異世界(あなた)と地球(わたし)は一蓮托生!?
マノイ
第0章
1. 【異】特訓と村の異変
「もらった!」
「甘い」
仕掛けるタイミングは完璧だった。
相手の突きを僅かに身を捩って躱し、上半身を地面に向けて浅く沈みこませ、反動をつけてから喉元への渾身の突き。左足の踏み込みに躊躇は無く、突き出す右手の狙いも正確だ。
だが、会心の出来と思われたカウンターの突きは軽々と躱され、逆に脳天に一撃を喰らってしまった。
「くーやーしーいー!」
「はははっ、お父さんに勝とうなんてまだまだ早いさ」
手に持っていた細い木の棒を捨てて頭を抱えながら蹲るのは、十六歳になったばかりの女の子。
肩まで伸びる黒髪を後ろでひとまとめに束ねているため、痛い痛いと頭を振るとそれにつられてテールが小さく左右に揺れる。
「今回はいけると思ったんだけどなぁ」
立ち上がった女の子は可愛らしい顔をぷぅと膨らませて目の前の男性に抗議のジト目を送っている。
彼女は大人の女性としての美しさと幼い子供としての可愛らしさが混在する世代。
しかも顔立ちが人並み以上に整っており、感情表現が豊かで表情をコロコロと変えるため、種族性別年齢問わず虜になることが多い。
「一旦上半身を下げたのが無駄だったな。あれで避ける余裕が出来た。そんなことしなくても十分スピードは出たんじゃないか?」
「それはそうなんだけど、どうしても力を補おうとしちゃうんだよね」
彼女は特に背が小さいわけでもなく、(特に体の一部が小さいわけでもなく)、同世代の女の子と比較すれば平均的な体格の持ち主だ。父親も特に背が高いというわけでもなく、一般的な体格の持ち主だろう。
しかし相対しているのは年頃の女の子と成人男性。普通であれば対格差を意識した行動に間違いはない。
「やっぱりキヨカには突きは向いてないのかな」
「あはは、私もそう思う」
彼らが模擬戦で手にしていたのは細くて短い木の棒。それを切っ先が鋭いレイピアと想定して訓練している。対格差はあったとしても、むき出しの急所への攻撃ならば力を篭めずとも十分なダメージが与えられるはずだ。
貫くのではなく、素早い攻撃を何度も相手にヒットさせる。
それを練習するための訓練であるため、必要以上に溜めを作る必要は無いのだ。
「ふぅむ、やはり片手剣か両手剣か」
「私にもっと力があれば斧とか使ってみたいんだけどね」
「どうしてこんなパワー馬鹿に育ってしまったんだ」
「お父さんの娘だから」
「俺は力こそパワーとか言わないぞ!?」
キヨカは脳筋タイプ。
ただ、破壊力のある重い武器を扱える程の筋力が無いため、泣く泣く普通の剣を使っている。本当は大斧と大剣の二刀?流をやってみたいのだ。
「それじゃ今日の訓練はここまで。明日はキヨカの好きな上段の練習をしよっか」
「わーい!やったー!」
家の裏庭で毎朝行っている早朝訓練。これはキヨカが幼いころから続けていた日課である。
――――――――
「あらあらキヨちゃん、お出かけかい?」
「サリーさん、こんにちわ。主様に修行してもらうんだ」
「頑張るねぇ。どんな感じかい?」
「もうちょっとでいけそう」
「おお、それじゃあキヨちゃんもそろそろ一人前かねぇ」
「楽しみにしててね!」
「期待して待ってるよ。気をつけてね」
「はーい、行ってきまーす」
朝食を食べて、母親が作ってくれたお弁当を受け取ったら家を出る。村の中を歩いていると、畑仕事をしているサリーおばさんに声をかけられた。
人口が少ない辺境の村。全員が顔見知りで、キヨカが村内を歩くと野良仕事をしているみんなから次々と声をかけられる。
「キヨカちゃん、頑張れよ!」
「行ってらっしゃい!」
「怪我に気をつけてな!」
「今日採れたお野菜、お母さんに渡しておくね!」
「昨日いただいたお漬物、美味しいってうちの爺さんに評判だったよ!」
辺境の村、スール
ガルクレイム大陸南西に位置する小さな村。
森と山と海に囲まれた自然豊かなこの村は、農業と林業が主産業。山で採れる山菜を使った料理や保存食は絶品で、それを食べに訪れる人がそれなりに多い。
大陸外縁部に位置するため海に面しているが、切り立った崖になっており海産物を採ることは出来ない。ただし、崖上から眺める水平線は外海の広大さを体験できるちょっとした観光スポットになっている。
村人の数は多くないが、外から移住してくる若い人もそれなりにいて、キヨカの家族もその一つ。父と母とキヨカと、今は家を出ているキヨカの姉の四人家族。キヨカが幼いころにこの村に移住してきた。
父は狩りを、母は農業を、そしてキヨカは旅に出ている姉に会いに行くために戦う力をつけようとしていた。
「ぬ~しさ~また~おし~ておね~えちゃ~んにあ~いた~いな~」
村を出て近くの山に入ったキヨカは、陽気に歌いながら山道を進んで行く。登山道は辛うじて道になっていることが分かる程度で整備されておらず、荒れた地面の上を長時間歩くのは簡単ではない。だがキヨカは小さい頃から何度もこの山に入り慣れ親しんでいるため、特に苦労することなく一時間半かけて目的の場所まで登りきることができた。
「今日は作戦を練ってきたんだ。絶対に成功させてみせるよ、レオナちゃん」
「本当かなぁ。無茶しないでよ」
「大丈夫だいじょーぶ」
「キヨちゃんの大丈夫は大丈夫じゃないもん!」
「あははは」
「否定しないし……」
キヨカの右肩の辺りに小さな生き物が浮いている。全身が金色の体毛に覆われたウサギで、レオナと呼ばれるキヨカの一番の友達だ。注意をスルーされたことに呆れ、ため息をついている。
「それじゃあ行くよ!」
そこは、山林が途切れ傾斜の無い広場となっている場所。200メートルトラックほどの広さがあり、地面は土が踏み慣らされて平らになっている。
「こんにちわー」
広場に足を踏み入れたキヨカは、そこで眠る主様に声をかける。
短い四本足と丸みのある体。
つぶらな瞳。
鼻と口が前に突き出ていて、豚に似た大きな鼻から空気が出入りする大きな音が鳴っている。
そして何よりも特徴的なのは、口の上顎の両端付近から上向きに飛び出ている二本の大きな牙。
巨大な牙を持つ大猪。
それがこの山の主様だ。
「今日もよろしくお願いします」
「うう~やっぱり何度見ても怖いよ~」
「そう、可愛いじゃん」
「その感性はおかしい」
キヨカはレオナと話をしながら山林で木の棒を広い、怪我をしないように上から持ち手の部分を布で巻いた。お昼ご飯が入っている鞄を広場の端に降ろして木の棒を手に構えれば準備完了。
大猪はのっそりと起き上がり、円らな瞳を二、三度ぱちくりさせると険しい表情へと早変わり。戦闘モードだ。
「今日こそ認めてもらうよ!」
「怪我しないでね!」
「……鋭意努力します」
「もうっ!」
大猪がキヨカに向かって突進する。
繰り返すが大猪は四足動物で手足が短い。そのため攻撃手段は限られており、突進力を生かした体当たりが主だったものである。主様の場合は加えて巨大な牙を持っているが、これも体当たりの威力を増すためのものでしかない。衝突直前に頭を下げてカチ上げれば、見事な串刺しの完成である。
「えいっ!」
キヨカは衝突のタイミングに合わせて大きく左に飛び、大猪はキヨカが立っていた場所を猛スピードで走り抜けて行く。
100キロはゆうに出ているにも関わらず、大猪は短い脚でブレーキをかけて短時間で停止し、キヨカに向けて方向転換する。
突進、回避、そして突進。
これが何度となく繰り返される。
「やっぱり簡単には行かないねっ……ととっ!」
大きく飛ぶことで回避は可能だが、こちらから攻撃することが出来ない。攻撃をするには回避の幅を小さくして武器が届くようにしなければならない。あるいは回避せずに真正面からぶつかるかだが、そんなことをしたら吹き飛ばされるか牙に貫かれる。
「よしっ……」
何度目かの突進を回避したキヨカは、腰を落として大猪の突進を待ち受ける。
全力で真正面から受け止める、というわけではない……はず。
断定出来ないのは、つい最近までの脳筋キヨカは正面突破に拘り吹き飛ばされ続けていたからだ。無茶なことをするキヨカが大怪我をしないように、大猪が突進スピードを緩めてくれていたことに気付いたのは、正面突破を諦めた時のこと。工夫することを覚えたキヨカを見て、大猪は本来のスピードで突進をはじめた。
主様は優しいのである。
キヨカは右手の木の棒を逆手に持ち変える。狙いは突進をギリギリで躱してから大猪の側面を斬りつけること。刃先(棒先)を触れることさえ出来れば、後は大猪の突進力を利用して自動的に後ろまで斬れるはず。
大猪が目の前に来るタイミングで、重心を左に寄せて軽く飛ぶ準備をする。
その瞬間、大猪が僅かにスピードを落とし、前足に体重をかける。キヨカが飛ぶ方向に大猪も飛ぼうとしているのだ。
このままでは大猪とキヨカは正面衝突。
だがキヨカは慌てない。
左に傾いた重心を強引に右へと移動させ、同時に右手に構えた木の棒を左手に持ち変える。
力づくで飛ぶ方向を左から右へと変更したのだ。
大猪はその変更に対応することが出来ずにキヨカと逆方向に飛び、結果的にキヨカが左手に持つ木の棒は大猪の横っ腹を綺麗に撫で斬ることが出来た。
「……や、やった!」
想定していた通りの攻撃では無かった。だが、大猪の行動を察知し、僅かな瞬間に最適な行動を判断し、ためらいもなく当初の予定を諦めて新たな作戦を実行した戦闘センスこそが、キヨカ本人も気付いていない大きな武器だった。
何はともあれ、これまで何度挑戦しても返り討ちに合うだけだった大猪に、初めて攻撃が通った。攻撃と言っても、大猪の皮膚はとても硬く衝撃や斬撃を簡単には通さない。だが肝心なのは攻撃を当てたということ。
山の主である大猪にまともに攻撃を当てる。
それこそが修行の趣旨であり、大猪にその一撃を認められることで、戦士として一人前であると村で認められるのだ。
「ぐるるる」
キヨカの攻撃を受けた大猪は、突進を止めてゆっくりとキヨカの元へと歩いてくる。
「ご……合格?」
大猪が首を縦に振る。
この大猪、別に一方的に試練と称して村人側が戦いを仕掛けているわけでは無い。古くから村の守り神としてここに住んでいる大猪は、自らの意思で村人に稽古をつけているのだ。
人間の言葉も分かるハイスペック猪である。
「やったああああああああああああ!」
武器を捨て両手を上げて喜び跳ねる姿は、どう見ても一人前の戦士のものとは思えず、やれやれ、とでも言うかのように頭を左右に振る主様であった。
「ふふふ、おめでとうキヨちゃん」
少し離れていたところで親友の活躍を見ていたレオナは、小声で彼女を祝福した。普通に伝えたら調子に乗って危険なことをするからダメ、ゼッタイ。
「って忘れるところだった、これどうぞ」
村人は大猪にタダで修行をつけてもらうわけではない。ギブアンドテイク。感謝の気持ちを込めて村で採れた作物を捧げる。
それらを美味しそうに食べ始めたので、キヨカも鞄からお弁当を取り出して昼食を取ることにした。
「これで私も森に入って戦えるよー」
「本当にやるの?」
「もちろんだよ!森で鍛えて、お姉ちゃんを探しに行くんだ!」
「うう……不安だよぅ」
お昼ご飯を食べ終えたキヨカは大猪に背中を預けてレオナとお話し中。これまでなら午後も大猪と修行をするのであるが、今回はもうすでに合格を貰えたのでまったりモード。
「大丈夫だって、お父さんと沢山稽古したし、この体にも慣れて来たから」
ふと、談笑するキヨカとレオナの姿を静かに見守っていた大猪が立ち上がり、辺りを見回し始めた。
「どうしたの?」
優し気な瞳が徐々に鋭く変化し、鼻息が荒くなり興奮しているようで唸り声をあげはじめる。
「え……なに……?」
「キヨちゃん下がって!」
主様の尋常ではない様子に異常を感じたキヨカは、主様から距離を取ろうと少しずつ後ずさる。
ざわり、と森が震える音がした。
気のせいでは無い。
土を踏み鳴らす音、草木が擦れ合う音、鳥が飛び立つ音。
静かだった山林の中から、様々な音が鳴り響く。
音は徐々に大きくなり、大量の動物たちが広場にやってきた。
鹿、猪、熊、鳥、タヌキ・キツネ・リスのような動物、蛇、カエル……
山林に住むありとあらゆる生物が押し寄せて来たのだ。
「え?え?」
混乱するキヨカだが、事態はさらに悪化する。
「うわああああっ!何今のっ!?」
どこかで爆発音が鳴り響き、それの爆音が広場まで届いたのだ。しかもその爆発音は止まらず何度も何度も鳴り響く。
「キヨちゃん、落ち着いて!」
「う、うん」
「この音、どっちから聞こえて来るか分かる?」
「う~んと……多分……村の……え?」
そういえば、広場に集まった生き物たちは、全て同じ方向からやってきた。
山の麓側、村のある方向だ。
「っ!」
「キヨちゃん!」
キヨカは集まった生き物たちの間を通り抜け、村に向けて走り出した。
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