第23話 ディンケルスビュール

 ディンケルスビュールは、中世の自由都市の趣をのこす壁に囲まれた街。

 自由都市とは、神聖ローマ皇帝に直属することにより諸侯の支配を免れた街。実質的には独立した小さな国のようなもの。だから防衛のために壁がある。

 「帝国自由都市」とも言うが、そう呼ぶとなんだかイメージが変わってしまうような。


 バスは壁の外の、野原に囲まれた駐車場に停まった。

 町に入るまえに、運転手さんに撮影してもらい、ツアーの皆で記念写真。

「ここを集合場所にします。『農夫の塔』(※1)を目印にすると良いですよ」

 ガイドさんの指し示す三角屋根の物見櫓をしっかり目に焼き付けた……つもりだった。


 それから風景画にありそうな、石塀に穴を開けたこじんまりとした入口から入る。

 午前中をこの町で過ごすのだ。

 ドイツ風の木組の住宅や店が、隙間が無いみたいにぎっしりと並ぶ……そんな街並みの実物を初めて見た。


 この町には「子供祭り」と言う有名なお祭りがある。

 三十年戦争中の1632年、敵の将軍に面会をもとめ、町の破壊を阻止した子供たちがいた。その勇気をたたえ、もてなしたのが祭りの起源……と言い伝えがある(※2)。その時代ふうの衣装を纏い、子供たちがパレードするのだ。

 祭りの日は旅程にかすりもしない。もしも「子供祭りを見るツアー」だったら、締め切りや予算の関係で私は申し込めなかっただろう。

 

 阻止された破壊行動について、単純に敵味方と言うより、ガイドさんは何やら焦土作戦めいた話をしていたような気がする。私が聞き違えたのか、ほかの日本の旅行ガイド本が大雑把なのか、ガイドさんが間違えていたのか、今となってはわからない。

 三十年戦争について調べてみても、あまりに話が込み入っていて、当時この街の置かれた状況を説明する自信がない。

(なので、この旅行記ではその話はもうしません。ご興味のある方はちゃんとした本やサイトなどをご覧ください)


 子供祭りの時期以外は静かな町だという。

 皆で町の中心にある名所、聖ゲオルク教会へ行く。質実剛健な印象の建物で、内部は広々として荘厳だ。

 この町のガイドブックが無人販売されていた。ドイツのご当地ガイドであるからにはドイツ語版が欲しかった。読めるかどうかは置くとして。しかし売り切れていたので、習ったこともないフランス語版を購入してしまった。頑張って勉強して読めるようになろうとその時は思っていた。

 

 教会を出たら自由行動。

 町の本屋さんでドイツ語の週刊少年ジャンプを探そうとした。日曜日だが店に明かりがついているので、店長らしき男性にダメ元で話しかけてみたらやはり休みだった。

 安息日!


 トイレを借りられそうな建物を探して観光案内所だったか、資料館だったかを目指して歩いていた。道に迷ってしまい、立派な建物のなかの公衆トイレを借りることができたものの、結局何の施設だったのか不明。ずいぶん町外れのほうに来てしまった。


 自分が地図で言えばどこにいるのかも分からない。「農夫の塔」が目印と聞いていたが、見張りのための塔は街を囲む壁に複数ある。これと思う塔のほうへ歩くうちに、気づいたら住宅地にいた。

 おじいさんと幼い孫を含む家族連れがいたので道を聞いてみようとした。

 英語を話せますか? 農夫の塔(とっさに farmer’s tower と言った)は何処ですか? などと小学生レベルの英語で話したのだった。

 ドイツ語の名詞には性があり、「農夫(bauer)」は「農婦(bauerin)」かも? とも考えたが結局通じるように言えなかった。ドイツ語の「塔(turm)」を知らなかったのも悪い。


 壁に沿って歩くことを思いつく。

 「洞窟で迷ったときは壁沿いに歩こう」と昔読んだゲームの攻略本にも書いてあった。ゲーム内で実行すると落とし穴に落ちたりするが、現実には街中に落とし穴などそうない。

 今までしなかったのは、遠回りになりがちだからだ。今だってかなり時間が押しているが、ここまで混迷してしまったらやるしかない。

 壁沿いに歩いてみると、しばらくして聖ゲオルク教会が遠くに見えてきた。もう少し歩くと、広場の向こうに、来たときと同じような小さな出入口が。やった!

 出口へ駆けてゆくと、原っぱの向こうに物見櫓とバスが小さく見えた。


 大遅刻の末、とっくに揃って座っていた他の人たちに謝り倒しながら席についた。




(次はローテンブルク)


※1 ガイドブックを後で見てみたが、「農夫の塔」がどれなのか、どうも分からない。地図でいちばん目立つ塔は「緑の塔」だった。


※2 この逸話は創作という説がある。子供たちのパレードする行事はもっと昔から行われていたとか、いまのような形になったのは三十年戦争よりも後の時代だとか。

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