Fラン勇者 〜決戦の百年後に封印から目覚めた勇者はFランク冒険者として再び魔王に牙を剝く〜

白間黒(ツナ

決戦の舞台は掌の上 1


 ——人族は、ついに魔族の親玉である魔王に一矢報いるどころか、一太刀を浴びせることに成功した。


 魔王と接触してからどれだけ刃を交えただろうか。何ヶ月にも感じられる気の遠くなるほどの激闘の末、ついにその肩口を俺の聖剣が切り裂いた。両腕に確かな手応えを感じつつも、反撃に備えるべく後方に跳躍して距離を取る。


 黒い雲が覆う赤い空の真下。枯れ果てる草木ひとつない岩だらけの大地に仁王立つ牛頭の魔王は、禍々しく重厚なローブに覆われた肩口を片手で抑え、こっちの顔まで歪んでしまいそうな悲痛の雄叫びを上げる。


 直後、見上げ果てるほどの巨躯から繰り出される豪腕が、大地そのものをぶち壊すくらいの勢いで地面に激突する。そして、それは比喩に留まることはなかった。

 咄嗟に俺は聖剣に血ぶりをくれて納刀し、地面を蹴って飛び上がる。それと同時、魔王の拳が耳をつんざく轟音と共に大地へと激突する。

 少し遅れて駆け巡る、世界を裏側まで震撼させるほどの衝撃。それは足元に広がる岩肌の大地を破砕し、崩壊を引き起こす。

 辺りには瓦礫が渦を巻くように飛び散り、周囲の大地は突如として底の見えない奈落と化した。


 それに構わず魔王の頭上まで、あたりに飛び交い始めた瓦礫を足場に二つ三つと飛び上がる。

 絶景なんていうには、それを楽しめる余裕なんてものはない。ただ、真下に広がる奈落と周囲の景色、そして全身を包み込む浮遊感に、ついそんな言葉が浮かんでしまう。


「小賢シィ!」


 魔王も同じように残った足場で飛び上がり、俺の身長の十倍は優に越す、これまた禍々しくていかつい大剣を振り下ろす。俺は体を捻って躱そうとするが、避け切るにはあまりにも得物がデカすぎる。

 完全に捉えたとでも言わんばかりに、魔王の凶悪な相貌には、心なしか笑みが浮かんでいるように見える。

 このままだと、死……


「……ぬわけにはいかねえんだこちとら! だあぁっ!」


 精一杯の掛け声を上げながら再び聖剣を振り抜き、切り結ぶ。

 一瞬の拮抗。それはすぐに崩れるが、魔王の剣筋をわずかに逸らすことに成功する。

 ビリビリとひりつく死の恐怖が辺りの空気を濃密な魔力で焼きながら頬をかすめる。

 が、直撃しなければ痛痒には至らない。


「……」


 生温い風に混じって飛び交う瓦礫が頬をかすめ、爪痕を残す。痛みがなくはないが、肝心の魔王の攻撃に対処できるうちはどうってことはない。ひとまわり大きな瓦礫を足蹴にさらに高くまで跳躍する。


「矮小ナ人族ノ小童ガ! 今スグ細切レニシテクレル!」

「バーカ! そんなノロマな攻撃が当たるかよ」


 俺の虚勢まじりの挑発に、眼下の魔王は身に纏った魔力を赤々と滾らせて雄叫びを上げる。

 どれだけ魔力を強めたところで、この高さなら得物が届くはずもない。が、油断は禁物。


「我ヲ愚弄スルカ! 勇者アァァ!」


 端から油断なんかするつもりはないが、こちらに油断する隙さえ与えないとでも言わんばかりに魔王は紫に発光する力場を纏いながら宙に浮き始める。

 そりゃあ、自分で足場を手放すくらいなら空を飛べるって言われても驚かない。ましてや、人類を脅かす魔王だ。飛べもしないのに地面を崩して落ちていくような魔王が率いる魔王軍だとすれば、そんな間抜けな勢力に追い詰められるようなら人間の世も末。魔王なんて存在がいなくてもいつかは瓦解するに決まってる。

 だが。


「へっ、今更気づいたかよ。そう、俺が勇者。人族のうちよりいでし人族の希望。魔族に仇なす正義の刃だ!」


 俺は改めて魔王の持つ異次元な魔力量に舌を巻きつつも、虚勢を張ることをやめはしない。

 魔王が飛べること自体に問題はない。問題は、飛べるからといって空を飛ぼうとすること。飛ぶことを戦闘の手段として用いれることだ。

 理論上、。だが、人族が宙に浮くために必要な飛翔術は第四位階相当の持続魔術。とんでもなく燃費を食うため戦いにおいて使いどころはほとんど存在しない。自分の魔力がでかければでかいほど魔力を食うから誰が使っても直ぐに魔力が切れるし、常人なら数秒展開しているだけで集中力が先に尽きる。

 ……つまりあのデカブツ、さっきからあれだけ暴れておいてまだ無駄遣いできるほどの魔力を残してるってわけか。


 認めたくないが、今の俺では持て余す魔力量。それに加えて加えて慣れない飛翔魔術を行使しながらの戦いを強いられる不利状況。


 ——まいったな……、を待てばよかったか。


 その情けない呟きは声に出したのかも分からない。ただ、出しても出さなくても同じだった。


飛翔術付与エンチャントフライ!』


 ふと、俺の呟きを聞き入れたかのように、背後から威勢の良い高い声が響く。それと同時、全身をさっきまでとは別種の浮遊感が包み込む。

 ……やっときやがったか。


「……やっと追いついた。全く、いつもいつも死に急ぎ過ぎなのよ、あんたは」

「遅えよ」 


 嫌味ったらしい賢者ライバルは、いつも通りに美味しいところを持っていきやがる。そして、それは最後の決戦でも同じってことか。


「ほら、なにボーッとしてるのよ。二人で魔王を倒すわよ」

「ああ、二人で!」


 本来は勇者どころか、こいつまでここにいるべき状況じゃない。

 だが、あれこれ考える暇もない。状況が好転した。今はそれだけわかってれば良い。一人では勝てそうもない相手も、二人なら。そして、俺たちなら絶対にやれる。

 

 役者が揃い、第二の幕が勢いよく上がる音がした。

 

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