73.ダークエルフの依頼
ダークエルフ
他種族との交流が盛んなエルフとは違い、森の奥深くに暮らし、人里にほとんど姿を現さないことで知られる種族だ。50~100人規模で形成されるダークエルフの里も、特殊な魔術によってダークエルフ以外は忌避感に苛まれるようになっているため、偶然通りがかっても無意識のうちに避けてしまうらしい。そのため、一生に一度も会えない人がほとんどなんだとか。
「確かこの国は異種族に寛容だったはずだけど、一応目立たない方が良いかなって」
「まぁ、黒ローブもそれはそれで目立ってた気がするけどな」
「……確かに。最初の方はそうでもなかったけど、最近になって注目を浴びることが増えてきた気がする」
それでも最近までは特に何もなかったらしい。何か魔術系のスキルでも行使していたのだろうか。
「最近……ねぇエイム」
「なんだ?」
「最近目立ってる黒ローブ、心当たりない?」
「……」
ある。すっごくある。
「……俺のせいか?」
軍が討伐隊を編成するような怪物、黒い肌を持つ巨大なゴブリンをたった二人で討伐。しかもその片割れは入隊一週間の超が付く新人ということで、自分で言うのもなんだが、一時期かなり話題の的になっていた。
俺から希望を出してなるべく軍からの個人情報の開示は避けてもらっていたが、流石に容姿までは情報止めようがないし、特にここ最近は精力的に活動していたからな。住人の中には、そういった情報の売買で生計を立てる人間もいるくらいだし、俺の情報は意外と筒抜けなのかもしれない。
……そういえば、俺も最近になってまた勧誘や引き抜きの類が増えてきていた気がする。一時期は落ち着いてたんだけどな。
「勿論、断定はできないけどね」
「……それでリーゼ、俺達に手伝ってほしいことってのは?」
「露骨に話を反らしたね、別にいいけど」
リーゼは紅茶を一口飲んだ後、カップを置きつつ口を開く。
「依頼内容は、私達の里に現れたとある魔獣の討伐の協力」
「……何というか、勿体ぶったわりには普通だな。とある魔獣って?」
「……分からない」
「え?」
「その魔獣の正体が、私達には分からない。もしかしたらと思ってここの図書館の資料を読み漁ってみたけど、やっぱり分からなかった」
『混沌の一日』による環境の変化で、以前まで周辺に生息していなかった魔獣が出現したのか?……いや、それなら三年経った今になって出くわすのは不自然だな。
「どんな魔獣なの?」
「そいつの姿形は、トレントにかなり似ている。でもサイズが規格外、多分世界樹と同レベル」
「……そのトレントと、世界樹って何だ?」
次から次へと分からない単語が出てきた。
「……知らない?」
「説明すると長くなるから省くけど、エイムは『混沌の一日』以降ずっと迷宮に閉じ込められてて、最近になって街に来たの」
「だから知識は結構浅いんだ、悪いな」
説明に横槍を入れるようで申し訳ないが、前提知識がない状態で説明されても何も分からない。
「トレントっていうのは木と瓜二つの魔獣のことよ。大気中の魔力濃度が濃い森だと生まれやすくて、動きが非常にゆったりしているけど、止まっている時は探知系のスキルに引っかからなくなる『擬態』っていうスキルを持ってるから結構厄介な相手ね」
「世界樹は、エルフの里にある巨大な樹木のこと。ダークエルフの里にはないから見たことはないけど、話によると小さな森ならその木一本で覆い隠せる程巨大な大樹らしいよ」
「おーけい、大体理解した」
もしかしたらもう一回同じことを聞くかもしれない。矢継ぎ早に説明されても、脳内の処理が追い付いている気がしない。多分二割くらいは情報が抜け落ちている。
「それで話を戻すと、その馬鹿みたいなサイズのトレントが、里を覆っているわけか」
「……ん。あいつが森全体を覆っているせいで、少しずつだけど森が死に始めてる。私達も何とかしようと手を尽くしたけど、里を守るので精一杯だしそれも限界に近い。だから私一人が里を出て、協力者を募りに来た」
自分の故郷を守るため、一人だけでこの街にやってきたわけか。恐らく、一人しか人員が割けないほど、事態は切迫しているということだろう。
「……話は分かったけど、それなら私達二人だけより、もっと人を集めた方が良いんじゃない?」
「確かにな。森を覆うほど巨大なら、人は多い方がいい」
というかそんな巨大な魔獣、俺達だけでなんとかなるとは思えない。
そう思ったのだが、リーゼは首を横に振る。
「里の場所を判明する人はなるべく最小限にしたい。それに……あいつの攻略を考えても、むしろ少数精鋭の方が都合がいい」
「……攻略?何か策があるのか?」
「違う、言葉通りの意味だよ」
その次にリーゼが放った言葉は、俺達二人の表情を驚愕へと変える。
「その魔獣の内部、迷宮化してるの」
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