38話:船出の前に
船着場で話したのだが、戦争をしていた国への定期便などは無いらしく、商人ギルドに掛け合い、数日後に船を出して貰える事になった。
ゲルニカに向かう船の出港を待つ間、近隣の魔物を狩ったり、リリアの訓練をしたりして過ごしていたが、どうにも気が落ち着かない。
まあ、船が出ない事には手詰まりなのだ。
こればかりはどうしようもない。
逸る気持ちを抑え、日々を何とかやり過ごして行った。
そして明日、ようやく出発である。
「と言う訳でな。出発が延期されてた訳だ」
「ふうん。あ、チェック」
「……また負けたか」
暇潰しに誠の家でチェスを打ってはみたものの。
この世界で一品しかない大理石のチェス盤上では、俺の軍が鮮やかにとどめを刺されていた。
果たして誠が強いのか、俺が弱いのか。まあ、両方だと思うが。
「あー……でも、船かあ。ボク乗ったことないなー。前は楓の魔法で飛んでったもんねー」
「ああ、失念していた所ではあるな。昔は定期便があったと思ったんだが」
「もう魔王もいないからね。傭兵も冒険者もゲルニカに用はないし、儲けが無ければ船も出ないよ」
「道理だな……さて、キリも良いしそろそろ帰るか」
チェス盤とコマを片付け、席を立つ。
流石にそろそろ戻らないと不味い。
出発の準備は終わっているが、再確認は必要だろう。
「あ、待った。昨日歌音ちゃんから連絡来てたんだけど。
キミ、黙って出てきたの?」
「いや、蓮樹には伝えてきたが」
「あー……うん。その、めっちゃ怒ってたよ」
「……だろうなあ」
「いっそお兄様を殺して私も、とか言い出したから通信切ったけどね」
「……まあ、帰ったら謝るわ」
何とも言えない空気になり、頭をかく。
なんとなく、その光景が脳裏に浮かぶ。いやまぁ、怖ぇわ。
「ちゃんと戻って来なよ?」
「ああ。怒られに戻るさ」
苦笑が漏れる。しまらない話ではあるが、俺らしい。
さっさと用事を終わらせて帰りたいものだ。
ああ、また約束を重ねてしまった。
これじゃあもう、帰ってくる以外に選択肢がないじゃないか。
「じゃあ、またな」
「うん、またね」
ソファ越しに適当に手を振る誠に、同じく適当に手を振った。
夕食後、部屋に戻り荷物の再確認を行う。
元々荷物も少ないので本当に確認程度のものでしかないが、手慰みには丁度良い。
愛用のナイフの砥ぎを見定め、慣れ親しんだ単純作業にあくびを噛み殺しながら革のケースに戻し、他の装備の確認に移る。
大分傷んで来ているが、旅の始まりから使っている愛用の革鎧だ。
当時、金属製の鎧は重くて動けなかったので、革製に変更したという情けないエピソードがあるが、そこはご愛嬌。
森人に守りの護符を縫い付けてもらい、妖精の女王に耐火の魔法をかけてもらったもので、革製とは思えない防御力を持つ。
専用の油を染み込ませた布で拭き上げ、仕上げに乾拭き。
何度も命を助けてもらった鎧一式を置き、メンテナンスを終える。
他の荷物に関しても状態や在庫を確認したが、特に問題はない。
これで良し。後は明日、船に詰め込むだけだ。
リリアの方も今頃点検しているだろうか、と思った時。
コンコン、とノックの音。
ドアを開けると、何とも可愛らしい普段着姿のリリアの姿があった。
「どうした?」
「いえ、その……明日の事を考えると落ち着かなくて」
「ああ、リリアは船は初めてか?」
「はい。海は見た事があったのですが、船には乗る機会が無くて」
「そうか。楽しみだな」
「どちらかと言うと不安です」
「くく……そうか、不安か」
そわそわと落ち着かない様子のリリアに笑いが溢れる。
それを見て、歌音も船に乗るのは怖いと言っていたのを思い出した。
そのせいで楓の魔法で空を飛んで海を渡ることになったのだが…
それはそれで怖かったようで、到着した後に歌音を宥めるのに苦労をしたな。
「……なあリリア。船で行くのと空を行くのだと、どっちが良い?」
「えっと……船の方がまだマシですかね」
「まあ普通はそうだよなあ……ちなみに俺は船の方が怖い」
「そうなんですか?」
「俺は泳げないからな。それに、空はある意味慣れてる」
「あ、なるほど」
「まあ、もしリリアが海に落ちたら拾いに行くけどな。
だがアガートラームはだいぶキツいからな。覚悟しとけよ?」
俺も慣れるまで、毎回気を失いかけていたからな。
あの急制動は人間の限界を遥かに超えている。
今では、停止状態から体感100kmを超える速度まで瞬時に加速して、次の瞬間には直角に曲がったりと、だいぶ扱いにも慣れてきたもんだが。
おかげで何度も命を救われた。俺の大事な相棒だ。
「はい。その時はお願いします」
「ま、そうそう無いと思うけどな……さて、もう寝るか」
「はい、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
リリアも落ち着いたようだし、そろそろ大丈夫だろう。
明日はようやく出発だ。
不安も大きいが、先に進める事に安堵を感じる。
無事な船旅になれば良いがと思い、最悪を想定し過ぎるのは悪い癖だなと苦笑いした。
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