~情報~
協会本部を出た私達は、近くの喫茶店に向かった。
朔夜が
もしかして前に見た女の人かな?
私はあのときの嫉妬感を思い出して、少し嫌な気分になった。
朔夜が向かった先には、案の定見覚えのある女性が居た。
「あら朔夜、そっちから来たって事は、協会に行ったの? 珍しいわね?」
私達に気付いた女性がそう話しかけてくる。
朔夜はフンと鼻を鳴らして答えた。
「何を白々しいことを……どうせ分かっているんだろう? 俺がこいつとハンターの仕事をしてるってことは」
朔夜はそう言って私の腰に手を回して引き寄せる。
本当に人目を気にしないんだから……。
でも、それを嬉しがっている私がいるのも事実なのよね。
「ふふ……そうね、貴方がその子に骨抜きだってことも知ってるわ」
女性は、さっぱりとした見ていて気分のいい笑顔で言った。
「……それは余計だ……」
と返した朔夜の頬はちょっとだけ赤かった。
朔夜、照れてる?
ドSで俺様な朔夜が照れるなんて本当に珍しいことなのに、この女性はいとも簡単に朔夜を照れさせた。
……何だか悔しい……。
私よりも朔夜のこと知ってるみたいで……。
いや、うん。
そりゃあ当然なんだろうけど……この人の方が付き合い長そうだし。
でも、悔しいことに変わりはなかった。
「そんなことより、聞きたいことがある」
朔夜はさっさと本題に入ろうとした。
「あら、この子に私を紹介してはくれないの?」
悪戯っぽく言った彼女は、少女の様に愛らしい笑顔を作った。
その様も違和感なく似合っている。
それがさらに私の悔しさを増幅させた。
朔夜は苦虫を噛み潰したような顔になり、簡単に彼女を紹介する。
「望、こいつは情報屋の
って本当に簡単ね……。
短い、要点だけの説明に流石に私も呆れた。
でも沙里さんは気にしていない様で私に笑顔を向ける。
「はじめまして、望さん。私は主に吸血鬼に関する情報を扱ってるわ。大概この時間はここにいるから、何か知りたいことがあれば請け負うわよ」
そう言って握手を求められたので私はほとんど反射的にその手を握り返した。
「ん?」
すると、朔夜が何かに気付いて方眉を上げる。
「おい、沙里。また唇に血がついてるぞ?」
「え? うそ!?」
慌てて口元を手の甲で拭う沙里さん。
「あ、本当。……もう、やんなっちゃう」
可愛らしく悪態をついた沙里さんは、私に目線を戻し困ったようにはにかんだ。
「ごめんなさいね? 私どうしても血液パックから血を飲むのが苦手みたいで、いつも口の周りとかにつけたままにしてしまうの」
手についた血を取り出したハンカチで拭きながら言う。
「この間も朔夜に拭ってもらっちゃったりして、物凄い恥ずかしかったわ」
この間……もしかしてあの時?
私が初めて朔夜のことで嫉妬してしまったとき……。
たしかあの時は朔夜が沙里さんの唇に触れてて……。
ってことはあれ、唇についた血を拭ってただけだったの?
なんだ……。
ホッと、した……。
「安心した?」
「え!?」
言い当てられ、ドキリとしてしまう。
沙里さんは可愛らしく笑って言い添える。
「大丈夫よ。貴方から朔夜を盗ったりなんてしないから」
うっ、バレてる……。
「それ以前に私が朔夜を好きになることは無いわね。顔は好きだけど、この俺様な態度は嫌いだから」
と、沙里さんは笑顔で言う。
け、結構いい度胸してる人なのね……。
「私は朔夜みたいなのより貴方みたいな可愛い子の方が好きね。取っちゃおうかしら」
「え!?」
思わず身を引きそうになった。
まさかレ――。
「ちょっと、変な顔しないで。同性愛者とかじゃないからね? ただの冗談よ?」
本気にしかけた私に、慌てて訂正する沙里さん。
良かった、ちょっと本気で驚いた。
でも……私、沙里さん結構好きかも。
悔しさはやっぱりまだあるけど、それすらどうでもいいと思わせる雰囲気が彼女にはあった。
「すみませんでした。改めて……波多 望です。よろしく」
私はそう言って笑顔を向けた。
すると……。
「あ~ん、やっぱり可愛い! お持ち帰りしたい!」
沙里さんが抱きついてきた。
ちょっ、冗談って言ったのに!
戸惑っていると、朔夜の手によって沙里さんは私から引っぺがされる。
そして私は朔夜にしっかりと抱き込まれた。
「もう触るな。誰がお前なんかにやるか」
「あーこのスケベ! 私の望ちゃんに何てことするのよ!?」
「いつお前のになったんだ。望は俺のものだ」
…………なんだろうこの状況……。
今の二人は、まるでオモチャを取り合う子供そのもの。
私はもう呆れ果てて、沙里さんへの嫉妬だとか悔しさなんかはキレイさっぱりなくなってしまった。
「もう……まあいいわ。それで? 何を聞きたいのかしら?」
何とか落ち着いて席に座り、沙里さんが言う。
その様子は、さっきまで朔夜と子供みたいに言い争っていたとは思えないほど落ち着いたものだった。
でもアレを見た後だと逆に可笑しいわね……ははは。
私は心の中で乾いた笑いをもらす。
その横で朔夜が本題に入った。
「この写真を見てどう思う?」
と、先ほどの佐久間さんと同じように、貰ってきた資料写真を広げた。
沙里さんはその一枚を取り上げ、小さく笑う。
「やっと協会も気付いたのね」
まるでもっと前から知っていたような口調。
ううん、実際知っていたんだと思う。
ただ、協会にわざわざ知らせることはしていないだけ。
和解という手段を
けれど、
『協力する』ということはあり得ない。
ついこの間まで協会に属する『人間』だった私は、いたたまれないような気分でちょっと悲しくなった。
同時に、朔夜を思う。
協会に協力するなんてことあり得ない吸血鬼。
なのに朔夜は私のために力を貸してくれている。
嬉しさと申し訳なさで、ちょっと泣きたくなった。
でも今はそんな感傷に浸っているときじゃない。
情報、ちゃんと聞かないと。
「私が気付いたのは約ひと月前よ」
沙里さんが情報を話し始める。
「最初は子供の吸血鬼の悪戯かと思って放置していたけど、どうやら複数の吸血鬼が行動しているみたいだったから調べてみたの」
「それで?」
と、朔夜が先を促す。
沙里さんは写真を元の場所に戻し、答えた。
「その複数の吸血鬼達は、ある一人の女吸血鬼の指示で血を集めているみたいなの」
「女吸血鬼?」
私は聞き返す。
「そう。偶然血をとっていた奴を見つけたから聞き出したの。……でも、私が見つけた奴は使われてるだけの下っ端らしくて、詳しいことは聞き出せなかったわ」
「そうですか……」
残念そうな私に、沙里さんは励ますように言った。
「大丈夫、他にも手がかりは掴んでるから」
私はそのにっこりと微笑む顔を見返した。
「その捕まえた吸血鬼の話だと、同じように使われて血を取っている奴のうち一人が、直接その女吸血鬼と繋がっているらしいわ」
「で? その一人がどこのどいつかは分かってるのか?」
と朔夜が聞くと、沙里さんは横に両手を少し上げ首を横に振った。
朔夜が沙里さんに聞こえるか聞こえないかくらいの声で「使えないな」と呟く。
ちょっ、朔夜。
こっちは教えて貰ってる立場なのになんてこと言うのよ!?
私はそれを誤魔化すように沙里さんにお礼を言った。
「でもそれだけで十分です。とりあえずはその使いっ走りを徹底的に捕まえて聞き出せば良いんですよね。ありがとうございます」
「んもう! 望ちゃんはホント素直で可愛いわね。……朔夜とは大違い」
そう言って朔夜をジロリと睨む沙里さん。
やっぱりさっきの聞こえてたんだ。
……沙里さん、結構地獄耳?
でも、当の朔夜はそ知らぬふり。
そんな朔夜に、沙里さんは諦めたようなため息をついた。
「はあ……やっぱりあんたのその性格嫌いだわ。……とにかく私が知っていることはこれくらいよ」
そう言って、沙里さんは何かを受け取るときのように手のひらを差し出した。
「じゃ、情報料しめて四万六千円」
「……高いぞ?」
「仕方ないじゃない。私はこれが商売なんだから。それなりに貰わないとやっていけないわ」
ホレホレと催促するように手のひらを動かす。
「この業突く張りが」
舌打ちと共にそう言った朔夜は席を立った。
「望、ちょっと待ってろ。金を下ろしてくる」
「あ、うん。分かった」
返事をすると、朔夜は何となく名残惜しげに席を離れる。
その後ろ姿を見送っていると、何故かこっちをチラチラと振り見ているようだった。
……なんだろう?
「望ちゃん愛されてるわね~」
沙里さんの声に、私は向きを元に戻した。
それと同時に「え?」と聞き返す。
「だって朔夜、貴方の事気に掛けてこっちを何度も見てるじゃない。もう片時も離したくないって感じね」
「そ、そうですか?」
何だか、他人に言われると妙に恥ずかしかった。
「でも安心したわ。朔夜って何かに固執すること無かったから……」
そこで一度言葉を切った沙里さんは、頬杖をつき少し身を乗り出す。
私の顔を覗き込んだ。
「執着した相手が貴方みたいな子で本当に良かった」
にっこりと、優しい眼差しで微笑まれて私は顔が少し赤くなる。
美人のそういう笑みは男女問わず綺麗だから。
それを誤魔化すように、私は聞いた。
「ど、どうしてですか?」
どもってしまったのは……まあ仕方が無いということで。
私の質問に、沙里さんは眉を困ったように寄せる。
「朔夜は、純血種だから……」
と、寂しそうに話し始めた。
「色んな人間や吸血鬼が、朔夜を避け、または近付いて来るわ」
私は黙ってそれを聞く。
「避ける奴はただ怯えているだけだから構わないけど、近付く奴が問題。その目的のほとんどが朔夜にとって良くないことばかり……」
何かを思い出したのか、沙里さんはそこでフゥ……とため息をついた。
「だから、そういう奴が朔夜の近くに居るのは好ましくないの。彼をダメにしてしまうから」
そう言って渋い顔をしたが、すぐに微笑みに戻る。
「でも貴方は大丈夫でしょう? 朔夜は貴方を愛しているし、貴方も朔夜を愛してる。そこに打算なんかは無い」
そして、心の底から嬉しそうに沙里さんは微笑んだ。
「本当に、貴方で良かったわ」
改めてそう繰り返した沙里さんの表情は、母親のような……姉のような……優しいものだった。
私は何も言えなくて……。
ただ、何だか嬉しくて……そして気恥ずかしくて……。
とても、優しい気持ちになれた。
そうして何とも言えない気分ではにかんでいると、朔夜が戻ってきた。
「ほら、報酬だ。……何を話していた? こいつに変なこと吹き込んでないだろうな?」
朔夜はあからさまに嫌そうな顔をした。
それに沙里さんは不敵な笑みで答える。
「さぁ? どうかしらね?」
沙里さんってば……。
さっきの沙里さんを見て、彼女が朔夜を大事に思っていることが分かった。
それでもこんな風にからかったりするのは、それも愛情だからだろうか……。
「大丈夫。何も変なことなんて聞いてないわ」
私は立っている朔夜を見上げ、微笑んだ。
朔夜は納得出来ない顔をしていたけど、特には何も言わなかった。
その後沙里さんと別れた私達は、真っ直ぐマンションに帰ることにした。
今日は色々と作戦を練らないとならないから。
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