第6話 出発

 佳代が決意して一年。


 正やんと母親である竹子の元で必要な事を学んだ。


 もともとその身に紫の炎を宿している佳代は覚えも早くめきめきと成長していった。


 しかし、まだ妖魔討伐を一人でするには早すぎるとの判断とここではこれ以上の成長は難しい事から、この地より遠く離れた神社へと預ける方が良いだろうとの結論になった。


 かの鬼の一族の始祖である慈花が仕えたと言われる神が祀られた神社である。


 ひゅいっと正やんが口笛を吹くと、一羽の雀か飛んでくるのが見えた。


 雀は正やんが差し出した指へととまると、じっと佳代の方を見つめている。


「なんやぁ……こん子が紫の炎宿しとるっちゅうて噂に聞いとった子かいな」


 いきなり喋り出した雀を見て驚きを隠せない佳代。


「久しぶりやね、悪戯雀」


 そんな佳代を尻目に横から話し掛ける竹子を見て今度はぎょぎょぎょっと雀が驚いている。


「ひ、ひ、久しぶりやなぁ……竹子はん。相変わらずお美しく……ひゃっ」


 下手なお世辞ににやりと笑う竹子に羽根で頭を隠す雀。


 そんな母と雀のやり取りを見ていた佳代が恐る恐る正やんに雀の正体を尋ねると、先程まで竹子に恐れ慄いていた姿を忘れたのか、羽根で隠していた頭をひょこんと出した雀が小さな身体を偉そうに仰け反らしながら言った。


「うちか?うちはなこう見えてもとある方をお守りする守護天の一人や。小娘、うちの前や、頭が高……」


 ばちんっという音と共に、小さな後頭部を竹子の指で弾かれた雀は、後頭部を羽根で擦りながら涙目になっている。


 さらにもう一発打ち込もうと竹子が構えた。


「あかん、あかんって……目ん玉飛び出そうになったわ」


 雀はぴいちくぱあちくと竹子へと文句を言うと恨めしそうな目をしながら佳代へと顔を向けた。


「あんたが暴力女……ちゃう、口滑ったわ、竹子の娘の佳代やな。うちは火矢(かや)や。あんたを今から御影様ん所へ案内してやるさかい、よろしくな」


 雀の火矢は小さな羽根を佳代へと差し出した。


 佳代がその羽根を恐る恐る指先で摘むと、火矢はぶんぶんと上下に動かした。


 握手のつもりである。




「お母さん、正やん。私、負けんから。どんな道にも挫けんから」


 ごった返すホームで向かい合う三人と一羽。最小限の荷物を背負い、強い意思のこもった瞳で母親を見つめる佳代に、竹子は何度も頷きながら握っている佳代の手に力を込めた。


「しっかり頑張らにゃね。それから……御影様にもよろしく伝えとってね」


「お母さんこそ、元気でおらにゃでけんよ。あと、正やん、佐知と縁にちゃんとお母さんの言いつけば守るごつ言っといて」


 汽車へと乗り込んだ佳代は、窓の外へと身を乗り出し、涙ぐむ母親へと大きく大きく手を振った。


 汽車が動きだし母親の姿が見えなくなるまで。

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