン踏破者(1/10)】

 ・ダンジョンを踏破した者に与えられる称号。

 ・特定数のダンジョンを踏破することによって、ある恩恵が与えられる。

 ―――――――――――――――


「……ふむ」

 それを見て、俺は顎に手を当てた。

 称号についてはもともと知っている。獣系や鳥系の魔物を一定数討伐するだとか、長期間同じ武器を使い続けるだとか、多くの冒険者に治癒魔法をかけただとか。そんな感じで特定の条件をクリアすることによって称号は与えられ、攻撃力アップや魔力効率上昇など様々な恩恵を受けることができるのだ。

 しかし、称号を得られるのは冒険者の中でもごく一部。そのほとんどはBランク以上だったはずだ。例に漏れることなく、俺もこれまで称号を得られることはなかった。

 俺はダンジョン踏破者の説明を読んでいく。

 ダンジョンを踏破するとは、同ダンジョンを規定回数クリアしたという意味だろう。

 それを何度も繰り返し特定数を超えることで、恩恵が与えられるのだという。

 説明はここで終わっていた。具体的にどのような恩恵が与えられるかは書いていない。

 となると、これはおそらく……。

「ダンジョン踏破者の後ろの(1/10)のうち、10が特定数で、1が踏破したダンジョンの数ってことだよな? 少なくとも10個のダンジョンを踏破しない限り恩恵は与えられないのか。先は長いな……」

 けれど、これで新しい目標が生まれたのは素直に嬉しい。

 ただでさえレベルアップのために、ダンジョンを繰り返し攻略していたのだ。その先に、レベルアップ以外にも得られるものがあると分かれば、ますます頑張る気になる。

「踏破するダンジョンがどこでもいいんだったら、次は紫音ダンジョンかな? 攻略しても1しかレベルが上がらないのは残念だけど、攻略自体は簡単だから踏破もすぐに終わるだろ」

 今後の方針は決まった。

 もう夢見ダンジョンに用はないし、後は帰宅するだけだが……。

「そうだ。報酬はもらえないにしても攻略自体はできるのか? 攻略報酬じゃなくて、ダンジョン内の資源が欲しくなることがあるかもしれないしな。一応、試しておくか」

 確認の意味を込めて、俺は最後にもう一度だけ夢見ダンジョンに挑戦する。

 結果、無事にダンジョンの中に入ることができた。

 続けてボスのハーピーとも戦うことはできたが、やはり攻略報酬が与えられることはなかった。しかし転移魔法は変わらず発動するようで、帰還区域に戻される。

「ふむ、やっぱり報酬はもらえないのか。夢見ダンジョンは迷宮資源に魅力がないから、もうくることはないかもな」

 それでも、俺をここまで成長させてくれた夢見ダンジョンには恩がある。

 深い感謝の気持ちを抱きながら、俺はこの場を去るのだった。


 帰宅後。今日の攻略で溜まったSPをどう使おうか考えようと思ったのだが……。

「ふあぁ、無理だ、眠い。先に寝よう」

 ダンジョン内転移が覚醒してから、約10日間。

 ただひたすらにダンジョンを攻略し続けてきた。

 夢見ダンジョンを踏破したことで緊張の糸が切れてしまったのだ。

 そして俺はそのまま、翌日の朝までぐっすりと眠り続けるのだった。


   ◇◆◇


「んぅー、良く寝たー」

 ベッドの上で体を伸ばした後、リビングにいくと、キッチンに立っていた華が「あっ」とこちらを見る。

「お兄ちゃん、ようやく起きたの? いくら起こしても起きないから死んだのかと思っちゃったよ」

「悪い、かなり疲れが溜まってたみたいでな。ってあれ? 朝食にしてはやけに豪華だな」

「何言ってんの、昨日の夕食の残りだよ。せっかく腕によりをかけて作ったのにお兄ちゃんが食べてくれなかったから……しくしく」

「なんて分かりやすいウソ泣きなんだ……悪かったよ。いただきます」

 朝食にしてはかなりヘビーなご飯だったが、昨日の夕食を食べてないこともあってすんなりと腹に入っていく。

「ところでお兄ちゃん。半日以上も眠り続けるくらい疲れが溜まってたなんて、そんなに冒険者のお仕事は大変なの?」

「ん? ああ、大変っちゃ大変だが、別に今回はそういうのじゃないぞ。攻略が良い感じに進んでてな、つい疲れを忘れて頑張りすぎただけだ」

「ふーん、それでもたまには休みを取った方がいいと思うよ? そうだ! お兄ちゃん、今日は何か用事ある?」

「いや、急ぎの用はないけどダンジョンには行くつもりかな」

「さっきの言葉が聞こえてなかったの? たまには休みなって」

「む……確かにそれもそうだな」

 華の言う通り、ここ最近は根を詰めていた気がする。

 一度、ゆっくりと休養を取った方がいいかもしれない。

 それにしても華がここまで俺の体調に気を使ってくれるなんて……お兄ちゃん嬉しい。

 そう感激した直後、華は満面の笑みを浮かべる。

「うん、ちゃんと休むのは偉いぞ! というわけで、今日は荷物持ちとして私の買い物に付き合ってね、お兄ちゃん」

「感動を返して」

 全然休ませる気ないじゃん。ちょっと本気でびっくりしたよ。

 ……けど、思い返してみれば、華と一緒に出かけたのはずいぶん前だな。

 たまにはそういうのもいいかもしれない。

 そんなことを考えている間にも、華は期待を込めた目で俺を見つめていた。

「はぁ、分かった。付き合うよ」

「ありがとっ! それでこそお兄ちゃん!」

 とまあそんなわけで、華と一緒に買い物に行くことになった。

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