61.仇敵との死闘

─side Silvia─



「はぁ……はぁ……!」



 あれからどれだけ、強化されたゴブリンを斬り殺したのか分からない。斬っても斬っても、ゴブリンはその勢いを落とすことなく私に襲い掛かってくる。


 ゴブリン達はその全てが強化された個体で、中には魔術系のスキルまで駆使してくる個体もいる。手に持つ武器も中々のグレードね、あんなのどこで手に入れたのかしら…多分、軍の人間を殺して奪ったのでしょうね。



「中々粘ルジャナイカ」

「ふん、この程度の雑魚がどれだけ来ても私を殺すことは出来ないわ。そろそろあなたが出てきたらどう?」



 どこから用意したか分からない巨大な椅子に腰かけ、まるで見世物のように私を見下ろしているのは、アイナの仇である巨大ゴブリン。言葉が流暢になっている以外は、私が前に出会った頃と変わりない姿ね。あの時はこんな軍勢を引き連れることなく、単独で活動していたけど。



「あの頃は一人で暴れていたというのに今は後ろで見ているだけなんて、随分引け腰になったじゃない」

「俺ハ王ニナッタンダ。王ガ簡単ニ戦場ニ出テハ、部下ニ示シガ付カナイノダヨ」

「ふーん、雑魚を引き連れるようになって王気取り?やっぱり臆病者ね」



 必死に虚勢を張っているけど、そろそろ私もスタミナ切れが近い。エイムみたいに継戦能力がないわけじゃないけど、流石に一時間近く戦闘を続けていると剣先が鈍り始めた。



「フン、ソンナニ俺ト戦イタイノカ。ナラ俺ノ軍ヲ突破シテミロ、ソウスレバ戦ッテヤル」

「……言ったわね」

「アア。サテ、俺モ準備運動ヲ」

「──さ、早く前に出なさい」



 『剣の世界』を使い、辺り一面のゴブリンを塵に変える。あの頃は使用後の反動でしばらく動けなくなっていたけど、今はそのデメリットも克服した。あの頃とは違う、いつか今目の前にいる仇敵を倒すために、私は必死に努力を重ねていたんだから。



「……少シハヤルヨウダナ」



 巨大ゴブリンは跳躍して、その巨体を見せつけるように私の前に躍り出る。その威圧感は、あの頃となんら変わりない。


 刹那の間、静寂がこの場を支配する。



「──しっ!」



 その静寂を切り裂くように、私は前に走り込む。あれから各段に上昇した私の速度に、巨大ゴブリンは反応出来ていない。



「はぁ!」

「グ……!」



 後ろに回り込み、そのままの勢いで螺旋を描くように巨大ゴブリンを切り刻む。傷は浅いけど、確実にダメージは与えられている。



「まだよ!!」

「グ…ガ…!」



 続けて『剣の世界』を使用して、さらに巨大ゴブリンを追い詰める。このスピードを維持したまま『剣の世界』の連続使用は流石に体に負担が大きいけど、今の私に出し惜しみという選択肢はない。


 一撃のダメージは少ないかもしれない。課題だった火力不足は未だに克服できていない。だけど足りないその火力を、私は数で補うことができる。百回斬って倒れないなら、千回でも一万回でも切り刻んでやる…!!



「チマチマウットオシイ!『グランド・ノイズ』!」

「……くっ!」



 巨大ゴブリンは右手の棍棒を突き立て、『グランド・ノイズ』を自分の周囲に展開する。流石に地面がボコボコ小爆発してる状態で攻撃を続けるのは不可能。堪らず一旦距離を取る。



「フン、随分強クナッタジャナイカ」

「当たり前よ。そういうあなたはこれっぽっちも強くなってないのね?」

「……口モ達者ニナッタナ」



 戦って感じたことだけど、あの時の絶望感が嘘のようになくなっている。不利には変わりないかもしれないけど、戦えないわけじゃない。


 勝てる……!



「ナラ見セテヤロウ、王ノ資格ヲ得タ俺ノ力ヲ!」

「!?させない!」



 そう高らかに宣言した途端、奴の体からどす黒いオーラが噴き出し始めた。よく分からないけど、そんな隙だらけの行動を私が許すわけ……。



「──モウ遅イ、ウガアアアアアアアアア!!」

「きゃあああああ!!」



 奴の遠吠えとともに、激しい爆発が辺り一面を包み込む。私もその爆発に巻き込まれるけど、後ろに衝撃を逃がしてダメージを最小限に留める。


 立ち込める土煙から姿を現したのは……、



「ハッハッハ!ドウダ!コレガ俺ガ王タル証!俺ノ真ノ姿ダ!!」

「……」



 体は真っ黒に染まり、一回りくらい巨大化している。瞳はギラギラと赤く光り、手に持っていた棍棒は、いつの間にか巨大な刀へとその姿を変えている。



「今度ハ俺カラ行クゾ!!」

「……来なさい!」



「『グランド・リフト』!」

「!?」



 地面が激しく揺れ出したと思うと、地面が隆起してまるで私を閉じ込めるかのように囲い込まれた。



「コレデ自慢ノスピードモ形無シダロウ!『グランド・ノイズ』!!」

「きゃああ!!」



 地面が高々とせりあがっているせいで、回避のしようがない。地面から襲い来る爆発を、私は全身に受け止めてしまう。



「ソコダ!!オラァ!!」」

「ああ!」



 奴の巨大な刀が、壁ごと私の体を貫く。幸い心臓は貫かれずに済んだけど、私はそのまま隆起した壁に縫い付けられる。



「ハッハ!イイ姿ニナッタジャナイカ……!」



 奴は刀から手を離し、拳を握りしめる。



「オラ!オラ!オラァ!!」

「ああ!ああああ!!」



 

 そのまま奴は身動きがとれない私に対して、拳を振るい始める。体の骨が粉々に砕かれ、全身が悲鳴を上げる。



「懐カシイナ、ハハ!」

「な…にが…よ…」

「知リタイカ?イイゾ…」



「オ前ト一緒ニイタアノ女モ、コウヤッテボコボコニシテヤッタンダヨ!」

「……!!」



 どろどろとした感情が、そして己の無力さが、私の体を包み込む。目の前の怪物が憎くて仕方ない。それなのに、私の刃は、もう奴には届かない。こんなに近くにいるのに、今の私には、剣を振るう力さえ残っていない。



「……フン、所詮ハソノ程度カ」

「……」



 奴は私を縫い付けていた刀を、私の体が引き抜く。もう体を焼くようなその痛みに悲鳴を上げる余力さえ残されていない。



「安心シロ、スグニアノ女ト同ジ場所ニ送ッテヤル」

「…あ…」

「サラバダ」



 巨大ゴブリンは刀を大きく振り上げ、私に向かって最後の一撃を叩き込む。



「……アイナ、ごめんね」











「謝るのはまだ早いんじゃねーかな」

「……え?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る