15話――ついに覚醒しちゃいました。
領主様のお屋敷はしばらくの間騒然としていた。
それもそのはずだ。
伝説と言われていた四聖獣の一体である『ホルケウ』が姿を現したのだから。
まず驚いたのは屋敷で働く使用人たちだった。
領主様のお屋敷には毎日のように来客がある。
領地内で商売をする商人であったり、役人、領民など、訪れる人間は様々だ。
ソラはあの巨体なだけに目立つ。そんな人々に目撃され、たちまち噂は広がる。
それに伴い、私の噂も立つ。
「伝説の獣が領主様のお屋敷に現れたらしいぞ」
「何だかとんでもない事が起こるって、もっぱらの噂だぞ」
「なんでも、その聖獣を従えているのは見たこともない少女だそうじゃないか」
「黒髪の美女だとよ」
「お屋敷の前で待っていたら聖女様にお会い出来るかもしれないぞ」
という訳で、しばらく屋敷内に軟禁状態になってしまったのである。
噂というのは無責任ですね。言ってもいないことに、背びれも尾ひれもついて広まっていくのですから。
誰だ美女なんて言ったやつ。
聖女なんてどっから出てきたんだ。
勝手にハードル上げんなっつーの。
せっかく絶好の木の実スポットを見つけたのに!
ソラという最強のボディガードを見つけたのに!!
いつまでも嘆いていても仕方ない。
人の噂も七十五日といいますから。
それまでは耐え忍ぶことにいたしましょう。
日本人は忍耐強い人種ですから。
私が使わせてもらっている部屋にゆったりと寝そべっているソラを丁寧にブラッシングしながら、今までにわかった事をぐるぐると考えていた。
部屋は広く巨大なソラが寝ようが転がろうがスペースは空いている。
さすがに狭くは感じるが。
よく扉から入ったねと使用人から言われるが、ソラに言わせるとそんなことは造作もないことなのだそうだ。
元の大きさが天井に頭が付いてしまう程大きいため、今はだいたい三メートル程の大きさでいることが多い。
言ってしまえば何でもありなのだ。
聖獣様、流石です。
初めソラは庭で過ごしていた。
美しい庭園には精霊も多く、ソラも気に入っていたのだ。
しかし、ソラと私の噂が領地に広がると、連日その姿を見ようと人が押し寄せるようになった。
さすがに煩わしくなったのか、ここのところずっと私の部屋で過ごしている。
ポーチから取り出した大型犬用のブラシでブラッシングすると、ソラも満更では無さそうだ。
「ねぇソラ」
「うん?」
「前にこの世界にやってきた異世界人って、どんな人だったの?」
「さぁな」
え? さぁな??
「会ったんじゃないの?」
「他の聖獣から聞いたのだ。会ってはおらぬ」
「そうなんだ」
その人の事がわかれば、私がここに来た意味がわかるかと思ったのにな。
「他の聖獣とはいつ会うの?」
「会わぬ」
「ええ? だってその人のこと聞いたのでしょう?」
「我を誰だと思っている。会わずとも会話など容易い。他の奴らも、すでにえみの事を知っておるぞ」
「ええ? そうなの?」
なんだか自分の知らないところで、自分の名前が知られていくって怖いのですが……。
「手が止まっておるぞ」
「ああ、ごめん」
ソラの毛は見た目よりも柔らかく触り心地がとても良い。ブラッシングすると、艶々になってますます神々しさに拍車がかかる。そのお腹にポスンと埋もれる。
「私、何のためにここに来たのかな」
「なんだ急に。今更ではないか」
「だって…色々ありすぎてわからなくなっちゃって……」
私はただ美味しいご飯が食べたくて作っただけだ。皆にも食べて欲しくて、美味しいと喜んで貰えるのが嬉しかっただけなのだ。それが何だか大事になってしまった。そんなつもりではなかったのに。
「えみ。おぬしの仕事は我とワサビに美味い食事を作り満足させることだ。その代わり、我らはえみに一人寂しい思いはさせぬ」
ソラの金色の瞳にはぶっきらぼうで偉そうな言葉とは裏腹に優しい光が宿っている。
「恐れる事は何もない。何せおぬしには四聖獣がついておるのだからな」
そう言ってフフンと鼻を鳴らす。
「ワサビもえみ様の味方です」
いつもの定位置でにっこり笑っている。
「そうだね。私には心強い友達が二人もいるもんね! ありがとう。二人とも」
「さぁ、元気になったところでおやつとやらを作るがよい。そろそろティータイムの時間であろう」
そう言うや否や大きな尻尾をブンブンと振り回す。
やっぱりワンコだと思いながら苦笑いし、部屋を壊さないようお願いするのだった。
最近のティータイムは、私の部屋か屋敷の後方に造られた中庭で過ごすことが多くなっていた。
今日のメンバーはいつものようにハンナさんとメアリ、ソラとワサビちゃん。それに珍しくレンくんが一緒だった。
今蒸らしているお茶には、この間採ってきた木の実を干したものが入れてあり、香りと成分を煮出している。
ワサビちゃんに聞いたところ、体の緊張をほぐしリラックスさせる効果があるのだそうだ。
おやつの方は、こちらも木の実を沢山練り込んだクッキーと、ジャムのソースをたっぷりかけたクレープだ。
他愛もない話をしながら楽しく過ごしていると、それは突然起こった。
「!!?」
急にレンくんの動きが止まった。
ソラがいち早く反応する。
「レンくん?」
レンくんが胸の辺りを押さえながらよろよろと席を離れる。
「大丈夫!? どうしたの?」
「寄るな……!!」
苦しそうな表情で後退る。
「ワサビ!」
「はい!」
ソラの合図にワサビちゃんが素早く反応し、レンくんと私達の間にレースのような薄い幕が張られた。
刹那、レンくんの周りの空気が目に見えて渦を巻いて立ち上がった。
魔力を含むそれに、ワサビちゃんの結界がなければ巻き込まれて吹き飛んでいたかもしれない。
「レンくん!!」
表情は苦悶に歪み苦しそうだ。
側へ行きたいのに近付けない。
ソラが私の隣へ身を寄せた。
「覚醒したのだ。小僧の魔力が暴走しておる」
「どうすればいいの!?」
「自分でコントロールするしかない。その程度も制御出来ぬようでは、おぬしはいつまでも小僧のままだ」
「だ……ま、れ……」
ソラはレンくんを挑発するように言葉を並べる。
「制御出来ねばおぬしはそのまま魔力に飲まれ、ここにいる全員を巻き込むだろう。えみに害が及ぶ時、おぬしを殺すことになる」
「そんな!! ソラ駄目だよ!!」
「えみを守るのが我の役目だ」
レンくんが苦しそうに表情を歪めたままソラを睨みつける。ソラは構わず続けた。
「出来ぬ者はいらん! 弱者は足手まといだ。早々にここから去るがいい」
「黙れ!!」
レンくんが叫ぶと途端に彼を中心に渦を巻いていた風が弾けるように霧散した。体が僅かに発光し、収まると同時に膝から崩れ落ちる。
「レンくん!!」
ワサビちゃんが結界をとき、レンくんへと駆け寄る。膝と両手を地面へつき、激しく息をする彼の額には大粒の汗が浮いている。
ソラがフフンと鼻を鳴らした。
「やるではないか」
もしかしてわざと煽るような事を言っていたの?
ソラをみやるが、人ではないその表情からは何も読み取ることが出来ない。
「えみ」
レンくんに呼ばれてそちらを見ると、彼は吹っ切れたようなスッキリした表情でこちらを見ていた。
「大丈夫だ。ありがとう」
そう言ってなんと表情を崩したのだ。
今までにない反応に困惑してしまった。
耳が熱い。
何だか急にレンくんが大人びてしまったような錯覚を覚えた。
汗の光る優しいはにかんだような笑顔から、不思議と目を反らせなくなってしまった。
自分の心臓のバクバクという音だけが、耳の奥でいやに大きく聞こえていた。
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