受けた依頼は汚部屋の掃除②




―――女子の部屋に入るのは慣れたけどなぁ・・・。


そう思いながら泉美のアパートへ到着する。 安っぽいわけではないが、高級感もなく、ごくごく普通の外観をしている。 チャイムを鳴らすとメイクをバッチリ決めた泉美が現れた。


「待ってたよ、清孝! さぁさぁ、中へ入って!」


そう言って誘導された部屋を見て驚いた。 確かに掃除とは聞いていたが、まるで汚部屋だ。 足の踏み場もないと言うのがピッタリの様相でお菓子の袋が散乱している。


「うわ、汚ッ!」

「一時間で全て綺麗にしてよね」

「無理だろ、そんな短時間で! 一昨日に掃除をしてあげたばかりだろ!? どうしたらここまで汚れるんだよ!」

「忙しくて綺麗にしている時間がないの!」

「なら泉美も掃除を手伝ってくれよ!」


メイクをする時間に掃除をしろとも思うが、女子の日常生活事情を知らない。 大口ではないためいい稼ぎになるとは言えないが、頻度が頻度だけに悪い客でもなかった。


「えー、掃除が苦手だから頼んだのにぃ。 私も手伝ったら料金半額にするよ?」

「ッ・・・。 分かったよ」


―――大掃除を頑張って半額は流石に嫌だな。

―――相当体力を使いそうだ。


時間もないため早速掃除を開始した。


―――ん、これは泉美の携帯か・・・。


掃除中に泉美の携帯を発見した。 黄色い鍵の形をしたイヤホンジャックアクセサリが付いていたためすぐに見つかった。 だが拾い上げると通常の状態ではないことが分かる。


「この携帯、画面がバッキバキじゃないか。 修理へ出す時間もないのか?」

「そうなのよー」


泉美はバッチリメイクを決めていたと思ったが、更にメイク直しをしていた。


「この後の予定は何が入っているんだ?」

「彼氏が来るの!」

「彼氏・・・」

「あ、一綺じゃないよ? 一綺とはもう別れたから。 新しい彼氏!」

「ふーん」


泉美は清孝の友人でもある一綺と付き合っている。 と、聞いていた。 泉美は別れたといっているが、一綺は別れたつもりはないと言っていることも知っている。 

だが泉美相手に深入りするつもりは清孝にはなかった。 泉美と話しながら掃除を続けること30分程。 そうしているうちに家のチャイムが鳴った。


「え、もう来たのかな? まだ掃除が終わっていないんだけど・・・」 


そう言いながらも泉美は玄関へ行ってレンズから外を見る。 すると彼女は驚きの声を上げた。


「なッ、一綺!?」

「泉美、今家にいるな!?」

「もう来ないでって言ったじゃん! どうして来るのよ!!」

「さっき連絡してきただろ!」

「連絡するわけがないじゃん!」

「まだ俺たちは終わっていないんだ!」

「もう別れたから!」

「俺はそんなの許可していねぇから! ここを開けろ!」

「嫌!」 


外にいる一綺はガチャリとドアノブを回す。


「あ、合鍵・・・! それはもう返して! ポストに入れて帰って!!」 


泉美は抵抗するも男の力には勝てずドアは開いてしまった。 すると清孝は一綺と目が合ってしまう。


「・・・清孝? どうしてお前がこんなところにいるんだよ」

「あぁ、俺はほら、見ての通り代行・・・」


言いかけてハッとしたところを泉美が強い口調で遮った。


「清孝は私の新しい彼氏なの!!」


「え?」「はぁ!?」


清孝と一綺の声が重なった。 それを聞き一綺が黙っているわけがない。


「おい、清孝! 今泉美が言ったことは本当か?」

「あー、えっと・・・」


困っていると泉美が近付いてきて清孝の腕に絡み付いた。 どうやら付き合っているアピールのようだ。 小声でその真意を尋ねる。


「一体どういうことだ?」

「料金上乗せしておくから! お願い、彼氏のフリをして! これも一つのお仕事だよ?」

「ッ・・・。 分かった、彼氏になりきればいいんだな」

「お願いッ!」


彼氏代行も何度かやったことはある。 だがそういった場合は時間制に加え割増しで料金を取ることにしていた。 一時間千円の仕事がこれで更に膨れ上がる。 それにお願いされれば断る理由もなかった。


「・・・一綺に黙っていたのは悪いと思うけどな。 泉美とは今付き合っているんだ」


それを聞いた一綺は当然怒り出す。


「はぁ!? どうして清孝なんだよ! 俺の方がどう見てもスペックが上だろ!?」

「清孝は実は大金持ちなの! それに高学歴! だからもう貴方のことは、底辺にしか見えないの!」

「そんなこと俺は知らねぇぞ!?」

「清孝! 彼氏なんだから、清孝も何か言ってよ!」


一綺も大事な友人の一人だが、仕事を頼まれればそちらを優先せざるを得ない。 どうせこんな嘘すぐにバレるに決まっている。 後でフォローすれば問題ないだろうと考えた。


「・・・あー、まぁ、そういうことだから。 諦めて帰ってくれるか? しつこいようなら、泉美のストーカーとして警察に訴えるけど」

「ッ・・・」


警察と言えば流石に抵抗するわけにもいかなかったようだ。 一綺が悔しそうに帰っていったのを見て、泉美とハイタッチを決めた。 だが腑に落ちないことがいくつかあった。


「彼氏役だけならまだしも、どうしてまた高学歴とかいう嘘をついたんだ?」

「嘘じゃないよ。 私の新しい彼氏は本当に大金持ちなの」

「へぇ・・・」 


掃除はまだ終わっていないのだ。 泉美が再度メイクをしに戻ったのを見て清孝は思考を切り替える。 一応、掃除の依頼は受けたままで時間も一時間経っていないのだ。


―――まぁ連絡だけはしておかないとな。


そうして別の用件のため静かに携帯を取り出した。



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